Search Me! ~Early days~
「…っ!?……、う…えぐ……っ」
―むくり……
痛む身体を叱咤してのろのろと立ち上がる。擦り切れた頬に伝う血を拭った。
「…大丈夫、だも……、……頑張れる…、……」
記憶の後押しを受けて呟くと今更のように周囲を見回した。滅茶苦茶に走ってきたせいで周囲の風景はいつのまにか見知らぬものに変わっていた。
「…どこだよ、ここ……って、俺…ハハハ、また迷ってんじゃんか…もう…」
まるで最初に戻ったみたい。
最後が最初と同じって、ある意味泣ける。
「…戻るんだ、最初に……頑張るんだから、俺は……」
一方的だけど約束した、もっと頑張るって。
「でも……ホント、ここ、どこ…」
頑張ったって道が分からないものは分からない。誰かに聞こうにも生憎周辺に人影はなかった。ということひょっとしなくても、迷子なわけだ。
「何してんの、ほんとにぃ。…はあ、情けない……誰かに聞かなきゃだめだよな…。」
このまま自分で道を探そうにも、多分絶対更に迷う。今決意したばかりだけど誰かを頼らなければなないことに少し落ち込みながら携帯を開くと、
「っ!!」
いくつもの着信履歴が残されていた。発信者は、全部で3人。
それを見た途端、自分の中にあった理不尽な憤りや不審感、罪悪感がゆっくりと解けていくのを感じた。
「…っ楢川さん……羽野さん…………筧、さん……っ」
心配しているんだと、気にかけていると、そう言ってくれているように思えて。
あんな態度を取ったのに。
「……っ」
申し訳なさと、不謹慎だが嬉しさがこみ上げてきて震える指先で発信ボタンを押した
時
―ザッ……
「え…っ」
突然の気配を感じて無防備に振り返った。
―…………カシャーン……
*****
―……ピルルルルルッ ピルルルルルルッ
その時誰かの携帯電話が鳴った。
「お、誰のだ?」
「あー俺だー…んー?……んっんっあー…テステス…マイクテス…」
取り出した携帯のディスプレイを確認した秀平は、軽く喉を慣らせると、
―ピッ
「……はいもしもし、青條大理学部の佐藤ですが、ご用件はなんでしょう、お嬢さん?」
まったく別人の声と口調になって電話に出た。その完璧すぎる変声技術と演技力にいつものことながら圧倒されてしまう。
「…コレばっかは、秀平に頭が上がんねえな…、いや、出来なくていいけど…こえーし。」
「…ああ。」
外野で勝手な評価をする2人のことは気にした風もなく秀平は電話の相手と会話を続け
「え?……まだ……は、……………っ何だって!!?」
「?」
「秀平?」
突然声を荒げた秀平に時生が声をかけた時、
―……―ッ……−ッ
「?」
ポケットから感じる振動の気配に京介は徐にそこを探る。指先がバイブレーションで着信を告げる携帯電話に触れ、それを引っ張り出した。着信を告げるグリーンのランプが明滅していたディスプレイに表示された名前は、
「…っ!?」
“伊奈葉 祭”。
―ピッ
「…っもしもし、いな……、…?」
『…ザ…ッ……ザザッ…』
耳元にあてた直後聞こえたのは風がこすれるような音で、京介が予測したような軽やかな声ではなかった。
「…もしもし…、どうし」
眉をひそめ、更に声をかけようとすると
『…っちょ……ん……なん……が……』
「?いな…ば…」
途切れ途切れの、祭の、奇妙な声。
『…が……っぱり……こっちが……で……アレ…ダ……』
「!!?」
だけではなかった。
『はなっ…………ッバンッ…ッブロロロ―…−……−…………………』
悲鳴、と、閉まる音、と、車が走り去る音を最後に、また風の擦れる音だけに。
「…―っ……なば…!…っ伊奈葉!!」
サアッと血が巡る音を聞いた瞬間、思わず声を荒げていた。それに気付いた時生が慌てて振り返る。
「っ京介!?」
「……っ伊奈葉、」
「おい、どうした、京介!って…っ祭!?祭になんかあったのか!?」
「っ今…」
答えようと口を開きかけ
―…ピッ
「…やられたよ。」
「秀平?」
た、が、電話を終えて苦々しく呟く秀平の言葉に先手を取られる。
「日野宮七絵が連れ去られた。」
「な…!?」
「…っ!!」
まさかのタイミングに息を呑んだ。秀平は隣から聞こえた内容について確認を取ろうと口を開きかけ。
「京介、さっき祭くんがどうって………、ちょっ、まさか、」
「まさか、て……オイちょっと待てよ!」
たが、すぐに察した。遅れて時生も感じ取る。それを肯定するように京介は乾いた喉で浅く空気を吸い込んだ。しかしその空気は刺がついた鉛玉のようで、すぐに言葉が出てこない、出したく、ない。それでも何とか声を絞った。
「………ああ…」
それだけで肺に何かが刺さる。
喉がかきむしられる。
血の一滴一滴が身体を蝕む劇薬になる。
これは、何だ。
「……たった今、伊奈葉が連れ去られた……」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing