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Search Me! ~Early days~

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それは調べるべきところと、調べてはならない、知ってほしくない所がある、とハッキリ告げているに等しい。その不可解な注文に流石の京介も表情に不審感を微かに浮かべた。暫く黙っていた時生が何時になく硬い声で尋ねた。

「その、TPOというのは?」
「…対象者は大学生です。その人が大学にいる間の行動の調査をお願いしたい。」
「え?………他には?」
「いえ、大学に登校している間だけです。」

それはあまりにも短い。それで分かることと言ってもそれほどないのではなかろうか。

「それで、その……いいんですか、そこだけで。」
「その代わり、といっては何ですが、できるだけ目を離さないでいただきたい、特に1人になるときは。」
「…四六時中、張り付けということですか。」
「その通りです。」

ある程度の素行を調査したければ定点観察で十分だ。だが常に張り付くとなると、その難度は飛躍的に上がる。何しろ対象者に察知される危険性が等比数列的に上昇するのだから、いかに技術があろうともって数時間が限度。

「ふう、なるほど…納得したぜ、…しました。だから大学にいる間、ですか。」
「はい、依頼料は出来るだけお支払いするそうですので。…こちらは前金です。」

そう言って安曇がアタッシュケースから取り出したのは無記名の小切手。そこに記された金額は、素行調査の前金としてはなかなかお目にかかれるものではなかった。

「……1つ、いいですか。」
「何でしょう。」
「何故、この事務所に依頼を?」

若干の既視感を覚える状況に不審感を抱きながら、京介は尋ねる。安曇は一瞬瞑目した後、静かな声で答えた。

「…人づてに、“難しい”依頼を遂行する実力に関しては一定以上の評価がされていると。」
「……ふうん?堅気っぽい顔してて、意外に顔が広いな、安曇サン?」

ニヤリ、と言うが相応しい、非常に人の悪い笑みを浮かべ時生は腕を組み直す。

「…恐れ入ります。」
「ふ……、……いいでしょう、この依頼、受けますよ。」
「本当ですか?」
「ああ、……京介、契約書!」
「……調査対象の詳細は。」
「…、おっといっけねえ!!」
「…。」

肝心な部分を聞く前に契約を結ぼうとしていた時生に肩を竦める。自分が指摘しなければどうするつもりだったのか。安曇も、どこかホッとした表情で言った。

「…此方も、お伝えするタイミングを逸して申し訳ありません。…これが、調査をしていただきたい人です。」
「どれどれー?…お、カワイイ娘じゃん!」
「…、…!」

時生に手渡された写真を覗き込んだ京介は、思わず目を見開いた。

「…日野宮、七絵。私立青條大学に通う3年生です。」
「七絵ちゃん、な、了解。…ん、どうした京介?」
「……いや。」

一瞬声を上げそうになるが、今の状況をわきまえ、何でもないと首を振る。その様子に安曇は一瞬目を止めたが、すぐ何事もなかったように視線を戻した。

「…では、契約を。」
「ああ、ハイ。んで、定期報告についてですがー…」

契約内容の詳細について話し合う2人から視線を外し、京介は虚空を見上げる。面倒と言うか、ややこしいというか、偶然にしては出来すぎることばかり起こる。
あの、電話がかかってきた日から。
…祭が、ここにやってきた日から。

「…じゃ、コレで契約は完了です。」
「では、よろしくお願いします。」
「全力を尽くします。」

とりとめなく考えているうちに依頼は正式に受諾された。深々と頭を下げ、顔を上げた安曇と目が合う。

「……何か。」
「いえ……、どこかでお会いしたことはありませんか?」
「………いや、無い筈です。」

受け持つ仕事の特性上、少しでも関わった人の顔や名前を忘れるということはない。だが、安曇という名前にも、その容姿や雰囲気にも覚えはなかった。

「…そうですか、申し訳ない。勘違いだったようです。」
「…いや。」

構わない、と首を振る。安曇はソファから立ち上がり軽く会釈すると、ドアに向かい

「では、失礼し」

―…ガチャッ

「っぅうわ!?」
「っ!!?」
「!?」

―ドンどさっ

…悲鳴と、鈍くぶつかる音が2つ。

「……っつ……」
「い、いたたたたた……」
「…っん、な…ななっな…!?」
「…………」
「おーい祭くーん、待っ……っ!!?」

契約書を持ったまま声にならない呻き声を上げる時生。
ドアの向こうから顔をのぞかせたまま固まる秀平。

床に尻餅をついた安曇と
その上に倒れこんだ祭。

静止した京介。


誰かの叫び声が上がるのは時間の問題だった。
…まあ、予想通りの人間だった。




*****





「だだだっだっ!大丈夫ですか!?ほ、ホントにすみませ」
「大丈夫ですよ、そちらこそお怪我は?」
「いや俺のコトはいいんですよおっ!!」

真っ青になって殆ど泣き出しそうになりながら、あわあわと首を振ったり謝ったりと忙しない祭とは対照的に、物理的被害が甚大だった筈の安曇は何事も無かったような微笑を浮かべ祭の方を気遣う。世の中がこういった真摯な謝罪と寛大な対応でカタがついてしまうなら紛争調停など必要ないのだが。

「っ、あ、あー…すみません安曇さん、コイツそそっかしくて…」
「いえ、ご無事で何よりです。」
「ほ、ホントに、ほんとごめんなさい!ええとっ」
「安曇です。安曇治彦と申します、はじめまして。」
「ごめんなさい安曇さん!俺、バイトの伊奈葉祭です!お詫びは何でもしますんで!」
「いや、依頼を受けてもらったのはこちらですから、構いませんよ。」

依頼内容を話し合っていた時の思考の鋭利さとは違い、落ち着きのある穏やかな表情で困ったように笑う。が、祭は逆に恐縮しているようだった。

「で、でも!」
「祭くーん、あんまり謝ってるとー逆にー安曇さんに失れ…」
「…では、こうしましょう。もし、今度会う機会がありましたら、お茶でも飲みましょう。」
「え!?そんなんでいいんすか!!」
「はい、勿論です。」
「わかりましたっ!絶対御馳走します!!」
「「!!?」」
「………。」

そして、この場を収めるための口約束を祭と交わした安曇は今度こそ事務所を後にした。実際この場が収まったかどうかはわからないが、その後の事務所には微妙な空気が流れていた。その中で、祭が一際重苦しい溜息を吐く。

「うぐ…っ俺、またやっちゃったっす……しかも今度はお客さんに…!!」
「…だーかーらー、おにーちゃんはー、前を見ろーって言ったのにー…」
「う……」
「…おにーちゃん、は置いといて、……えれー早かったな、2人とも。」
「急いで、一本早い電車に乗ったんす…」

しょんぼりと肩を落としながら言う様子は、かなりの重症だと思った。因みに子猫グッズは秀平が持っていたため無傷である。

「そっかぁ。…それがよぉ、こんな裏目に出るたぁ…」
「まったくだねー…」
「ご、ごめんなさいい……」
「別に祭にゃ怒ってねえって。」
「うぐ…」
「……ところでー、依頼ってー何ー?」

話と空気を変えようと秀平が切り出す。その言葉に時生も何とかいつもの調子を取り戻し、話をしようと口を開いた。

「あ、ああ、素行調査なんだけ…」
「伊奈葉。」
「?はい。」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing