Search Me! ~Early days~
10 ポスト・スクリプト
「「…っ間違えてたあ!!?」」
「…そういう、ことだな…」
恐ろしいほどぴったりと揃った声に綿森は深い深い溜息を吐いて肯定した。その疲れ切った、いや呆れかえった様子に同僚達は驚愕で固まった表情のまま口々に呟いた。
「信じられん…」
「路線の上り下りを間違えるなんて、……上り3駅目と下り3駅目…線対称じゃん!?」
「ベタだ…ベタすぎる!」
「しかも1ヶ月近く気付かないとかないだろ!」
「…特別外部研修、始まって以来…前代未聞だわ…」
「だが丁度その、勘違いした場所に同じく探偵事務所があるのが、また…」
「極まってるな。」
「…で?そのマンスリードジはどこに?」
話の中心に上がっている人物の不在に気付き、何人かがキョロキョロと辺りを見回す。綿森は少しの沈黙の後、静かな声で言った。
「…行かせたよ、後始末に。」
苦々しさを隠しもせず。
*****
「…本来なら、七絵様はこちらにお願いするつもりでした。後見人である、七絵様の御祖父様…私のボスの手回しで。」
「何でーウチなんですかー?」
「女手いねーのにな。」
「其方の経歴です。…多少の荒事が降りかかっても、大丈夫だと。」
「…ホント、かってくれたもんだぜ。」
幾分含みのある安曇の言葉に時生は苦笑を零す。
「なのにー、七絵ちゃんが来る前にー、来ちゃった子がーいたとー。」
「…そういうことです。」
「……その後の、調査依頼は何故だ?」
「シークレットサービスでは目立ち過ぎて、大学内までは完全に目が届きません。それに、七絵様が意外に勘が鋭くいらっしゃって…」
「普通に、護衛って言ってくれりゃー…」
「…申し訳ありません。」
とはいえ護衛任務だと言えば護衛対象の情報を多く渡す必要がある。初対面の、信頼が置けるかまだ分からない相手にそれが出来るかと言えば酷な話だ。それは理解できるが京介にはまだ納得いかない所があった。
「…それほどまでに重要だったなら、何故入れ代わった時点で」
「………“入れ代わり”をそのまま通そうと進言したのは、私です。」
安曇は少し疲れた表情で、だが悪びれることなくそう言った。
「何?」
「期せずして、ダミーが現れた。卑怯なこととは承知していますが、少しでも七絵様に向かう疑いを曖昧なものにできれば…と。勿論、伊奈葉さんには申し訳なく思っています。」
「…なーんだよ、結局安曇さんが元凶かよ…」
「………、頭から間違えた奴にも非は」
「いやいやー最初にミョーな依頼を受けた奴だってー。」
「…………。」
秀平の言葉に思い当たる節のある京介が思わず黙り込んだ所で、安曇は厳しい表情で付け加えた。
「…真の元凶は、強硬な手段でこの国の市場と七絵様を狙ってきた、イーグルです。」
「ま…そりゃそうだな。アレが海越えて来なけりゃ、七絵ちゃんは表舞台に出る筈じゃなかったんだろ?」
「いえ…いずれは。ですが、それでももっと後になる筈でした。真実を受け入れるだけの経験を積み、然るべき知識と能力を身につけ、信頼できるブレーンを揃えてから…と。勿論、亡き御両親、そしてボスから補佐を任されている私としては全力で支える所存ですが。」
「…大変だねー、七絵ちゃんもー安曇さんもーこれからがー。」
「ですが、その“これから”があるのは貴方がたのお陰です。何とお礼を言えば…」
「…違う。」
深々と頭を下げる安曇の言葉を京介の静かな声が遮った。
「え?」
「京介?」
首を傾げる3人に対し至って真面目な表情で“違う”理由を続ける。
「礼を言うべきは、俺達じゃない、伊奈葉だ。」
「っ!」
「1度目も2度目も…日野宮七絵を実際に危険から守ったのは伊奈葉祭だ。今回のことも、伊奈葉がいなければ間に合わなかったかもしれない。」
どんなに情報収集能力や問題対処能力が高かろうと、そこにいなければ役立たず。実際に状況を動かせるのはそこにいる人間であり彼がどう行動するか、だ。
一瞬驚いた表情を見せた安曇だったがすぐに納得した様子で頷く。
「…はい、そう、ですね。その通りです。伊奈葉さんがいなければ、私も七絵様にお会いすることは叶わなかったかもしれませんから。」
「確かに…そうだよな、うん。…しかし、」
「ねえー…」
「何だ。」
「いや?てっきり、“別に”とか言うと思ってたのによ。それがえっらい長台詞でよ。」
「そこまで評価ーしてたんだーへえー。」
「……」
ニヤニヤ、とでも擬音がつきそうな笑顔を浮かべる秀平を京介は無言で睨みつけた。少し不穏になりかけた空気に気付いた時生が慌てて話題を変える。
「そそ、そう言えばさ、安曇サン、その七絵ちゃんはどうしたんだ?一緒に来たんだろ?」
「…七絵様は、」
******
「うぐう……どうすんの俺…」
祭は何度目になるかわからない溜息を吐いた。その格好は普段の私服ではなく“途中”で来たのでスーツ姿だ。が、予想に反して意外と“着られている感”はなく割と板についている、というのは周囲の人々の評価である。
「どーーしよーおー!?」
もうすぐ目的地に到着するが気持ちはずっと及び腰で今にも撤退しそうだ。勿論、そんなことは許されない。
「うわあんっ!どーすんだあー!!」
「あ…っれ!?うそ!?」
「へあ?」
頭を抱えて唸っていると突然横合いから聞きなれた声が聞こえた。思わず振り返り
「あはっ!やっぱり伊奈葉くん!」
「ま、本当ね!」
「ひ日野宮さんと緑さん!?なんで…って…あ…」
言われて気がつくとラ・ミュゼの前まで来ていた。ウッドデッキ型のカフェスペースに設けられた席に座った七絵は、笑いをこらえるような表情で手招いていた。
「ふふっ、伊奈葉くんこっちこっち!」
「え!?」
「おばちゃんがケーキあげるからおいでー。」
「はーい!!…って、じゃない!」
「もー早く!」
「う……も、…もう、しょーがないっスねえ…!」
結局迷ったのは一瞬のことで、祭は2人に誘われるままにウッドデッキに上がる。緑は一度店内に戻り、テーブルには祭と七絵だけが残された。
「ふふ…っクスクス…」
「…何笑ってっスか…」
「だ、だって、伊奈葉く……っか、かわいい!!」
「んな!?何スかソレ!?」
「褒めてるのよ!何か、スゴイ!似合ってて板についてるのに!何でカワイイの!?」
「っ知んないよ!!」
そこはカッコいいとか見違えたとかじゃないのか、と憤慨するが悲しいかな同じような感想は何度となく言われてきたことはあったが、祭が望む評価を貰ったことは一度もない。
「あ、ゴメン、怒っちゃった?ゴメン、ゴメンね。」
「……あう、…もう……いいっスよ。」
年下の女の子に言われたことをいちいち気にしていては、“大人”としていけない。と言い聞かせることで一応不満を抑える。…一応ね。
*****
大方の話を終えた頃、安曇は徐にソファから立ち上がる。
「では、そろそろ御暇させていただきます。」
「忙しそーですねー。」
「…こうなった以上、少しでも早く一人前になっていただく必要がありますから。ええ、私も心を鬼にして。」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing