それいけ! カンカン便
12月22日 宗田秋緒
「秋緒~、これは?」
「うーん、好みじゃない」
「じゃこっち」
「色がねえ」
「これ」
「このモデルだから可愛いのよ! 私が着たらどうなると思ってるの?」
宗田秋緒がつっこむと、楠木鹿乃子は押し黙って、雑誌の中で微笑むモデルと目の前でむっつりしている秋緒を見比べた。
「ぱつんぱつん?」
「はい、じゃあこれはおしまい。早くレポート片付けようよ」
「え~」
雑誌を無理矢理閉じて、自分と鹿乃子のカップを持って立ち上がった。ドリンクバーへ直行し、カフェオレを入れる。レストランの中はクリスマス一色だ。どこを見ても、ケーキやチキンのポスターが飾られている。けれども学生である二人にとって、決してクリスマスに浮かれてはならない時期であった。24日は、レポート提出日であるからだ。
お互い違う学校ではあるが、提出日は同じであるらしい。
初めは秋緒一人でノートパソコンのキーボードを叩いていたのだが、鹿乃子が押し掛けて来たのだった。もちろん、鹿乃子が広げている資料や辞書は、秋緒にとっては未知のもの。教えられるわけではない。励ますだけで精一杯である。
「ほら、これ飲んで」
「ありがと~」
「24日、約束してんでしょ?」
「そうなの! デートなの。秋緒は、予定あるの?」
「うん、一応……」
学校の仲の良い人たちと、課題提出祝いを兼ねて食事に出掛けることになっている。
しかしあまり乗り気ではなかった。出来れば、遠慮したい。仲の良い人たちが、それぞれの友人にも声を掛けているのは明らかだった。仲間内だけでゆっくり、は良いのだが、顔も知らない人たちと騒がしく、は苦手な秋緒であった。
「デートのためにもほら、課題を片付けなさいよ」
「秋緒、正論はつまらないよ~」
「終わらないでしょ」
少し抵抗があったものの、秋緒はオーディオプレイヤーのイヤフォンを耳に入れた。再生ボタンを押すと、ハイテンションなギターが、がりがりと音を掻き鳴らし始める。鹿乃子は頬を膨らませて見せたが、構わずに秋緒が作業を続けていると、やがて渋々といった様子で課題に取り組み始めたのだった。
それから一時間ほどねばっていると、鹿乃子がバイトへ行く時間になった。レストランも夕飯前で混み始めていたため、秋緒も一緒に出ることにした。ドリンクバーだけで四時間。深夜でもないのに、よくねばったほうだ。物入りのため、食事をケチってしまったので、次に来る時は少しフンパツしようと考える。課題も大体は片付いたため、明日、仕上げることが出来るだろう。一日中バイトがあるため、結構ギリギリである。
街中を歩いていると、先ほど鹿乃子が雑誌で言っていたワンピースがショーウィンドウに並んでいるのを見つけた。デザインが可愛らしく、かつ値段が安く、女の子御用達の人気ブランドの冬ワンピース。
鹿乃子は秋緒の好みを熟知している。そのワンピースも、例外ではなかった。好きな形だ。けれど、肩ひもが、頼りなく細い。着れば、胸元にあしらわれた可憐な模様が引き延ばされ、不格好になることは目に見えている。
はあ……。
人知れずため息がこぼれた。
でも、冬なのだ。
冬におしゃれを楽しめなくて、一体いつ、おしゃれを楽しもう?
ヒートテックなどで薄着の冬が流行っているけれど、それでもこの肩や腰など、目立つ身体のラインはコートで隠せる。
買ってしまおうか?
ふと、そんな考えがよぎる。
かと言って、クリスマスのパーティに着て行くわけではない。こんな気合いの入ったもの、恥ずかしくて着て行けない。これを着て、飲みに出掛けよう。唯一、一目を気にせずのびのびとおしゃれを楽しめる場所。あそこくらいしか、おしゃれを満喫できないというのも少し寂しい気もするけども。
作品名:それいけ! カンカン便 作家名:damo