Search Me! ~Early days~
09 アンサーウィンド
―ドンッ
「わぶっ!?」
背中を押され、そのまま床に叩きつけられる。
「ここで大人しくしてろ。」
―バタンッ ガチャ…
そしてドアが閉まる音と鍵のかかる音。慌ててドアに駆け寄り取手を引くが、ガチャガチャと金属が擦れる耳障りな音を立てるだけでびくともしない。
「っくそ!何なんだぁ一体!出せよ!」
「…っ伊奈葉くん!?」
「え……!?」
その声にまさかと思い振り返った。
*****
人通りが多いと思われている道であっても一歩外れてしまうとその雰囲気はすぐに変わってしまう。エナメルブラックのフルフェイスのヘルメットを外し、誰の姿も捉えることはできないもの寂しい場所で1人視線を巡らせた。
「………」
―チャリ……
拾い上げたそれは装飾的なものは何もない、シンプルなネックストラップのみがぶら下がった見覚えのある携帯電話だった。それを持ったまま自分の携帯電話を取り出すと着信履歴から番号を呼び出す。
―ピッ…ピルルルル…ピッ…
1、2回のコールですぐに繋がった。
『京介!祭の携帯見つけたか!?』
「ああ。」
『場所は?』
「4C地区の路地。移動した痕跡はない。」
『だろうぜ、基地局から引っ張ってきた送信情報はそっから動いてねえからよ。』
「ここが拉致されたポイントと見て、間違いないだろう。」
『ああ……、…すぐ戻れるか、京介。』
微妙に声のトーンが変化した電話越しの時生の様子に、京介は若干の不審感を抱きながら聞く。
「…何があった?」
『あーいや、な………お客さんだ。』
「客?」
『……安曇さんだ。』
「……、」
日野宮七絵の調査を依頼した人物が彼女が攫われたこのタイミングに。情報を掴むにしては早すぎないか。今回の2つの連れ去りが同時に起こったことについて関連性がないとは思えない、何か、知っているのでは。
そんなことを一瞬のうちで考え、京介は結論を出す。
「5分で戻る。」
『わった。…安全運転でヨロシクだぜ。』
「……。」
―ピッ
その言葉には敢えて答えることはなく京介は通話を切る。
「…………」
そしてヘルメットを掴み直すとエンジンをかけたままのバイクへ戻って行った。
*****
自分の目が信じられなかった。
「…っ日野宮さん、どうして!!」
「伊奈葉くんこそ、なんで…っ」
埃っぽく、明りもなく暗い、モノが乱雑に積み上げられた物置のような部屋で祭と七絵は再会した。祭は慌てて七絵の姿を確認するが自分とは違い怪我がないことを知りホッとする。この状況ではあまり安堵の足しにはならないが。
「わ、わかんないス。急に変な奴らに、車に押し込められて、目隠しされて…」
「私も…、…こないだのことあったから、なるべく人通りの多い所通ってたのに、急に腕を掴まれて、路地に引っ張られて…」
「こないだと同じ奴ら?」
「わかんないわ、目隠しされたし…でも、同じ人はいなかったみたい。」
とはいえお互いにちゃんと確認したわけではないから、同じ人がいたかいなかったかは判断ができない。
「…とにかく、どうにかしないと…」
「どうにかって…」
「逃げよ、日野宮さん。」
疑問は拭いきれないほどある。何で攫われたのか、ここがどこなのか、相手が何者なのか。でもそれを推理し解決するのは後でいい、無事にここから脱出してからだ。
「逃げるって、どうやって?」
「え、う……そ、それは今から考えるッス!」
具体的な手段は、まだ、アレだが。
「……クスクス…」
「ちょ、日野宮さん!」
「ご、ごめ……でも、伊奈葉くん、すごいわ。」
「へ?何が?」
困ったような、引き攣った笑顔を浮かべる七絵は微かな声で言った。
「私……ここに入れられた時、もう、ダメなんだって、……でも、今はもしかしたら大丈夫かもって、思えるの…」
「日野宮さ…」
「伊奈葉くんがいてくれるからだよ!…ありがとう…」
その笑顔はとてもきれいで自分には到底できそうにもない。
必死で強がってギリギリの背伸びをしている自分には。
でも。
「ぜ…ん、全然別に…俺はなんも……、でも、頑張るって決めたからさ…」
強がりだとしても彼女が絶望に囚われないためなら。
「何もしないままじゃ、ダメだって!」
喜んでどんな道化でも演じて見せる。
何があっても。
でなければ、顔向けできない気がした。
*****
「…こんなことになって申し訳ない。」
「は?」
開口一番、安曇はそう言って深々と頭を下げた。怪訝な表情を浮かべ、秀平は口を開く。
「あのー、それはー寧ろーこっちの落ち度でー…七絵ちゃんは、」
「そのことだけではありません、伊奈葉さんのこともです。」
「っ!?」
「…どういうことだ。」
安曇の口から出た想定外の、いやある意味では懸念通りの言葉に京介は相手が依頼人であることも忘れ厳しい言葉を向ける。
「…恐らく、あの2人は一緒にいるでしょう、手を下したのは同じ連中です。」
「何で、んなコトがわかんだ、アンタ。」
「……彼らに情報が漏れてしまった。」
「…彼ら?情報?」
何のことだと三者三様の表情を浮かべ顔を見合わせる。対し安曇は決意を込めた口調で言った。
「彼らとは…、イーグルパートナーズの息がかかった者達。」
「!?」
「…漏れた情報は、行方不明だった、フラップの筆頭株主の所在。」
その台詞に絶句するしかなかった。
「“筆頭株主は、とある探偵事務所にかくまわれている”、と。」
「……………………」
「………」
「…ちょ…、じゃ……あの、2人が?」
逸早く立ち直った時生が乾いた声で尋ねる。安曇は緩く首を振った。
「いえ、……1人です。もう1人は、ダミー。」
「ダミー?」
「勿論、本人達はどちらが本物でどちらがダミーであるかは知らない。知っているのは、それを仕組んだ者だけです。」
「…じゃあ、どっちか片方は、まったく無関係で巻き込まれたって言うのかよ…っそっちの都合で!?」
怒りを滲ませる時生の言葉を受け、安曇は一瞬息を呑み、
「そうで…」
「ふざけるな。」
言いかけた言葉は遮られた。
「京介!?」
「勝手に人の思惑の中に他人を巻き込んで、危険に晒す?…そんなことが許されると?」
淡々と固く、押さえきれない殺気が言葉の一つ一つに籠る。だが予想に反して安曇が後ろに引いたり怯んだりすることはなかった。
「…許されるとは思っていませんよ。ですがこれは、この国の経済を含む全体の」
「それがどうした。」
「…っ!?」
ハッキリと怒りに表情を歪ませる。
「…そんなものと天秤にかけて釣り合うほど、人は軽くはない。」
組織、全体利益、共有された思惑。最大多数の最大幸福。
そんな血の通わない論理の方程式に当てはめて計算されるべきものではない。
「寧ろ、そんな思惑より、重い。」
今自分がどんな表情でどんな声で言っているのか京介は知らなかった、興味はなかった。
「……知っているなら話してもらおう。」
「…っ」
「2人はどこにいる。」
*****
―バタバタ……どたどた……っ
急に周囲が騒がしくなった。
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing