Search Me! ~Early days~
くしゃみの後、反射的に鼻を啜り肩を震わせた。見上げると爽やかな青空。だが吹き抜ける風は爽やかとは間違っても言えない。屋上昇降口の更に上にある雨水タンクの上は流石にかなりの冷たさだ。
「はあ、もうー……俺って、何なんだよお……一体ぃー…」
ぐむむ、と唸る。途端、少し前の出来事が脳内にフラッシュバックし一気に冷たさを感じなくなる寧ろ暑い。
「…っぬああああああっ!?あ…っあう、あうあうあう…うう…」
不本意だが、本当に不本意だが、昔から“かわいい”と言われることは多い。小さい頃は…まあ嬉しかったりもしたが流石に思春期になると嫌だったし今になると悔しさと少しの諦めが入り混じるようになった。特に年齢が近い人に言われるとキツイ。
なのに。
「…ん、なんで、いいえって言っちゃったんだ?」
痺れてきた足を組み直しながら呟いた時
“うにゃ!”
“にゃあー!”
「うわ!?急にどっから」
ぴょんっと、白と黒の2匹が突然目の前に現れ思わず立ち上が
―がっくんっ
「……へ?」
…説明しよう。
雨水タンクは円柱型だが若干の丸みを帯びていて足場が非常に不安定である、上、その直径は1メートルと少し。そして祭は痺れのために足を組み直した直後。
そんな状態で考えなしに立ちあがったら。
―ぐら……
「!?」
…まあ落ちるよね。
「っつ!?う…っ――――――――――――――――わぁっっ!!?」
「―っ」
―……―…―…――…どさっ…
「っっ!」
…タンクの上から屋上の床までは精々3メートルあるかないか。されど下は硬い。柔らかめのタイルが敷かれているが人の躯よりはずっとずっと硬い。硬くて冷たくて痛いものだ。
硬くて、冷たくて、痛いものだ。
―……ふわり…
「…っふえ…?」
決して、しっかり支えてくれるけど硬くはないとか、あったかいとか、足元がふわふわ浮いているとかはありえない。床が目の前になくてちょっと遠いなあとか、影が出来てるとか、顔面で地面とキスしてないのは何でとか。
「………危ない。」
「今滅茶苦茶近くでダレかの声聞こえたけど気のせいだよねアハハハハハハハハ」
「?…何を言ってる。」
「ってうわあああああっ!!?」
ばっと反射的に顔を上げると、すぐ目の前に
「かっかかかっかっ筧しゃんっ!?」
「何だ。」
「ん何でっスか!?」
「…お前が上から落ちるからだろう。」
「って何でわかんのいっつも!!?」
何で、こんなところで、こんなことになっているのか、という問いが含まれた言葉を京介は正確に察し答える。それで更に声を荒げる祭を下に降ろすと少し首を傾げた。
「…わかるだろう。」
「わ…っわっかんないっスよ!」
「そうか?」
「そうでス!!…っ…で…でも、ああ…あ、あり、がと…っした…」
オロオロパタパタ忙しない動きをしながらぴょこんと頭を下げる。いつのまにか2匹の子猫も上から戻ってきた。流石は小さくても猫である。
「…別に…、……」
「でも、何でここにい…!?…いーっやっぱいいです!すみません言わな」
「お前が飛び出して行ったから探しに」
「っ言わないでって言ったのにー!!?」
頭を抱えて叫ぶ祭の顔が一気に赤く染まる。何が恥ずかしいのか…、まあ、恥ずかしいか。少しだけ肩を竦めて口を開いた。
「…伝えるべき用件があるから、見つからないと困る。」
「伝っ!?…え?俺に用事っすか?っあ!?お、俺も用事あるんスよ!」
「そうか。」
でなければ“依頼完遂”を正体不明の“本当の依頼者”から言い渡されたのに来る筈がない。…そう、いつのまにか祭のアルバイトは本人達の了承を得ることなく知らない場所で終了していた。結局先方は己の正体を明かすことはなく、ただ本人が謝罪に行くとだけ伝えられた。どこか刺々しい様子だった電話の相手がそう告げてきたのはほんの2日前。
「あ…っでもやっぱし後でイイっす。そっちからで。」
「いいのか?」
「うぐ……、ははは、はい、ちょ、ちょっと、心の準備しとくんで。……おこられても、泣かない、なかない、……」
「………」
「よし……で、ででっで、何っスか?」
赤から微かな青に変わる顔色に少しだけ眉をひそめた後、京介は淡々と告げる。
「まずは…」
「はいっス。」
「……そいつらのことだ。」
視線を足元に落として言う。そこには2人の人間を見上げる白と黒の2匹がいた。同じように子猫を見ていた祭だったが何かを感じたように勢いよく顔を上げる。
「…っまさかっ……里親、すか…」
「…そういうことになるのか…ああ。」
「そ……っス…かぁ……」
ズウウーン…と音が聞こえてきそうな程落ち込む。その様子に妙な感覚を覚えるがこれが長くは続かないだというということを京介は無意識で知っていた。
「よ…かったっす……うん、……あ、新しい家族さんは、」
「そのために、お前に頼み…いや、“依頼”がある。」
「…いらい?」
ゆっくりと首を傾げる祭に京介はいつになく丁寧な声で言った。
「……こいつらに、名前をつけてやってほしい。」
「………、え?」
ぱちぱち、と目を瞬かせて見開く。何を言ってるの、と思いきり目が告げていた。その仕草に京介は微かに“苦笑”を浮かべた。するとますます瞳が大きく見開かれる。
「……駄目か?」
「え…っんっう…ううん…、え…何で?何で何で何で?なんで?なんで、なまえ…、名前なまえなんて…っ…つけちゃったら」
「今のままでは不便だろう。呼びにくくないのか?」
「そりゃ…っいや、ちがくて!その…っ」
「センスがないらしいからな、俺達には。」
「………へぇ!?」
キョトン、と。
固まる。
「…それに、こいつらもお前がつけた名前なら文句はないだろう。」
“んにー”
“にゃー”
同意するように2匹が元気よく鳴く。そこでようやく祭は気付いたようだ。
2匹の“家”になる場所がどこか。
「…うそ…」
「どうした?」
「うそ…だって…、里親は…っ依頼が、………だめなんじゃ…」
「許可は貰った。」
「……じゃあ…………本当に?」
期待と、不安が入り混じった、ふわふわと揺れる大きな瞳が京介をじっと見上げる。
…それを真正面から受け止められるのは、悪くはない。
「……ああ、こいつらはどこにも行かない。」
「………っっ………っう…っ」
「…?伊奈葉…」
「――――っっうわああああっ!!やったぁ―――――っっ!!!」
叫んで、笑った。
「っ」
表現の仕様がないほど、全身で思いきり笑った。
見ることなど今まで想像すらしなかったものが目の前に突然現れて、思考が真っ白になる。
「やった!やったあ!!すごいすごい!うれしいっ!すごい!!」
うえに、
「…っいな、…っ!!?」
―がばっぎゅうっ
「っうれしい!!すごいっス!ありがと筧さんっ!!」
「え…あ、っ…ああ…」
「ホントうれしいっす!ホント、マジです!こんなのないよ!ホントに俺うれしい!!」
衝撃とともに飛びつくように抱きつかれて、それも満面の笑顔で惜しみなくそれこそ持てる全てで喜びを表現する、京介に向かって。
「…っ…な…っ」
「ホントっありがとう筧さん!!」
それが。
「…っいな…」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing