それいけ! カンカン便
ガサガサガサ……ガサガサガサ……
何かが擦れ合う音が未逆の耳に届いた。
いや、音だけではない。ちくちくと、何かが肌に触る感じもする。
ガサガサガサ……ガサガサガサ……
なんだか暖かく、未逆は心地良さそうに寝返りを打った。
「ぎゃーっ!!!!」
「――えっ!?」
甲高い叫び声がして、未逆はがばりと起き上る。
その途端、はらはらと頭上から舞い落ちるものがあった。
「え? 枯れ葉? 枯れ葉?」
見れば、未逆は枯れ葉に覆われていた。茶色のものが主だが、赤や黄色、緑も混じっている。これらのおかげで暖かかったようだ。急に肌が空気にさらされ、思わず身震いをした。
「未逆さま、お目覚めでございますか。ワタクシとしたことが、驚いてしまいましたぞ!」
声の主は、黒く美しい翼についた枯れ葉のかけらを器用にくちばしで払っている。
どうやら彼が、未逆のために枯れ葉を運んでくれていたようだ。
「カッ、カカカカ、カンカンさんではないですか! 一体どうしたと言うのです? いえ、もしかしたらとは思っていました。けれども私なんかを訪ねたところで、何もないのですよ? でも、ああ、カンカンさんが来てくださって、なんだか安心しま――い、いえ、そんな、すみませんんんんっ」
たまらず頭を伏せる未逆に、カンカンは暖かい眼差しを向ける。
「未逆さま、一体何を恐縮なさっているのですか。未逆さまを訪ねることが、お嬢さまの楽しみであると言いますのに。近頃はお嬢さまもお忙しくなり、あまり頻繁とはいかなくなっておりますが――ややっ、そうでございました、そんな未逆さまに、お嬢さまからお届けものでございます」
「ええ、ええ、承知しておりました――あ、いえ、ごめんなさい、あなたの行動を予言するなど、厚かましいことをしてしまいまして! 気のせいのようなものなのですけれど!」
「おお、何をおっしゃっているのです。未逆さまともなりましたら、それくらいは視えて当然でございましょう。どうぞこちらを……」
カンカンはベンチの上に置いたカードを器用にくちばしで挟み、未逆の前に差し出す。彼女はそれを、両手で受け取った。
赤い、ハガキサイズのカードだ。
未逆の名前と、クリスマスライブに来て欲しいという旨が、全て平仮名で書かれてある。署名だけがこの世界の文字ではなかったが、おかげで未逆はエミィの名前が本来どういった文字の形をしているのかを記憶することが出来た。
未逆はそれを三度読み直し、不意に口角が上がるのを感じた。
これで目的は達成した。厚かましいことではあるが、こっそりと立ち寄って、ここに集うであろう顔ぶれにさりげなく近づこう。いや、本当に挨拶がしたいのは、一人だけだ。その人物以外とは、必然的にまた巡り会うであろう未来が彼女には視えている。
「来て下さいますかな?」
「ええ、是非」
無意識に微笑みを作った未逆を前に、カンカンは思わず見とれてしまった。
灰色の長い髪には枯れ葉がつき、土で汚れた肌も寒さで一層色を失ってはいるが、彼女は美しい。普段は隠れている美しさだが、こうして表面に現れることは滅多にない。
「ウォッホン! では、ワタクシはこれにて失礼いたします。お待ちしておりますぞ、未逆さま!」
カンカンは紳士らしく翼を器用に動かしてお辞儀をすると、颯爽と飛び立った。
その姿を見送って、未逆は太陽の眩しさに目を細める。
なんだか楽しい気分だ。それは、待っていたものが来たからではない。やっとこの寒さから逃れられるという安心感からでもない。
未逆は立ち上がって、そのままベンチへと移動した。リンゴ売りが来る前に行ってしまおうと考えていたが、待ってみよう。いつ来るかなど視えなかったが、きっと来るだろうことは分かっている。挨拶は出来ないかもしれないが、リンゴを受け取るくらいなら可能だろう。
焦がれることも悪くない。
今日は、晴れ。
絶好の、引っ越し日和だ。
作品名:それいけ! カンカン便 作家名:damo