Search Me! ~Early days~
オフィス街のすぐ近くにある整備された公園には、休憩に訪れたらしい会社の制服姿の女性や営業途中らしいスーツ姿の男性の姿がちらほら見受けられた。だが昼時ではないので、幾つか設置された間伐材を使用したベンチにはまだまだ空きがある。そのうちの一つに座り込んだ粗雑な雰囲気だが体格のいい中年の男性は、煙草を吹かしながら口を開いた。
「…、全治、3週間。軽傷とは言わんが、命に別状はねえそうだ。」
そのベンチには男しか座っていない。だから一見すると大の大人が大きな独り言をしているようだ。最も男に気にする様子はなく、更に言葉を続ける。
「ま、自業自得っちゃ自業自得だな。おやっさんは喜んでたぜ。」
「…喜んでいた?」
独り言…の筈の言葉に答えた声は、ベンチの斜め後ろの街路樹から、いや、街路樹に背中を預けていた京介から発せられた。ベンチの男は振り返ることなく苦笑を零す。
「ひでえ怪我だが、命に別条はねえし、“印”も無事に戻ってきた。バカな坊っちゃんも、今回のコトはいいクスリになったみてえで、随分としおらしいもんさ。」
「……。」
「……それもこれも、アンタがいなけりゃ、こうは収まりがつかなかっただろうぜ。」
ふと、呟いた男の声は酷く深刻な色を帯びていた。
「もし、坊ちゃんが…自業自得とは言え、命落としてたら、周りは黙っちゃいねえ。おやっさんだって、結局坊ちゃんが可愛くてしかたねえから、止められねえだろう。そうなったら…」
「……」
「それを回避できたのはアンタのお陰だ。」
「受けた依頼を遂行し完了するのが仕事だ。」
依頼を受け、前金を受け取り、契約を交わした以上、「出来ませんでした」はあってはならない。
「それができる奴が俺らの世界にだってどんだけいるもんか……おやっさんからの伝言は、アンタらが、もし何かヤバいことになったら、一も二もなく手ぇ貸すとさ。」
「…別に、構わない。」
「そう言うな、おやっさんに、仁義通させてやってくれ。」
「……」
何を言うべきか分からず、無言を通す京介に男は苦笑を零しつつ、煙草の火を消し携帯灰皿の中にソレを押し付けると、ベンチから立ち上がった。
「ったく、固いヤローだな。…ああ、そうそう、知ってるか?」
「…何を。」
「俺も今朝聞いたんだが、あのーなんだ、ニュースでやってるとこ、フラップシステムズ、そこの株主の一人が自殺したそうだぜ。」
「何?」
最近取り沙汰されている話題、というだけでなく、多少とはいえ実際に巻き込まれかけたことだけに雑談ついでに言いだしたであろう男の言葉を聞き返した。
「うちのおやっさんが、おやっさんの恩人殿から聞いた話、つまり又聞きだが、昨夜だ。自宅で首吊って、死んでたと。」
「……初耳だな。」
「出るのは今日の夕刊だとさ。…どうも、あのなんたらパートナーズが相当圧力かけてたらしい。うちの連中じゃないが、その筋の奴ら雇ってさ。その首くくったのは、フラップの株の1割を持った、大株主の一人だったって話。」
「……」
その内容に、京介は先日事務所に依頼をしにきたイーグルパートナーズのエージェントの女のことを思い出し、眉をひそめた。
「…それにビビって、他の小口の株主達が売りに流れちまいそうらしくてよ…」
「そこを一気に買いに走れば、買収は成功したも同然だろう。」
「恩人殿はそれを心配してるらしい。フラップは、えー、なんだ?なんたらかんたらホニャホニャシステムを開発してる、この国にとっちゃ大事な知的財産を持ってる企業だから、外資にノウハウを流出させるわけにはいかんって。」
「……。」
まさに、イーグルパートナーズはその固有の技術とノウハウを狙って買収を進めようとしている。もし本当に他の株主達が、今回の大株主の自殺を聞き、売りに走れば相手方の思うつぼだ。
「ま、俺みてえな、拳と仁義しか知らねえ中卒のバカにゃ、雲の上の話だがよ。」
男は浮ついた口調で笑うと軽く伸びをし、初めて街路樹の方へ振り返った。
「…ホント、今回のことは俺も感謝してるぜ、…坊を助けてくれて、ありがとう。」
「…別に。」
「アンタならどこでも幹部に取り立てられんのになー、惜しいねえ。坊にも少しくらいは見習ってもらいたいもんだ。」
「……。」
黙り込んだ京介は男の言葉を聞きながら固く口を引き結ぶ。それを知らない男はポケットに両手を入れると踵を返した。
「じゃあな、無口な探偵サン。また何かあったら頼むぜ。」
男はそれだけ言うと、気だるげな、しかしまったく隙のない様子で歩き出し、去って行った。
「……」
―…ザッ……
その気配が完全に消えたことを確認すると、京介は徐に街路樹の陰から出て歩き出す。
相変わらずの無表情だった。
*****
―ガチャッ
ドアの開く音以外の音は、何も聞こえなかった。
「……誰もいない…」
鍵がかかっていなかったので誰かいるのでは、と思い暫くドアの前で開けることを迷っていたのは杞憂に終わってしまった。
「なあんだ……」
ホッとしたようながっかりしたような溜息を吐くと、祭は事務所のドアを後ろ手に閉める。アルバイトである祭自身は事務所の鍵を渡されてはいないので、誰もいなければ入れるはずはないのだが。
「不用心だなあ…すんごい個人情報扱ってる自覚あんの?」
本人たちがいる前では決して言えない、ふと思ったことを投げやりに呟きながら、背負っていたバックパックをソファの上に置いた。
「こーんな簡単に不法侵入完了っスよ。“逆”だったら、俺は絶対入れたくない…」
“にゃー…”
“にゅー”
その時、小さな気配と鳴き声をさせながら2匹の子猫が祭を出迎えにやってくる。祭は相好を崩すと腰を折り、2匹を手招いた。
「あ、白1号、黒4号!っおいで、おいでー。」
“にゃお”
“にゅんっ”
ててて、と歩く速度を速めた2匹は祭の前までやってくると、
―ぴょんっ
反動を付けて、祭の腕の中に飛び込んだ。ふわり、と柔らかな重みのある体温に触れて、少し心が軽くなる。
「わ、と…。なんか2匹とも、重くなった感じがするなあ。」
“にゃーあ”
「ひょっとして、……太った?」
“にゅううっ”
「あたっ!?嘘だって、白1号!太ったんじゃなくておっきくなったんだよな!」
“にゃう、にゃう”
そうだそうだ、と肯定するように尻尾をパタパタ忙しなく振る。祭は2匹を抱き上げると、そのままソファに移動し、膝に乗せたまま自分も腰を下ろした。
「日に日におっきくなってくな、白1号と黒4号は……、でも呼びにくいなあコレ、もっと、ちゃんとした名前を………、……て、ムリか…」
思わず口にしたことを自分自身で否定して首を振る。我ながら情けない事この上なかった。
「…貰われていっちゃうんだよな、なのに名前つけちゃいけないって…」
“んにー?”
「本当の名前は、ちゃんとした飼い主さんがつけてくれるから、さっさと忘れるんだぞ?」
“にぃ?”
「俺のことも…」
その先の言葉を呑みこみかけるが、なんとか勇気を振り絞って呟く。
「……俺のことも、早く忘れるんだ…ぞ……、……」
“にゃあ?”
“にゅうう?”
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing