Search Me! ~Early days~
「てめえみたいな腹黒にやれっかよ!」
「もー誰がー……腹黒だって?」
「いやお前。」
「そんなのー時生も何気にー黒いのにー、コントラスト的にはートップー。」
「…そうだな。」
「京介待て何でそこで肯定すんだよ!つか自分が変わってることにも気付いてねえ奴に言われたか」
「ちょっ時生?!」
「っあ…やっべ…」
珍しく声を荒げた秀平に時生は息を呑む。だがそれは秀平のせいではなく、自分自身の失言に気がついたからで。
「………変わった?」
しかし京介がそんな友人の状況を察することはなかった。反芻した言葉に温度はなく、まるで音だ。
「………変わったとはどういうことだ。」
「あ…い、いや、その……」
「不味いな…」
「…………、……。」
時生の言葉を脳内でゆっくりと咀嚼する。
「…変わる?」
理不尽な判決、見当違いの誤解。それを無理に聞かされたような不快感と、それに加え理解できない感覚が言葉に殺気を込め、吐き捨てさせた。それは何よりも憎む仇敵の名を口にすることに等しい嫌悪感。
「……ありえない。」
「…っ」
存在を許しはしない。
認めはしない。
変わることなど許さない。
「そう簡単に人は変わらない……お前達も知っている筈だ。」
空気の全てが針金に変わってしまったようにビリビリと神経を突き刺す。全開に近い殺気を表出させる京介に、さしもの時生と秀平も息を呑んだ。
だが、
「……確かに、そうだな……戻んねえモンも、あるぜ……」
「………」
それに呑まれて終われるほど、彼らの付き合いは浅くも短くも安くもない。
「でもね、京介……戻ってはこなくても、新しく生まれるものだって、あるよ。」
「…何を言ってる。」
「特に、目に見えねえモンはな。」
「本当に、それが“何処にも無い”なんて、証明できる人はいないんだよ。
…見えないからこそ。」
「……っ」
ギリ、と奥歯を咬んで苛立ちを露わにする。自分の不快感を理由にするだけでは否定できない強さを持つ言葉だからこそ、苛立ちも強い。
「……認めたくねえのはわかるがよ、少なくとも見ねえ振りはすんなよ。」
「認めるも、何も…俺は、」
「とりあえずー、ちゃんと前見ろーって、ことさあー。」
元に戻った秀平の口調につられるように、少しずつ空気が元の状態に戻っていく。だが、京介の内面は凍りついた表情とは遠い、混沌に揺れていた。しかしそれだけに流されることが決してないのが京介の強さでもある。
「……はあ…」
内情の自己消化の糸口を見出すため小さく溜息を吐く。既にあの凄まじい殺気は霧散していた。
「ま、とりあえずよ、この件は保留ってコトでさ…えっと…、何話してたっけか?」
「何だったけーねー?」
「何だろうなあ!!」
「………伊奈葉のことだろう。」
「おっ!そうそう京介!ちゃあんと分かってんじゃん!」
「うんうんー、朴念仁って言ってーごめんねー京介ー。」
わざとらしく言う2人の友人の様子に再び溜息を吐きそうになるが、寸前で呑みこんだ。認めるも何も、関係がない。見ないふりをするにしても、見るものが最初から。
本当に?
「………。」
答えはない。まだわからない。
ただ。
あんな表情は、見たくなかった。
させたくはなかった。
「…で、どうするつもりだ。」
「そこなんだよなあ、どうするよ?」
「……考えていないのか。」
「だってえー、時生だしー。」
「………そうだな。」
「ヲイこら。」
それこそが“変化”だと、本人だけが気付かない。
*****
選択肢なんか最初から皆無だ。
でも。
「どう…すんの……だよ、俺…」
どんどん通り過ぎていく人の流れを茫然と眺めながら祭は呻いた。
「どうすんだよ……どうしたら…いいんだよ…」
少し前の遣り取りを思い出し、心が重くなる。
『…も、戻ってこいって、…あ、の…』
『…もう十分だろ、ということだな。』
珍しく困った表情で綿森は言った。だからこそ、本気なのだと知る。
『でも俺っ…俺まだ何も、出来るようになってないっす!』
『そんなことはない。』
『あるっす!』
『じゃ逆に訊くが、…何ができるようになったら十分だと言えるんだ?』
『え……』
何ができるようになったら?
何が、何って、なに?
黙り込む祭に綿森は苦笑を浮かべて緩く首を横に振った。
『僕にしたって、“何か”が十分にできるなんて思ってコトはないな。何をしていたとしても、勉強は一生続く、完了はない。』
『でも先輩は俺よりっ』
『それは経験の差。埋めるためには、祭、お前も経験を積まないと。…経験は過程であり、通過点だ、通り過ぎていかなければ駄目なものだ。』
『通り…過ぎる…』
今まで考えたこともないことで、瞳を見開いた。
『だから去ることに罪悪感を覚えなくていい。先方も、分かっていることだから。』
『…っ』
わかってる?
俺がいなくなること?
あの人たちも?
―なで……
『…戻っておいで、祭。』
『綿森先ぱ…っ』
『戻って来い、僕達の所へ。』
―ザワザワ……ザワザワザワ……
「…通過点、決まってたこと、…期間限定……そう、なんだっけ……そうだ…」
それは最初から言われていて、祭自身も分かっていることだった。終わって、あそこから去るために日々を頑張ってきたと言ってもいい。別れを前提してあそこにいた。
「…楢川さんとも、羽野さんとも、緑さんとも…白1号と黒4号とも………さよならするってわかってて……うん…」
自分自身に言い聞かせる。
「戻るんだ……俺は。」
落ち込んでいても、しょうがない。事実は動かない。少しでも無様じゃないように少しでも恰好良く見える様に通り過ぎよう。明るいままのイメージを残して。
「昨日のこともいい機会だったんだ…、これだって勉強なんだからさ、よかったじゃん、…ちゃんとっ…現実を、見れたと思えば!」
声のトーンをどんどん強く、明るく、テンポを上げていく。止まっていた足を動かす。
「ほんと…っいい経験、させてもらったじゃん!こんな機会でもなきゃ、探偵サンとお仕事することなんて、なかった、だろうし!」
早歩きから、小走りへ。
「すごいよなっ、おれもっ、いつかあんな風になれんのかな!?……っいや、なるんだ、ぜったい、なってみせる!俺もみんなみたいなっ」
小走りから、全力疾走へ。呼吸が上がって喉が痛むが言葉は止めない。
「みんなみたいな…っアレ!?前見えな…っまあいいや!…っもっと頑張って、…!?」
『…頑張れ。』
「っ!!?」
―ガッ ずべしゃあっ
「ぶぎゃっ!!?」
勢いもそのまま頭から地面に突っ込みそれでも止まらず転がった。
「……う…うぐ……」
とっさの受け身が間に合ったお陰で、大惨事は免れたが
「……う……ひっく…っいた……い…っ」
痛かった。
「ふえ…っ…いたいっ…いたいよう…っひっく、いたいよう…っっ」
全部、痛かった。
「いたい…っいたいよっ、いたいよっ……ふっふえええ…っ」
地面に転がったまま震える手を握り締めて訴えても、人通りの少ないここに祭を助けてくれる人は誰もいない。誰もいない。
『……大丈夫か?』
でも。
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing