Search Me! ~Early days~
06 迷走
「ねーねー、次って小講堂だったよねー。」
「アレ、掲示見てないの?311教室に変更になってた筈だけど…」
「うそっ!?さっき先生と挨拶したとき確認したのに!?」
「あの人もう年だからな。」
―ザワザワ…ガヤガヤ……
講義の合間の休み時間、青條大学のキャンパスは次の授業へ向かう学生たちで溢れ返っていた。中にはそのまま友人たちと連れ立ってカフェテリアや校外へと行ってしまう学生もいる。高校までとは違い講義のスケジュールは学生に対してあまり強制力や拘束力を持たず、自己責任のウェイトが大きいためだ。
「あ、“佐藤”くん、おはよう!」
「おっす、おはよう石田さん、…と、えーと、」
「もう、忘れちゃったんですか?日野宮ですよ!」
「あ!そーそ、日野宮サンだ!カラオケ上手かった子だ!」
佐藤と呼ばれた男子学生は漸く思い出したようにポンと手を叩いた。女子学生2人はわざとらしい不満の表情を笑顔に変えて頷く。
「そうですよー、佐藤くんは……めっちゃ音痴だったけど!」
「アレは酷いわー、でも酷すぎて逆に面白かったよ!」
「うわっ!きっついよ2人とも…っ気にしてんだよこれでも…」
「佐藤くんはこれから何の講義?」
「はい聞いてないですね!…ああー、政策概論、文系単位が足りなくて…」
履修規定にとどいていないと苦笑いを浮かべると、女子学生の一人が渋い顔になる。
「アレ、めっさムズイよ!?ムズかったよねえ、ななっち!」
「うん、3割は再試験食らってたよ。…だから単位目当てだけならやめといた方が…」
「ソレ申請出す前に言ってくれよ!俺理学部なんだからそんなの知らないし!」
「アハハ、じゃあ履修申請出す前に合コンしとけばよかったね!」
「うう…まったくだー……」
「あ、そろそろ授業始まるよ、ななっちは…」
「あ、…ゴメン、私パス。」
そろそろ行こうと先を促す友人に七絵は気まずそうに苦笑して手を合わせる仕草をする。友人の女子学生は不満そうに唇を尖らせながら口を開いた。
「ぶー!なんでー!?」
「ちょっと、急用があって…悪いけど、代返おねがい!」
「別にそれくらい良いけど…」
「じゃあ、よろしく!!」
そう言って頭を下げると、七絵は随分慌てた様子で並木道を正門に向かって走って行った。
「あっななっち!?…んもー、またあ?」
「またあ?何で?」
「最近多いの、急用入っちゃうのは……こないだのさ、合コンでも途中であの子抜けたでしょ?」
「あ、そういやね。…忙しい子なんだ?」
「ななっち、ああ見えてかなり苦労してるからねー…。」
「へえ、そーなのかあ。」
「うんうん…あ、授業始まっちゃうよ!?」
時計を確認した女子学生が慌てて言うと、男子学生の方も背負った鞄の紐を慌てて肩に掛け直した。
「うわマジだ!んじゃ石田さんも頑張ってな!」
「佐藤くんもねー!」
お互い別方向に向かって走り出し、男子学生は講義が行われる校舎に駆け込む、ことはなく、人気のない校舎のエントランスに駆け込み足を止めた。ゆっくりと顔を上げた時には全力疾走をしてきたにも関わらず呼吸の乱れは欠片もない。それどころか汗一つかいていなかった。
「……見る限りー、普通のー…大学生だねー……」
先程とは全く違うトーンの間延びした声で、しみじみと呟く。
「まー……、妙に監視の目がー多いことをー除けば、ね…」
少しだけ厳しい表情のまま、男子学生は…秀平は微かに頷いた。
*****
どうしようもない情けなさがこみ上げ、目頭が熱くなった。
「…っ失礼、しました…っ」
「っ祭!?」
―ダッ
それを知られたくなくて、呼ぶ声も聞かず弾かれたように走り出した。
―パタパタ……ッ…パタ…
「うぐ……」
悔しくて、情けなくて、…怖くて。
「…っくな、バカやろう泣くなっ……泣くなあ…っっ」
痕が残りそうなほど、握り拳を額に強く押し付けて、奥歯をきつく噛みしめて、耐えた。
―……パタン…
「……はぁ。」
ドアが閉まった途端その人の口からこぼれた溜息に、状況を黙って見守っていた周囲は恐る恐る顔を上げると、口を開いた。
「わ…綿森さん……伊奈葉くんは、」
「ああ、……今、あっちに行ったよ。…まったく、」
呆れたような、怒ったような、困ったような、悔しそうな声で答えた綿森に周囲は驚きの声を上げる。
「ええ!?あの状態で、ですか!?」
「昨夜の今日ですよ!?祭くんずっと…」
「何で止めなかったんですか!?」
「…っ僕が止めなかったと思うのか!!」
「「っ!!」」
一際鋭く厳しい怒鳴り声に、周囲は同時に息を呑み鎮まり返る。綿森は大きく深呼吸すると、苦々しい口調で言った。
「…止めたに決まってる、でも、譲らない意思を曲げさせてまで止めることができるか。」
「……それは、」
「でも……結果を見れば、それでも止めるべきだったな…まだ早いと。」
自嘲の笑みを浮かべ、綿森は肩を竦めた。
「…そんなことは、」
「まだ経験が浅い、自分の能力を測りきれるようにはなっていない。その場合、周りが、…僕が判断をしなければならなかった。止めるのも、必要なことなのに。」
「それは、私たちも同じです。もっとゆっくり、見守って育てていかなきゃいけなかったのに…」
「期待かけすぎて、逆に急がせちまったかもなあ…」
めざましい成長を遂げる後輩の姿が好ましくない先輩など普通はいない。課題やハードルを与えられれば、時には力を借りつつも自分の力でどんどん乗り越えて行く。それに乗じて、与えるハードルの高さを見誤ってしまったのかもしれない。
その責任は、ここにいる全員にある、と皆が自責の念を抱いていた。
そして、誰よりもそれが深い綿森は、静かな声で呟いた。
「……祭のことは僕が何とかするさ。」
「綿森さん、」
「皆は仕事に専念してくれ。」
「…わかりましたっお任せください!」
「綿森さん、祭くんのコト泣かせたら……おとーさんは許さんぞ!」
「おかーさんも!」
「おにーちゃんも!」
「ハイハイハイハイ!…ったく……当たり前だろ、僕を誰だと思ってる。」
いつもの悪ノリを始める仲間達に向かってニヤリと黒い笑みを向けながら告げると、綿森は部屋を後にした。
―バタン…
「相変わらず…俺様な…。」
「アレが出たら、もう大丈夫やねえ。」
口々に色々言いつつも、その雰囲気は先程までと違い明るい。何よりも、ここにいる全員が綿森と、祭を信頼していた。
「さてと、帰ってきたらめいっぱい甘やかしてやるかあ!」
「落ち込む暇もないくらい、ね。」
「いいなそれ!」
「よし、準備しようぜ!」
「おい誰かバケツ持ってこい!」
「何で?!」
一気にサプライズ計画へと室内の空気はシフトし、やがて喧々囂々と議論が交わされるようになるのにさほど時間はかからなかった。
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作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing