Search Me! ~Early days~
07 クローズ・ドア
京介は先程から何度目になるかわからない溜息を吐いた。
「………。」
「すぴょ……すぴょ……」
その原因たる人物はというと、京介の懊悩など露知らずソファで爆睡している。その手は京介の上着の袖をしっかりと握りしめていて離れない。寝ているのが不思議なほど強く握られていて、そっと引きはがすのは不可能だ。
「……はぁ…」
祭が突然泣きだして京介にしがみつき、どうすればいいかわからないなりに取り敢えず撫でて宥めようとして、そのまま好きにさせていたら、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまい、この有様である。無理に引き離しても良い筈だが、祭の寝顔を見てしまうと何故か出来ず。進退極まったまま傍にいるのだが。
“にゃー”
“にょー”
子猫2匹は既に祭から離れて、そのあたりで無邪気に転がって遊んでいる。ときどき、じっとこちらを見つめてきたりするがそれも一瞬のことだ。
「……猫が3匹……」
に、増えたようだと肩を落とす。気まぐれで、こちらの都合など考えはしない。
「………ふう、」
―ピルルルルルッ…ピルルルルル………
先程から祭のバックパックから携帯の着信音が何度となく鳴り響いている。多少気にはなるが身動きが取れない京介が確認することはできない。その前に他人のプライベートの範囲に踏み込むつもりも理由も道理もない。最善は、今すぐ祭を起こして携帯が鳴っていたことを告げることだ。
「んう……くかー……」
「………」
分かっていても、出来ていないが。
やるべきことを知りながら行動に移さない自分自身の行動矛盾に京介は苦さと温かさを同時に感じていた。それが何を意味するかには、目を向けない。向けられない。
「がう……、あう…」
「……がう?」
―ピルルルルルッ…ピルルルルルルルッ
最早何度目になるかわからないくぐもった着信音が祭のバックパックの中から響いた。それでも、やはり祭は目を覚まさないだろうと
「んにゃー………、…えんわ…?」
「…あ」
のろり、と目を覚ました。そして何事もなかったように京介のジャケットから手を放し、フラフラしながら電話の音のする方向へと手を伸ばす。目は開いていない。
「れんわ……でんわ……」
「……ん、」
「ううー…でんわぁ……」
バックパックを膝の上に乗せてやると、そのままゴソゴソとサイドのポケットを漁り始め、数秒後、ネックストラップがついただけの、意外にシンプルな携帯電話が引っ張り出された。パチリ、と開き通話ボタンを押す。
「はひ、もひもひ…いなばれすー…」
呂律がそれだけ怪しくて相手はわかるのだろうか、と思った次の瞬間
「…ひのみあ…?……………っあ、ひ、日野宮さん!?らいじょっ、んんっ、大丈夫っす、起きまし…っイエ起きてるっすよ!!」
バンッと弾かれたように一気に覚醒すると早口で捲し立てた。だが京介はその瞬発力に感心する以上に、祭の口に上ったその名前に驚く。
「はい?あ、えあー……はぁ、へえ……、あ、うんうん……俺?バイト先……うん、え……、ああ、それなら……っ!?」
「…?」
キョロキョロ、と周辺を見回していた視線が京介を捉えた瞬間、驚愕で固まる。その目は“なんで!?”という言葉を喋り出しそうなほど、驚きで満ちていた。
「…っ…え、あ!何でもナイナイっす!う…う、うん。いる、ここに…あ、うん、今そこで転がって遊んでるし。」
慌てて我に返り電話に意識を戻すと再び何かを探すように視線を動かし、じゃれあう2匹の子猫で固定される。
「…え?…あ、いいよいいよ!!うん!…た、多分?大丈夫!!俺と筧さんしかいないから!」
「……?」
「目印はー…ケーキ屋さんがあんだけどさ…っと、“ラ・ミュゼ”って言う…あ、知ってんの?…そこそこ、そこの2階!」
「…伊奈葉?」
「おっけー、らじゃー、……ん、そんじゃね!!」
―ピッ
電話を切った祭の表情はいつもと同じ、明るいものに戻っていた、が、京介の方へ振り返った途端、みるみる気まずそうなものに変わり半分泣きそうなものになった。
「っあ…え、あ、あの……」
「…、今のは」
「ハイ!日野宮さんです!!」
「…前に会った、日野宮さんか?」
「ハイ!そうです!!」
直立不動の姿勢で反射的に答える。いや座っているんだが。勝手にあれきりだと思っていたが、何の因果か本当に知り合い、いや友人になっていたらしい。
「……何かあったのか?」
「イエ!その!!……あのー、すね、ええと……」
「……」
「おお…怒んない、っすか?」
「別に怒らない。」
怒ってもどうしようもないだろう、とは言わなかった。祭はもじもじと言いにくそうにしながら口を開いた。
「…の、っすね、お友達になっちゃってて、そんで、今度猫見せるって言ったんす…」
「…猫?」
「いや白1号と黒4号を。」
それであの2匹の姿を探していたのか。
その言葉と先程の会話の様子で京介は状況を素早く察した。
「…見に来るのか。」
「ふえ!?何でわかっ」
「ラ・ミュゼを目印にしたんだろう。」
「あ……あいう……えお……」
一気に沈み込む表情から、祭が何を考えているか大体わかった。
「……別に、構わないだろう。」
「ふあ?」
「招待を独断で決めたことは……あまり褒められたことではないが、」
「なん!?なんでわかっ…!?」
「…それを気にしていたんだろ?」
「いやそうっすけど!?」
違わない、と首をブンブン振るが、驚いた表情のままだった。
「…そのくらいのことは分かる。」
「そ、そうすか……でも、いいんスか?」
「駄目だ断れ。」
「!?」
「と…俺が今それを言って、断れるのか?」
無理だろう、という意図を言葉の外に滲ませて言うと、祭はばつの悪そうな顔で首を横に振る。
「い、え……ムリっす…」
「だから構わない。」
正直な所あまりよくはない。意図的に依頼を知らせなかった祭が知らないのは当然だが、日野宮七絵は調査対象者だ。勿論それは七絵自身に知られてしまうわけにはいかない。それを考えると、この事務所に入れるのは探偵としてはあまり歓迎できなかった。
「でも…、」
「…暫くは、時生も秀平も帰らない。黙っていれば問題ない。」
「い、いいんすか!?」
「ああ、いい。」
だがそれは所詮“事務所”の都合だ。意図を持ってその都合の枠から外された祭にそれを察しろというのは無理な話で、たとえバイトであろうと“知らない”ことを履行することは出来ないし強制できない。
それこそ、祭にとっては“知ったことではない”のだから。
「でも、楢川さんや羽野さんにはやっぱり」
「言わなくていい。」
むしろ言わないほうがいい。ただでさえ神経質にならざるを得ない状況がいろいろ重ねて発生しているのに、これ以上は。
「…内緒って、コトっすか。」
「そうだな。」
肯定すると、祭の表情が微妙に変化する。
「じゃあ、筧さんも内緒にしててくれるんスか?」
「ああ。」
「そ…うすか…」
「…?」
困ったような驚いたような、変にひきつった顔で呟く。思わず緩みそうになる口許を慌てて引き締めている、と表現すればいいか。
「じ、じゃあ指きりしましょ!」
「…は?」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing