Search Me! ~Early days~
男を追いつつも、何度も振り返っては頭を下げる七絵の姿が見えなくなると、
「……っ」
祭は身体を翻し走り出した。
「…っくしょう…っちくしょうっ畜生!!」
喉にせり上がってくる行き場の無い激情を何度も何度も吐きだした。
「ちくしょう…っ畜生ぉ…っ」
また、だ。また何もできなかった。
友達を、助けることができなかった。
「…っくそお…っっ」
何時だって、誰かに助けられてばかりで。
お前はただ守られるだけの弱い奴なんだと言われているみたいで。
―……たっ……
「う……っう…」
気がつくと、辺りには見慣れた風景が広がっていた。すぐ目の前には、少し前に自分が七絵を追って駆け降りた、事務所へ続く階段がある。
「………」
気が、進まない。足取りが重い。でもこのまま顔を出さないのはもっとダメだ。自分に全てを任せて送り出してくれた京介のことを思うとその気持ちは更に強くなる。
「…これじゃ、ホントにガキじゃねえの…」
階段に足をかけながら思う。あんな風に感情に任せて泣いたのは本当に久しぶりだった。確かに自分は泣き虫だという自覚はあるし、ちょっとしたことで泣きそうにはなるけど、大泣きすることは実はない、ないんだって。
「…呆れられてたら……ヤダなあ…」
心配をかけるのも嫌だけど。でも、それより嫌なのは、
「……何とも思われてなかったら……どうしよう…」
その可能性もあるから、あの人は怖い。怖い人だとはもう思わないが、怖い。
「や…やっぱ謝った方がいいよな…な、何か暴走したし、俺……よし、……謝ろう、………は、恥ずかしいけど…」
そうやって、少しでも。
少しでも。
なんだろう。
―トンッ
階段を昇りきると、見慣れたドアがある。祭はいつもと同じ、よりも少し慎重にドアに手を伸ばし
―… … … …
「…??」
中から話し声が聞こえ、思わずドアから手を引く。そして、いつのまにか声を殺し、聞き耳を立てていた。
―…で、状況は?
時生の声だ、いつ帰って来たんだろう。
―んー…びみょーなかんじー…
―なんだよ、微妙って。
―最近ーちょっとおかしいんだよねー、急にいなくなるコトも多いからー大変ー。
間延びした秀平の声は何時になく深刻そうだった。京介の声は聞こえないが
―…いなくなる?
あ、いた。
―学校ーからねー、そうなっちゃうとー、俺はー管轄外ー。
―…そのへんが、この依頼のネックなんだよなぁ…。
依頼、ということは新しく受けた仕事ということか。ていうか、それしかないし。
しかし、一体自分は何をしているのか、こんな。
―こりゃもう、調査っつうより、監視だな。
監視?
―役割ー分担されたーねえー……
何だろう、変な、いや、嫌な感じだ。多分、さっき七絵に、誰かに見張られているという話を聞かされ、その上それを裏付ける様に男達におそわれ
―…とにかく、日野宮七絵の素行調査は続行だ、
「――――――…っっ!!?」
頭の先からつま先まで、ザアッと冷たくなった。
今、何て言った。
あの、低い声は何て言った。
苦しんで困っていて危険な目にあった彼女に、何をするって。何を。
―……… ッガダンッ
「っ!!?」
無意識に後ずさったせいで後ろの壁に思い切り背中をぶつけ、小さくはない音が上がる。慌てたが、もう、
―ガチャッ
「…っ祭!?」
「…っ!!」
遅い。
「っ祭くん!?」
「……っ」
「…………っあ…」
ドアを開けた時生、ソファに座って立ち上がりかけた秀平、そして、デスクに寄りかかった京介の視線が一斉に祭に向けられる。
逸早く我に返った時生が、いつもと同じ、より少し焦った様子で声をかけた。
「ま、祭、戻ってきたなら…」
「…………たのに…」
「え?」
その言葉が、耳をすり抜けて行く。
「…祭くん?」
頭の中の温度が急上昇する。
「…信じてたのに…っ…」
わかってる、わかってる
これはただの
だって、みんな、そんな
「…っな……のに……!」
ちがう
わかってる、わかってるんだ、ほんとうにわかるんだ、
でも、
それでも
「…っ伊奈葉…!」
硬く、でも急くような京介の声。
それが最後のストッパーを、
「………っっっ!!!!」
―だっっ
完膚なまでに叩き壊した。
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing