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Search Me! ~Early days~

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「ああ、これくらいのものだろう。」
「…信じらんねー………」

目を大きく見開いたまま溜息をつく祭は感心というか、呆れているようでもある。特に気にすることも無く、京介は床に置かれたままの紙袋3つをもう片方で持つと踵を返す。

「…戻るぞ。」
「は…、て、え!?なんで全部持ってっちゃうんすか!?」
「持てるから。」
「じゃー俺の意味ねーっす!!」
「…」

流石に元から無いと言うことを避ける程度の配慮は京介にもあったが、さてどう言うべきか。

―ぐいっ

「っ!?」

と、突然腕が引っ張られ、

「…っへっへーん、いただきっす!ってうお重!?」
「……伊奈葉、」

片方の腕が軽くなったと思うと、紙袋は祭の手に渡っていた。勝ち誇った笑みを浮かべる祭を半ば茫然と見つめる。

「ちょ、マジ紙袋だけでも重いじゃないですか!ムチャクチャっす!」
「……」
「…でも、コレ、ほんと、おもー………?…筧さん?」

キョトンとした様子で声をかけられ、我に返る。

「…、ああ。」
「ボーっとして、どしたんですか?」
「いや…別に。」

軽く首を振ると再び歩き出し、フロアの外にあるエレベーターホールへと向かう。後ろから追いかけてくる軽い足音を聞きながら、何とか収まりつつある動揺に溜息を零す。

…背後からの気配を全く感じ取れなかった、この自分が。これが普段の仕事の時なら、間違いなく致命傷を負っていた、はず。

「………。」

彼が、卓越した気配を消す技術でも持っていたのだろうか?

それとも。





*****



―ザワザワ…ザワザワ……

再び喧騒の街中に戻ると、先程よりも更に人通りが増加しているように感じた。

「うへえ…ふえてるー…」
「…そうだな。」

同じことを祭も感じたようで、嫌そうに顔をしかめる、人通りの多さに加え、この荷物。これからの移動の煩わしさも同時に想像したのだろう。が、進まないわけにはいかない。

「…行くぞ。」
「な、はい!」

道に出るとさっさと駅へ向かって歩き出す。感覚を研ぎ澄ませ周囲の人の動線の流れを予測し、その間隙を縫って滞ることなく歩みを進める。いつもと同じ。

「わっぷ!?す、すんませ…ってえ!?ごめんなさい!…でっ!?…か、筧さ…待っ」
「……」

本当に、先程は何だったのか。
魔が差したとでも言うのか。

「いでえ!…っく…もう…っわ…わっ!?」

後ろではすれ違う人ごとにでもぶつかっているのか、憔悴していく祭の声が聞こえる。だが、京介も今は止まることも振り返ることもできない。せめてこの人波の塊を抜けてしまわなければ。

―トン…

駅まであと300メートルほどの所で人ごみが多少途切れ、京介は漸く歩調をゆるめると道の傍に寄って立ち止まる。振り返ると、50メートル程離れた所にふらふらと歩いてくる祭の姿を見つけた。ぐったりとしているが、筧と目が合うと少しだけ照れたように笑って歩調を速めた、
瞬間、

―ッドンッ

「うわっち!?」
「きゃあっ!?」

―ドサバサバサッ

驚く声と、悲鳴、袋の中身が一気にぶちまけられる乾いた音が周囲に響く。一瞬何が起こったのか驚いた通行人達が一斉に動きを止める、が、すぐに何事もなかったような、若干迷惑そうな顔で横を通り過ぎていく。

「い…っててて…」
「うう…いたたたた…」

通行人が避け、ぽっかり出来たスペースに2人の人間が蹲っている。京介が足早に向かうと、2人は互いにぺこぺこと謝り合っていた。

「だっ大丈夫っすか!?すみません!」
「い、いえ!私こそ、ごめんなさい!ホント申し訳な…」
「いいいいや!俺の方が!」
「わ、私が!」

祭と、もう一人は若い女性である。年齢は祭の申告年齢と同じくらいだろう。止まることなく謝罪の応酬を続ける二人に、京介も流石に呆れて口を開いた。

「…謝罪はいいが、そろそろ通行妨害になるぞ。」

そろそろ、ではなく、既にが正しい。

「うえ!?あ、ハイ!ヤベ!?」

先に反応して我に返った祭は、周辺に散らかったファイルを慌ててかき集める。色とりどりのファイルが乱雑にまとめられ紙袋の中へと戻っていくが

「あ、あの!?」
「だ、大丈夫っす!これくらいすぐですから!」
「ち…ちが…っ」
「女性にこんなコトさせられないっすから!」
「そ、そそ、そうじゃな…っ」

ものの数十秒でファイルを紙袋に戻すと祭は立ち上がり、未だ座り込んだままの女性に手を差し伸べる。

「さ、どーぞ!」
「っあ…ありがとう、ございます。」

立ち上がって、キュロットスカートの埃を払う女性は祭とよく似た身長だが少し低い。それでも女性にしては標準より少し高い方だろう。2人が往来の真中から離れ、人の流れは漸く正常なものに戻った。

「ああーその、スミマセン、ホント、大丈夫っすか?」

紙袋を持ったまま、深々と祭は頭を下げた。女性は逆に恐縮しきって首を横に振る。

「いい、いえ!私の方こそ、前をよく見てなくて、…ごめんなさい。」
「いや!そんな!あの、怪我とかしてないっすか?」
「はい、その…怪我はないんですが…」

言いにくそうに視線を彷徨わせる様子に、祭の顔から血の気が一気に引いた。

「!?なななっ何スか!?俺なんかやっちゃ…」
「いえ、そんな!ただ…」
「…ただ?」

「…こっちのファイルも、そっちに混ざって入っちゃって…」

そう言って、先程よりも倍近く膨らんだ紙袋を指差した。女性の足元には、無残に破れてしまった、別の文具店のロゴが入った紙袋が落ちている。

「え……っええ!?どどど、どれですか!?」
「そ、その…ど、どれでしょう?」

完全に混じり合ってしまって見分けることは不可能になっていた。しかも、不幸なことに同じメーカーの同じタイプのファイルだったらしく更に見分けがつかない。ふと、祭が京介の方を振り返る。

「あの、筧さん!注文控えありますよね!?それで確認すれば」
「…ここで仕分けするつもりか?」
「え!?…う……」

すぐ考えれば思い当たりそうなものだが、それもできないほど慌てているらしい。10や20程度ならまだしも、この量を捌ききるのはここでは不可能だ。そのやり取りを聞いていた女性が、ふと声を上げる。

「あ、あの…」
「はい!?」
「…私の働いてる事務所がすぐそこなので、そこで一緒に確認してくれませんか?」



*****



女性に案内されたのは、幹線道路に面した重厚感のあるビルだった。立地だけを見ても、生半可な企業では借りることもできないだろう。

「へーなんかレトロっぽいカンジっすねー。」
「はい、素敵でしょ?エレベーターがちょっと遅いんですけどね。…でも、本当に大丈夫ですか?全部持ってもらって悪」
「へーきです!男は女性の荷物持って当然っすから!」
「…。」

そう笑顔で答えてはいるが、京介からはその笑顔が引き攣っているのがわかった。元々の此方の荷物だけでも相当重そうにして持っていたのだから当然だろう。助けを求める様子も微塵も無いので、そのまま任せておいた。京介は京介であの段ボールを抱えたままなのだが、祭の倍は重量のあるそれを顔色一つ変えずに抱えている。
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing