Search Me! ~Early days~
「ど、どうしたのかしら…っん…っ」
「わ、わかんない…っすよ、大丈夫スか?」
「これくらい平気よ、…も、もうちょっとで…っう、動きそ…っ」
「よっしゃ、じゃ、せーのっ!」
「のっ!」
掛け声とともに2人同時に力のベクトルを合わせ、それを押す。
―ズ…ズズッ
「ん…、も、ちょい…っっんん…っ」
「い、いなばくんっオッケーよ…っ」
「ま、まじ?…しっ!」
七絵の言葉の聞き祭は全身に入っていた力を抜く。目の前には木製の大きな本棚が先程より数10センチずれていた。そのために本棚と壁に隙間ができる。丁度、人が一人入れそうなスペースだ。
「日野宮さん、ちょっと重いけど、本棚支えてて、少し斜めにすっから。」
「わかったわ。」
「よっ…」
ほんの数ミリ浮いた本棚と床の隙間に本棚から抜いた本を挟む。すると微妙な傾き方をした本棚が不安定な状態で立つことになった。
「…伊奈葉くん、本当に大丈夫?」
「大丈夫っス!結構力強いんだ、俺。…日野宮さんこそ、」
「私、中学の時、演劇部だったのよ?女優サンをあんまり舐めないでね?」
「スッゲ!……よし、んじゃあ、」
「…うん!」
視線を合わせ頷き合うと祭はそのあたりに畳まれて置いてあった暗幕を頭から被り、本棚の後ろへ。七絵は、先程2人で外した天井の通気口の金属製の蓋を手に持った。
そして、
―……ッガッシャーンッ
それを思い切り床に叩きつけた。
―…ッガチャガチャッ…バンッ
「おいなんだ!?今の音は!」
「…っひ!?あ…」
直後、見張りの男が音に反応し駆け込んでくる。七絵は怯えたように声を上げ後ずさった。男はもう1人がいないことに気付いて声を荒げた。
「…!?おい女っもう1人のガキはどこ行った!?」
「あ…っえ…っそんな…っ」
「何処へ行った!?言え!」
「…っあ……こ、こっち……!」
七絵は本棚の上にある通気口を震えながら指差した。男は蓋の開いた暗い通気口の下まで行くと苦々しく舌打ちをする。
「っ本棚を足場にして上ったか!?ガキが…っ」
男は袖をまくると本棚に手をかけ、怒鳴った。
「1人だけ逃げよったって、そうはいくかあ!!」
そしておそらく逃亡者と同じように足をかけた瞬間、
―ドンッ
「え……?」
―…ギギ…ギィ―――ッッ
ゆっくりと、本棚ごと傾き
「…っう…っわああああああああっっ!!?」
―………ズン………ッッ
「…まったくう、ダレがガキっすか、失礼な。」
「伊奈葉くん、気絶してるわ、聞こえてないよ。」
「ちぇー…、…でも、大成功っス!」
本棚の下敷きになっている男を見下ろし、ニカッと笑う。2人の背後にあるドアに鍵は既にかかっていない。
「ほんじゃ……逃げるっスか?」
「逃げよう…っす、よ!」
「了解!」
2人は部屋から飛び出して行った。
*****
夕方を過ぎ夜の帳が降りてきた空に、その高層ビルは無言で巨体を伸ばしていた。
「しっかし、レイリーフ・スクエアビルたぁねえ…普通アジトは、港の倉庫とか廃屋とかじゃねーの?」
車体に凭れかかりながら時生は周辺屈指の高層ビルを見上げて呟く。秀平は苦笑いを零した。
「そんなーベタな話ーないよー。でもー、ある意味ベターだよねえー。」
「…イーグル傘下の企業の不動産だからな。…安曇さんは?」
「何やらー、電話でー工作活動中ー?…京介はー行動開始ー。」
「まった独断専行かよ…“トライデント”の意味ねえじゃん。」
やれやれ、と肩を竦めるが時生の表情はどこか嬉しそうだ。
「仕方ないってー、祭くんの一大事だしー。それに京介ってー愛想ないからー、どっちみちー正面突破はー無理ー。」
「…外面ホント良くねえからなあ、アイツ。」
「仏頂面ー…だけどー、…ものすごく必死だよ。」
「ああ、本人わかってんのかは知らねえが…」
ここ数年あんな風に感情を表出することはまずなかった長年の友人、いや幼馴染の最近の変化に、2人はなんとも言えない気分になる。
「乗りかかった船さ、……最後までー見届けないとーねー。」
「そういうこった。んじゃ……行きますかね。」
「了ー解。」
そして2人は正面エントランスから乗り込んでいった。
…同時刻。
レイリーフ・スクエアビル、某フロア。
「う…ぐ……っ」
―…ドサッ………ドサリ…
何かが床に落ちる音が鈍く響く。
「………」
―……た…っ
見届けると影はその場から姿を消した。
…人ではないモノのように、欠片も己の痕跡を残さず。
*****
祭は苛立ちを込めて溜息をついた。
「んと…っどうなってんすか、この建物はぁ!」
「い、伊奈葉くんっ、しー!」
「あ、むぐう!」
給湯室らしい所に身体を潜ませながら2人は周囲の様子を窺っていた。相変わらず周辺はバタバタと騒がしい。
「…っ本社の…」
「記者発表……時20分から…」
「…の時間……取引の…」
ところどころ聞こえる内容から自分達が逃げ出していることは発覚してないらしいが、安心することは出来ない。
「でも、階段が見つからないなんて、どうしよう伊奈葉くん…」
「ないってか、…うう、あんだろうけど、迷路みたいで見つかんねっス…」
白い壁、白い床、よくよく目を凝らせばドアに持ち手があったりするが、入り組み合っていて分からなくなる。かろうじてハッキリわかるのはエレベーターホールぐらいだが、流石にそこには見張りらしき人がいる。
「…っおい!?2人がいないぞ!!」
「「!?」」
その時、誰かの怒鳴るように言った言葉に2人の背筋がビクリと跳ねあがった。
「何だと!?…おい、しっかりしろ!」
「くそ、本社は非常事態だって言うし…EDPAまで介入をしてくるとか…」
「まだどっちが“筆頭”かわからないんだ!2人とも見つけろ!」
「どう説明すりゃいいんだ、こんな失態…!」
「……本社って、ココ何かの会社の支社とかっスかね?」
「……EDPA?」
聞こえてきた内容に2人とも首を傾げる。だがそれよりも逃亡がばれてしまったことが目下最大の危機だ。ここままここにいても見つかるのは時間の問題だが、かといって今出ていっても。
―……タン…タン……トン………タン……
「!!」
その時、祭の耳に連続した硬い音が聞こえた。それはまさに、
「階段…す。」
「え?」
「こっから……あっちに行ったとこ、階段があるっぽい…す。……日野宮さん、」
決意を込めて祭は振り返った。
「伊奈葉、くん?」
「あの、あっちのエレベーター、あったっしょ?んで、反対に階段室あるみたいで…」
「う、うん…」
「見たとこ、エレベーターの台数結構多かったし、ここ、結構な高層ビルっぽいから、乗っちゃえばどうにかなると思うんだ。」
「…でも、エレベーターの前、見張りがいるよ?」
「いなくなるっス、すぐに。」
祭は立ちあがると軽くストレッチをし、給湯室のドアに身体を寄せて周囲の状況を窺う。そして不安そうな七絵の方へと振り返った。
「俺、階段の方へ行って引きつけるから、日野宮さんは人がいなくなったら、エレベーター使って…できるだけ早く逃げるっす!」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing