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それいけ! カンカン便

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12月23日 笠口一登



 12月に入ってからというもの、街はきらきらと光り輝いている。
 笠口一登とはその様子を、通りの片隅に座って眺めている。
 年末は師走。その名の通り、人々はどこか忙しそうに、立ち止まる素振りも見せずに歩いて行く。あの人も、この人も。一登は見知った顔を見つけては、その背中を黙って見送った。

 そうしているうちに、一人の男が近づいて来て、一登の前にある台に足を載せる。
 何度か駅前でその顔を見たことはあったが、客としては初めてだ。まだ20代だろう、若く精悍な男で、朝は自信のある足ぶりで颯爽と歩く姿が印象的だった。いまはさすがに疲れている様子である。
「頼む、5分しかない」
 腕時計に目をやりながら短くそう述べた彼の靴は、とてもくたびれていた。

 5分で?
 一登の方眉が跳ねる。
 もっと手をかけてやれば、もっと美しくなるだろう。もったいない、とてもいい靴なのに。けれど、これも商売だ。5分と言われれば5分でやる。瞬時に汚れの優先順位をつけ、布で抑えながらブラシをかけていった。

「あの、預かりサービスはしてないんですか?」
 話を振ってもあまり食い付きの無かった男は、支払いの際にそんなことを言った。
「えっと」一登の反応がいまいちだったからだろう、男は戸惑いながらも付け足す。「丸ごと洗ってほしい靴があるんですけど」
「朝に預かって、夜に返す。それで良ければ」
「そうか……分かりました。明日もここにいるのかな」
「気が向けばね」
 そう返すと、男は曖昧な笑みを浮かべて去って行った。

 約束事はしない主義だ。
 破られたときのことを思うと、とても平気ではいられないから。

 特にこの時期は、街は約束事で溢れ返る。一年に一度だけやって来るクリスマスという存在が、すでに暦上にて約束されたイベントだ。確実にやって来て、確実に交わされ、確実に叶えられる約束事を、人々は飽きることなく繰り返す。それを一登は眺めている。ひとりだけ外れた場所で、眺めている。
 昔のことを思い出してしまうから、家族で過ごすようなイベントは好きではない。クリスマスと正月が特に苦手だ。時期が集中してくれていて、有難い。
 こういう日は皆、どこか急ぎ足で、何かを考える間もないくらい仕事ができるけれど、クリスマスは厄介だ。24日の夜は、途端に客足が遠のくのである。皆、帰る場所があるか、それぞれの仕事をしているのだろう。
 忙しいのは、前夜祭だ。
 目の前に差し出された靴を、磨く。
 ただひたすらに。

 馴染みの客も何人か来てくれて、一区切りついたところで一登は顔を上げた。
 北風に顔をしかめる。手袋をしているが、指抜きなので先は赤くなっている。カイロを握り締めて、暖かいものでも飲もうと近くのファストフードへと入った。

 夏よりも冬のほうが稼ぎが良いから、しっかりと仕事をしなければならないと思うものの、こうした息抜きはやはり必要だ。多少は気を抜いてやらないと、間がもたない。
 一登はコートの前を掻き抱いてコーヒーカップに口をつけた。
 いつもの癖で、窓辺に面したカウンター席についてしまった。人間観察が好きなので、こうして通りを眺められる場所を無意識に選んでしまう。職業病なのか、単なる習性か。
 どちらでも良い。どちらでも、一登がいま現在一人であることには影響しない。
 今日も明日も仕事だ。太陽が沈んでも、ずっと、座っているだろう。誰も来なくても、ずっと。
 そうしてやり過ごすのだ。
 約束を持つ人口が、ほんの少し多いというだけの日ではないか。約束を持たない人間だって、たくさんいる。明日と明後日をやり過ごせば、また、世間の約束の絶対数は減るだろう。

「早くそうなればいいのに……」

 もうからっぽになって、ぬくもりだけが残ったカップを両手で包み、つぶやいた。

 ひとりきりであることを、こんなにも強く思い知らさられる日など他にない。たまらなく彼を追い詰め、心をざわめかせる。大したことではない。頭では分かっている。大したことではない。誰かと一緒にいるかどうかなど、何も重要な意味を成さないではないか。

 一登は未逆の美しい横顔を思い浮かべた。
 一昨日と昨日とあの公園を訪ねたが、その姿はどこにもなかった。注意していなければ、どのベンチの脇にいたのかも分からなくなるほど、彼女の痕跡は薄れていた。

 彼女は一人だろうか?

作品名:それいけ! カンカン便 作家名:damo