Search Me! ~Early days~
「別に、ない。」
「うわー…信じられない…っ」
「…そうか?」
「うー…はい。…お腹空かないってのは、食べられないってことっすか?」
「いや。」
「じゃ、ゴハン行きましょう!」
「……何で。」
人の話を聞いていたのか。
「一人で食べてもおいしくないから!」
胸を張って言うな。
「…同じだろう。」
「全っ然ちがいます!」
「そうか?」
「だってっすよ!?ファストフード行ったって待ち時間?お腹空いてる時って長いんですって!それが1人だと…っんもーあー!!ってなんですよ!なりません!?」
「別に…。」
「ぐ……っ…だからっゴハン一緒に行きましょう!」
「…空いてないから。」
「じゃあ居てくれるだけでいいですからああ!人を待たせて食べるのってすんごい気まずいんです飯もまずい!あ、今うまいこと言った!」
「別に。」
「……うぐう……」
一気にまくしたてた所で力尽きたらしく、不満そうな泣きそうな表情で唸っていた。よくこれだけ表情を変えられるものだと感心してしまう。しかし、誰かと食事云々で何故よりにもよって自分なのか。ほんの少し前まで怯えていたくせに。そんな相手でも、1人よりはマシだということだろうか。あと1、2年で社会に出るだろうに、こんな子どもっぽくて大丈夫なのだろうか。
などなど、色々取りとめないことを考えていたが。
「……わかった。」
「え!?」
結局、京介が折れるはめになった。
*****
「…っはぁー、仕事した後のゴハンは美味いっス!」
「……ふうん。」
「食べますか!」
「いい。」
「ええ!?…んなおいしいのに…」
少し残念そうな顔をしたがすぐに気を取り直して手元のソレ、どうみても巨大クレープにしか見えないものに齧り付く祭を一瞬だけ横目で見ると、京介はまだ半分ほどしか減っていないコーヒーに視線を落とした。街の中心近くにある噴水広場には、同じように昼食をとる人々の姿が見られるが、そこでクレープを食べている人間は1人しかいない。それにしても、何故クレープなのだろうか。
「しても、筧さん本当に食べないんすか?」
「ああ。」
「お昼なのに!」
「…別に今食べる決まりはないだろう。」
「ありますよ!確かどっかの国は1日5回食事すんですよ!?」
「ここはその国じゃない。」
「あー!俺そこに生まれたかった!!」
「…………。」
1日に5回も食事をしていては他のことが二の次になっていそうだが、その国はよく成り立っているものだ。待て、逆にエンゲル係数に関わる日常消費行動によって経済も安定的な活性状態を、いや、考えまい。あまり関係ない話。
「…ふいー、ごちそうさまっした!復っ活!」
「それは何よりだ。」
「ハイ!じゃさっそくハムちゃん探しに…」
―ピルルルルルルルッ
そう言いながら勢いよく立ちあがった所で、携帯電話のコール音が鳴り響く。聞きなれない音程のそれは、京介の携帯ではない。
「あ、すんません!俺ので……うひゃ!?」
「?」
慌てて携帯を取り出した祭だが、ディスプレイを見た途端変な声を上げた。
「ちょ…っちょちょ、ちょっとスミマセン!………っも、もしもし!?」
そのまま京介から十数メートル離れると電話を取った。妙に焦ったような、慌てているような様子だったから、掛かってくることが予想できなかった相手か、もしくは、その逆か。どちらにせよ、今後の捜索予定を考えても早めに終わらせてくれるに越したことはない。
「ハイ!…あ、ハイ、ええと今は……ハイ、そうです…」
「……。」
それにしても、声が大きい。
「え!?……いやぁそんなぁ!!照れちゃいますってえ!…あ、う、はい、…はーい………ごめんなさい調子に乗りました……」
電話であってもコロコロと声のトーンやテンションが変わる。相手はどうも頭が上がらないような人物、祭にとって目上の人物のようだと推測できた。
「うう…っ大丈夫です!もう……っそんな言わなくても全然!“先輩”は心配しすぎで……イエ別に…ナンデモナイデス、ハイ…、い、言ってないっすそんなコト!?…うー…っ」
からかわれている、というかいじられているらしい。
「…、ハイ…はい!了解っす!じゃ、失礼しまーっす!」
―ピッ
「…っ筧さーんすんません!おまたせっした!」
「終わったのか?」
「ハイ!バッチリです。」
携帯をポケットに入れながら走って戻って来た祭の表情は明るい。先程、青い顔で慌てて携帯を取っていた人物と同じだとは思えなかった。
「そうか。」
「はい、えーと…今のは、先輩で!その…っ大学の!」
「別に報告しなくていい。」
「あ…、そ、そう、すか……ですよね…。」
「……?」
話し振りを傍から聞いていて、相手との関係性も大体予想を付けていたから、別に聞くまでも無いと思っての発言だった。だからこそ、予想しなかった祭の何とも言えない表情と態度に内心で首をかしげる。とはいえ、それもすぐに消えた。
「じ、じゃあ!急いでハムちゃん探しましょう!」
「…ああ。」
軽く頷くと、午前中に調べてきた場所とは反対の方向へと向かって歩き出す。昼前に比べ人通りはかなり増えており、騒がしさも比例して増していた。その中で猫一匹を探すのは色々骨が折れる。
「うーん、これだけザワザワしてると、見えそうなところにはいないっぽいっすね。」
「そうだな。」
「何か手掛かりでもあれば……、…?」
唸りながら言いかけた言葉がピタリと止まる。同時に足も止まってしまう。
「…どうした?」
「……何か、今…、聞こえませんでした?」
「…いや。」
その言葉を受け聴覚に意識を向けるが、聞こえてくるのは人々のざわめき、足音、車の音、空気の流れる音その他諸々の音ぐらいで、特に異質な音を捉えることはできない。
だが、祭は違っていた。
「…聞こえる…」
「?」
「………っこっちだ!!」
―タッ
暫く耳を澄ませいていた祭が、次の瞬間始まれたように走り出した。走り出したこともそうだが、意外に、いや相当速いことに目を見開く。
「…!」
「筧さん早く早く!」
時折振り返りながら全速力で走るものだから、
―どんっ ゴンッ
「わっ!?」
「きゃあ!」
「すみませーん!!」
途中で次々と通行人とぶつかっていた。やれやれと肩をすくめながら、京介は無駄のまったくない、自然な動きで人とぶつかるどころか掠ることもなく後を追う。数十メートル歩道を走ったところでその姿が突然直角に方向を変えた。見ると、そこには少し広めの路地がある。すぐに追いつき京介も路地に入る、と、奥に蹲る祭の背中があった。
「…伊奈葉、どうし」
「…か…っ」
「か?」
「っかわいいいいいいい!!!!」
「は?」
「筧さん見て見て!これ見て!」
満面の笑顔で振り返り、パタパタと手招く。それにしたがって祭の手許を覗き込むと、
“…にゅー…”
か細く高い鳴き声を上げる小さな毛玉が数個、いや数匹。
「…子猫?」
「くうううううう…っかーわーいーいー!!」
黒、白、三毛のパターンの子猫が5匹。よたよたとおぼつかない足取りで祭と京介にまとわりつく。その、更に奥には。
「…!」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing