Search Me! ~Early days~
お互い全く時計を見ずに話し込んでいたために、結構時間が不味いことになっていた。
「わ、と…っじゃ日野宮さん!またね!!」
「あ、またね伊奈葉くん!!今度、猫見に行くね!」
「おっけ!歓迎する!じゃね!!」
走り出しながら手を振り、別れを告げた後、伊奈葉は走るスピードを更に速めた。祭を見送った七絵も、見苦しくない程度の早足で反対方向へと向かって歩いて行った。
「………。」
―…ブロロロロロロー………
まるでそれを見届けたように、停車していた白いセダンがゆっくりと走りだして行った。
*****
「…断る。」
冷たく切り捨てる声が重苦しく迫っていた沈黙を破った。背後に黒服の男を従えたワインレッドカラーのスーツ姿の女は、深いスリットから覗くしなやかな足をゆっくりと組み直しながら聞き返す。
「あら…この報酬では、物足りないとおっしゃるの?でしたら」
「いくら積もうが同じだ、引き受けるつもりはねえ。」
心底煩わしそうに言った時生に妙齢の美女は紅い唇を歪めた。京介はその様子をドアの前に立ち、無言で観察している。
「……貴方達の能力の高さを買って、この金額を提示しましたのよ?それを跳ね付けることの意味がおわかりになって?」
「俺達は“仕事”を選ぶんだ。…報酬を選んでるんじゃない。」
「ごく簡単な仕事ですのよ?いつまでたっても大局を読むことができない、盲目の」
「そういうコトは、……俺達の選ぶ仕事のウチに入らねえんだ、悪いが。」
揺らぐことのない拒絶の言葉に女は一瞬表情を歪めるが、次の瞬間にはあの張り付いたような笑顔を浮かべ、芝居がかった仕草で肩をそびやかせた。
「…わかりましたわ、それでは、もういいです。頼みません。」
そしておもむろに立ち上がると、後ろに控えていた黒服の男を従えドアに向かう。京介は一歩下がり、道を開けた。女は、ふと京介の方へ視線を向けると酷く勿体ぶった様子で口を開く。
「…残念ですわ、貴方のような素敵な男性とは、是非ご一緒したかったのに…、お仕事だけではなく…。」
「……」
舐めるような、媚びるような視線を向けてくる女を無表情のまま冷たく見下ろす。女は気分を害した様子もなく振り返ると、時生に向かって言った。
「…貴方達のことは、上に報告させていただくわ。其方の方は、私のような平和主義者ばかりじゃなくてよ?それでも」
「京介、お客様がお帰りだ、開けて差し上げてくれ。」
「ああ、」
―ガチャッ
予想通りの時生の言葉に従い、ドアを開けて無言の退出を促す。そこで初めて女の表情が苦々しいものになった。
「…っそれが答え、というワケ?」
「そう受け取ってもらってかまわない。」
「……いいわ、ならば、こちらも相応の対応をさせていただく。」
「どーぞ、ご自由に。」
「………っ…失礼するわ。」
鋭い動きで妖艶な身体を翻すと、女はハイヒールの高い音をさせながら事務所を後にし、階段を降りて行った。
―バタン…
それを最後まで見届けることなく京介はドアを閉めた。時生はだらしなくソファに沈むと、深く溜息を吐いていた。
「ふぃー……面倒なのが来ちまったなあ…」
「ああ…」
「コレだから嫌なんだよ、あーゆー手合いは……金でなんもかんも全て動かせると思っ……どした?」
「…帰ってきた。」
「何が?」
時生の問いには答えず、京介は自分の感覚に従いタイミングを読んで今閉めたばかりのドアに手をかけた。
―ガチャッ
「ってわっ!?ドアが勝手に開い」
「っ祭!?いつ帰って…」
突然開いたドアに驚く祭は京介が予想した通りの相手だった。祭は、色々な意味で驚いた声を上げた時生の問いに答える前に、
「あ!もう、筧さんが犯人っすか!」
「…犯人?」
ドアの方へ振り向き、少々しかめっ面をして京介に声をかけた。犯人と言えば犯人かもしれないが。
「勝手に自動ドアにした容疑っす!逮捕しちゃいますよ!」
「…容疑より現行犯だろ。」
「あ、そういやそっすね。」
「…おーい、無視すんなぁー…」
ソファに沈んだまま微妙な表情で時生が自己主張すると、祭は慌てて振り返った。
「あ、す、すんません楢川さん!ただいま帰りました!」
「おう、お帰り!」
「筧さんっ、ただいまっす!」
「…お帰り。」
“にゃーみゃー”
“にゅー…”
その時、部屋の隅にいた2匹の子猫がやってきて祭と京介の足元にまとわりつくようにしてじゃれ付いてくる。
「くう…かわいい…っ白1号と黒4号も、ただいま!」
“なうー…”
“にゃんっ”
「…った、たまんねえ…鼻血がっ」
「出すなよ。」
「……」
ポツリ、と釘を刺すと祭は少し赤くなって慌てて視線を泳がせた。大方以前の失敗でも思い出したのだろう。
そんな様子を眺めていた時生は何気ない様子で口を挟んだ。
「しっかしよー…そいつらホント懐いちまったなあ…」
「1号と4号すか?」
「そんなんでさ、里親出しちまっても大丈夫なんかね。」
「……、ええと…」
時生の言葉に祭は気まずそうに視線を落とす。その視線の先では2匹の子猫が無邪気な様子で祭と京介の足元に交互に身体を擦りつけてくる。その様子を祭は無言で見つめていた。その空気に気付いた時生が慌てて口を開く。
「ま、まま、まあよ!いざってなったら、お前んとこの子にしてもいいんじゃねえ!?それも里親には変わりな…」
「…俺のとこ、動物は絶対だめってなってんス…」
「あ…そ、そう、なのか……」
重苦しい空気がジワリと広がる。祭は一度腰を降ろし、2匹の子猫を抱きあげた。
「…大丈夫っス!」
「まつ…」
「こいつら、良い子だから。…どこの、どんな里親んとこ行っても可愛がってもらえるって思ってます。」
聞きなれない静かな口調で自分自身に言い聞かせるように呟く祭の表情は、今にも何かが壊れてしまいそうな、酷く寂しそうな微笑だった。時生の位置からでは見えないだろうが、正面の京介からはそれがハッキリとわかった。
「……」
が、京介にはどうすればいいかわからないままで見ていることしかできない。
と、
―ぴょんっ
「わっ!?」
「っ!」
―…ぽすんっ
急に跳んできた白い塊を反射的に受け止める。
“にゃーん…”
柔らかい温もりを持つ小さな白い毛玉、いや子猫は、いそいそと京介の腕の中に潜り込むと、嬉しそうに一声鳴いた。
「び、びっくりした!白1号っ何してんの!」
“にゃー”
「いや、にゃーじゃなくて!筧さんがナイキャッチしてくんなかったら、どうなってたかわかっ」
“にゃ?”
「っだあもうっ………っ……うう…っしょーがないなーかわいいなあもう…っ」
厳しく叱るように眉を吊り上げていたが、やがて、ふにゃり、と目尻が下がり、困ったような、それでも嬉しそうな笑顔に変わった。
「……。」
それを見た途端、京介が先程から感じていた、あの喉の奥がつっかえたような感覚は突如として消えてしまった。何故だろう。
“にゃうーにゃううっ”
「もーっお前はー!」
―ぐにぐに ぐにぐに
祭は手を伸ばすと京介が抱いたままの白い子猫を少し強めに撫で始めた。細くやわらかい白い尻尾がパシパシと京介の腕を緩く叩く。
「…」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing