Search Me! ~Early days~
「なっ!?何言ってるのよ、そんなの」
「大丈夫っす!さっき見てたら、エレベーターで他の階と行き来してる奴いないし、このビル、でかいっしょ?きっと働いてる人はたくさんいるだろうから、全員が俺らのコト把握してはないっす、多分。このフロアからでちゃえばいいんだ、多分…」
「…伊奈葉君は?」
「俺は、階段までアイツらを引きつけて、そのまま逃げるっス。」
「でも、ここが一体何処かもわからないのに?」
その途中で捕まったり乱暴されたらどうするの、と不安を込めて言われる。勿論そのリスクも考えないわけではなかったが。
「20秒97。」
「はい?」
「俺のベストタイム、200メートルの。」
「うそ!?」
ギョッとした様子に少し悔しくなる。
「…ふっふっふ…俺、これでも高校2年の時、インハイで200メートル準優勝してるっす。そこらのオッサンには負けまセン!」
「で、でも…」
「ん、で…、おねがいがあるんスけど……、位置についてー、て言ってくれるっすか?」「…ええ?」
「いや、なんか引き締まって速く走れる気が…」
「……、もう、伊奈葉くんたら……」
「ホラホラ早く!…今、丁度周りに誰もいないっす、タイミングです…!」
明るい笑顔と有無を言わせない瞳を向けていると、七絵は困ったように笑って右手を高く掲げた。
「…位置についてー……」
さあ、
「用意―……」
―ガチャ……
行こう。
―…ッダッ
*****
「1階から17階までは一般企業のオフィスで、そっから上はイーグル傘下の金融会社…か…、…なぁる、いいカモフラージュだな。」
17階までの直通エレベーターを降り、乗り換えのエレベーターを待ちながら時生は呟いた。金融会社と言えば聞こえはまだ柔らかいが実際は高い利息を課した貸付を債権者に対し行う、所謂闇金融すれすれの業務行っているとのこと。ちなみにこれはエントランスの受付嬢が“快く”教えてくれた話である。
「だねー…しっかし、時生ってーホントー百枚舌ーたらしーだよねー、キャラ変えなくてもー、あっという間にー籠絡させるしー…主に女性。」
「人当たりが良いっつうの。誰が千枚田だ。」
「言ってないよー。」
エレベーターの扉が開き、乗り込む。
「してもよ、こっから上全部イーグル系列だろ?祭達がどのへんにいんのかは…」
「ひとつーずつー探すべしー。」
「…やれやれ、王子様も楽じゃねえな…」
「ブフッ!時生がー?ぷぷぷー。」
「ヲイ。…ま、俺ら3人とも、そういうガラじゃねえよな。」
―ポーン…
4階分だけ上昇したエレベーターが止まり、
―ガコン…
扉が、開く。
「なあ?京介。」
「……何のことだ。」
死屍累々の中に1人立つ京介は突然現れた時生の言葉に微かに眉を寄せた。
「おおーどんぴしゃー、もうここまでー片付けたんだー。」
「ああ。」
「流石だな、…しかし、コイツら生きてっよな?」
「確認はしていないが、一応。」
「しろよ。」
足元で意識を失って転がる明らかに堅気ではない男達。それを靴先で小突きながら時生は肩を落とす。京介は相変わらず無表情無感情、だが、それは表面に限ってのことだ。
「でさー、京介ー、祭くんーと七絵ちゃんーはー?」
「…いや、まだだ。」
「つってことは、もっと上…て、おい。」
「?」
エレベーターの方を振り返った時生の声のトーンが変わる。つられて見ると1台のエレベーターが動き出しているのがわかった。上から、下へ、下へ。
「…。」
「……。」
「………。」
視線を交わし、そのエレベーターの前に立つと下行きのパネルに触れる。これでエレベーターは必ずこの階で一度止まる。
残り、3…、
…………2…、
………………1、
―……ポーン…
―…ガコン…
扉が、開き
「っおい大変だ!あの2人が…!?ぐぼっ!!?」
―ダンッ
「………」
慌ててエレベーターから飛び出してきた男の襟首を掴むとそのままホールの壁に叩きつけるように押さえつけた。指先に力を込め京介は静かな殺気を男に向けた。突然の衝撃と喉にかかる圧迫感で男は暴れることもできず呼吸に喘いでいる。
「がっ…な…あ…!?…グ…っ!?」
「連れ去ってきた2人はどこにいる。」
「なに、言っグエ!?」
「…どこにいる。」
ギリ、と殆ど首を締め上げるように手に力を込める。気道が圧迫された男はカエルを潰したような悲鳴を上げて仰け反った。
「がふっ!?…あっが…、…っげ…っだっ」
「答えろ。」
「に…げ…っ…にげだっっ!!」
「何?」
濁音だらけの回答は聞き取れないが口元の動きから真意を読み取る。確認すると、男は必死の形相で震えながら頷く。
「にじゅ…なな、がい!!おん、な、ばっ…えれべ、た…っガギはっ…かいだっん!!」
「…そうか、…もういい。」
―ど…っ
「ぐぶっ!?」
そのまま男の鳩尾に拳を入れると男は白目をむいて崩れ落ちる。京介は何事もなかったような顔で振り返った。
「うわー…えっぐうー……」
「な、なんか、容赦なくねえ?」
「………、2人のいた階がわかった。」
「マジ?どこ?」
「27階、だが逃げたらしい。」
その言葉に時生は軽く口笛を吹いた。
「ひゅー、そりゃおもしれえ。」
「そうおとなしくーお姫様にはーなってくれないねー。」
「日野宮七絵はエレベーターに、伊奈葉は階段に向かったようだ。」
「…女の子じゃ階段はキツイからか?…祭の方がよっぽど王子様だぜ…」
「そうやってー恰好つけてー墓穴掘るータイプだけどねー、…京介?」
「…」
踵を返しエレベーターホールを後にする京介に秀平が慌てて声をかける。京介は一瞬だけ振り返ったが、すぐに視線を前方に戻すと隙のない素早い歩調でその場から立ち去った。
「…あいっつ、全然冷静じゃねえ…完璧血ぃ昇ってんぜ…」
「階段の方ー行ったねー。」
「ちっ、しゃあねえ、俺らはエレベーターを…、て」
その時、マナーモードにしていた時生の携帯が震える。慌てて取ると、
「はい、もしもっし。」
『安曇です楢川さん、……見つかりましたか?』
「いや、まあー…見つかりそう、な。カンジですが?」
まだ見つかってはないが、手掛かりをつかんだ現状を伝えると、
『私も行きます。』
「…っはあ!?」
思わず変な声を上げた。
『時間がありません、少しでも早く……、…では。』
―ピッ……ツーツーツー…
切れた電話をじっと見つめ、時生は肩を落とした。
「……はあ………あがぁあもう!!」
「七絵ちゃんはー俺が探しにー行くねー。」
「あー頼む。…俺は安曇サン待ちだ。」
「京介の独断専行ー役に立ったねー、露払い済みー。じゃー俺ー行くねー。」
多分あそこかなーとか何とか呟きながら、秀平もその場を後にした。
「…何だっかんだで、3人で帳尻合っちまうんだよな、いっつも。」
だからこそ“トライデント”と名乗る価値がある。
*****
「…ッハア、ハア……はあっ…!」
荒い呼吸に喘ぎながら重さを増していく脚を叩く。
「…ぐ、俺、はぁ……ミスった…、…もっと、早くやり過ごしとけ、ば…」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing