Search Me! ~Early days~
秀平は少しだけ時間を気にする様子で尋ねる。一瞬、時生は首をひねったが、すぐにその意味に気付いた。
「ん?ああ、お前、調査で大学か。」
「七絵ちゃんー、午後から授業なんだよー。」
「そっかそっか、大丈夫だ。それまでにゃ終わる。京介は、大丈夫だな。」
「……ああ。」
時生の問いに京介は首を縦に振る。時生は納得した様子で、相変わらず乱雑なデスクからメモを引っ張り出した。
「んじゃそゆことで。えー…イーグルパートナーズの目的は、やっぱりフラップの持ってるシステムやソフトウェアの開発能力とノウハウなわけな。」
「その他にー裏はないのー?」
「あるかもしれんが、そこまでは調べてる時間ねえよ。」
「……。」
「んでよ、ソレを手に入れるために買収に乗り出してんだが、…おかしいと思わねえか?」
「何がー?」
「……買収進捗状況の遅さか。」
薄々感じていたことを京介が口にすると、時生は硬い表情で頷く。
「そーだな、元々フラップシステムズはちっこいソフトウェア会社で、急成長したのはここ20年の話。経営者の手腕が良かったんだな。15年前に株式が上場してるが、取引はそんな盛んな銘柄じゃねえ。そもそも数が少ねえんだ。」
「株主が手放していないのか。」
「ああ、製造業やゼネコン系じゃないからさ、設備投資費用つったってたかが知れてる。それに業績がいいから、市場から積極的に資金調達しなくてもなんとかなってたっつう…まあ、あくまで想像の範疇だけどさ。」
通常は設備や事業を拡充するには莫大な資金が必要であり、一般的な株式会社はその資金を調達するために株式や社債を発行する。
「株主は、半数以上がフラップの創業時からの株主でな、もう身内みてえなもん。そいつらに関しては、小口でも結構保有してるぜ。」
「安定株主か…」
「じゃあー、買収されそうになったらー反対するよねー。」
「そういうこっと。」
「…市場に出回っている株式は?」
「ちゃんと動いてる浮動株は、大体…20…から30パーセントだな。」
微妙な表情で答える時生に、京介はある予感を抱いた。
「件の、自殺した大株主の1人の株と合わせて、か?」
「いや…違う。それはまだ出回ってねえが、代理人が資産の処分をやりゃあ、出回る量は一気に増えちまう。」
「時間のー問題ー。」
「相続する人間は?」
「いねえ。だから市場に流れっちまうな。既に浮動株の殆どはイーグルが押さえちまってるし…」
この上その10パーセントもイーグルパートナーズへと流れれば、その保有率は4割近く、非常に大きな発言権を持ってくることになる。そうなれば完全な買収も時間の問題だ。
「…でもさー、それならフツーにじわじわ攻めてきゃいいんじゃなーいー?何で株主にーそんな急にー、圧力をかけたがったんだろー。」
俺達のことまで使おうとしてさ、と秀平が疑問を投げかける。その疑問は時生も持っていたようで、考え込みながら口を開いた。
「んん、どうもなあ、……ウワサじゃ、すげえ大株主がいるらしくてよ。」
「アレー?自殺した人じゃあなくてー?」
「……ああ。」
秀平の問いに答えたのは、時生ではなく京介だった。
「京介、知ってんのか?」
「粗雑なデータだが、主だった株主の株式保有率はだいたいわかっている。」
「…お前そんなん、いつ調べたんだ。」
「暇つぶし。」
「……。」
時生と秀平は呆れたように溜息を吐く。そんな2人のことは気にすることなく、京介は既に頭に入っている内容を言葉に直して話した。
「…それを合計すると、矛盾が生じる。」
「矛盾ー?」
「…足りないんだ。」
「足りねえ?10割にならねえってことかよ。」
「何度合計しても60数パーセント、残りの40パーセント近くが不明だ。」
「……おいおいおいおいちょい待てよ…っ」
時生が乾いた声で唸る。秀平は絶句した。
「…つまり、40パーセント近くの株式を保有する、筆頭株主が存在する可能性が高い。」
「………なーるー…、その人を口説き落とせてないから、焦ってるのかー…」
「どころか、所在も正体も不明だ。」
勿論、京介もそれに掛かりきりだったわけではなくあくまで片手間の片手間、暇つぶし。だがそれでも尻尾すら掴ませないとはおそろしくガードが堅い。
「ふん、京介にも掴ませねってことは、相当デカイ発言権持った人間か、その組織にガードされてるってことかもなあ。」
「おそらく。」
「…それってー…急に出てきたー話ー?」
言外に眉唾では、という不審感を滲ませて秀平が言った。
「…そうだな、買収の話が持ち上がり始めた直後…、……ぐらいだ。」
「今から大体ひと月くらい前……、…あー丁度バタバタしてた時だな!!祭が来たばっかで…っ………」
「…そーだねー。」
「………」
時生の台詞に上がった名前が一瞬思考を揺らすが、京介は気付かない振りをする。寧ろ言った時生の方が何とも言えない表情をしていた。
「あー……えと、まあ、そのだ…イーグルはその筆頭株主を探してんのか。」
「まだ見つかってないんだろーねー。」
「…第3勢力が現れる可能性も出てきたから余計焦っているんだろう。」
「第3勢力?」
「ああ。」
「初耳なんだけどーそれー。」
「それって、マジの話か?」
「いや…」
確証のある話ではないが、と前置きをしてから京介は口を開く。
「…もし、本当に第3勢力が現れ、筆頭株主がそこを頼れば、他の株主達もそちら側に流れるだろう。資本があるなら防衛策として逆買収を仕掛けることもできるかもしれない。」
「…そうなりゃ、イーグルの進めてきた買収工作は失敗、莫大な金が泡と消えっちまうな。あと、自分の身も危うくなるぜ。」
「ふふーん?おーもしろーくーなってきたーねー。」
「おもしろって…ま、あの女一党が吠え面かくのは気分いいけどよ。」
「………。」
余程嫌いなタイプらしく時生の浮かべる表情は冷酷かつ酷薄だ。尤も、京介も心情としては時生のことを言えた義理ではない。
「でもよ、そういうことになってんなら、向こうサンがコッチになんかしてくるってのは、なさそうだな。」
「いそがしそー。」
「構っている暇はないだろう。」
「だな、…あースッとした!…さて、と」
明るい様子でゴキゴキと肩を鳴らすと、時生は急に真剣な表情で口を開いた。
「ほんじゃ、目下最大の事件の解決に向かうか!」
「事件?」
「“伊奈葉 祭の家出事件”に決まってんだろお!!」
「家出事件ー。」
「……」
家出。
「さーてまずは……まずどうすんだ?」
「言いだしっぺーしっかりしろー。」
「……ここは伊奈葉の家ではないだろう。」
ほんの僅かに眉をひそめて告げると、時生と秀平は思いきり非難するような視線を向けてきて言った。
「…っきょお〜すけえ〜…っお前なあ!!」
「朴念仁ーにもー程があるー。」
「…誰が朴念仁だ。」
「おっ前だよこのっ鈍!!」
「うん。」
2対1。数の暴力、いや多数決の原理に照らすなら、京介は朴念仁ということになってしまうが。
「……。」
「く…っわかりませんて顔しやがって…っやっぱ駄目だあ!大体こんな男に渡せるかよ!…やっぱ、ここは俺が」
「俺もいるー、俺もいるー。」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing