Search Me! ~Early days~
「そうですか?ありがとうございます。…はい、エレベーター来ましたよ。」
おっとりとした笑顔を浮かべ、磨かれた真鍮色の扉を開ける。その向こうには金属の格子扉と木製の扉が二重になっていて、それが開いた所で3人は乗り込んだ。
―……チン…
年季の入ったベルの音とともにエレベーターがゆっくりと止まる。半月状の歯車から伸びる針は“2”を指していた。エレベーターから降りると、少し右手に入った所に重厚な木製の扉が一つ。
「どうぞ、ここです。」
女性はドアを押し開けると気軽な様子でそう言った。だが祭は少し戸惑うように足を止めると、困ったような表情で一瞬京介の方を見、再び女性の方へ向き直ると尋ねた。
「ええと、いいんすか?」
「はい?何が?」
「余所者が入っちゃって…」
「ああ!大丈夫ですよ!それに今、皆さん出てますから。」
「え!?でも鍵は…」
開いていたから、てっきり人がいると思ったらしい、京介もそうだ。彼女は2人の懸念に気付くと、ポケットの中からシルバーのタグを取り出した。
「これ、近づけると鍵が開くんです。だから私がドアに触る前までは、ちゃんとかかってましたよ。」
「インテリジェントキー?」
「そういうことです、…さ、どうぞ。」
そう言うと再び室内へと招かれるが、今度は祭にも躊躇はない。
―……バタン…ガチャン
重厚な木製のドアが閉まる。
打ち付けられた真鍮製のプレートには、“M,I, Detective Office.”と刻まれていた。
「あ、申し遅れました、私、日野宮 七絵(ひのみや ななえ)です。」
「お、俺、伊奈葉 祭!よろしく、日野宮さん!」
「はい!…あの、」
「…筧 京介。」
「筧さーん、もーちょい愛想とか…」
「別に…」
自己紹介を済ませると、さっそく紙袋の中の仕分けに取り掛かる。幸いなことに、破れたり汚れが目立つような状態になったりしたものはなかったが、本当に感心するほど混ざっていた。
「日野宮さん日野宮さん、ココって法律事務所かなんかっすか?」
「え?どうしてですか?」
「何か、本棚すげーの一杯並んでるし、法律書とか…、…あと儲かってそうだし…」
「あ、別に法律事務所じゃないですよ?所長の趣味で…」
硝子戸のついた黒檀色の本棚には、祭の言った通りの皮張り装丁の厚い書籍、所謂六法がズラリと並んでいた。その光景を何とも言えない感覚で眺めていた。
「趣味って…、じゃあここは何してる事務所なんすか?」
「ふふー、知りたいですか?…実はここは」
「こ、ここは?」
「探偵事務所なんです!」
……………。
「…………っっえ!?マジっすか!?」
「はい!」
素っ頓狂な声を上げる祭とは対照的に七絵は胸を張って答える。京介は珍しいこともあると思いつつ2人の話を片手間に聞いていた。
「じ、じゃあ日野宮さんは探偵なんスか?」
「いえ、私はー…その、アルバイトで、事務をやってるだけで……入ったばっかりで…」
「へ、へえ………んな偶然あるんだ…」
「……そうだな。」
ポツリと呟きながら視線を向けてきた祭に対し軽く頷く。探せば周辺に幾らでも探偵事務所はあるだろう、その中でよく似た状況の者がいるのはあり得る話だ、原因はともかく。だが、その2人が出会う確立まで求めるなら、それは低くなるかもしれない。
「…?どうかしましたか?」
「い、イエ……、…あ!できましたよ、ホラ!」
丁度そのときファイルの区別が全て終わった。積まれた山の数は予想通り此方の方が多い。
「あ、ありがとうございます!あー、よかったー。これで副所長に怒られないで済みます。」
「怖いんですか?」
「……怒ると、怖いです…怒らなくても怖いんです…」
「へえ、そうなんすか…、…。」
「…?」
何か思い出すような表情で一瞬京介を見上げたが、それに気がついた京介と目が合うと慌てて視線を外す。何なんだ一体。
「でも、本当にありがとうございます!何かお礼を…」
「いやぁそんな!悪いですよー。」
まんざらでもなさそうな様子で言う祭は、恐らくまだ時計を確認していないだろう。そう思って声をかけようとした時、
―ピルルルルルルッピルルルルルルルッ
無機質だがどこか人を急かすコール音が響く。京介は徐に携帯を取り出し、通話ボタンを押した。
「…、もしもし」
『………きょうすけぇえええええ………』
おどろおどろしい低い声は、暫く前に依頼人の緊急事態にみまわれた時生である。
「何だ。」
『一体ぜんたい何処ほっつき歩いてんだぁ!?祭と合流したのかどうかも連絡寄越さねえし、そこんとこどうなっ』
「ここにいる。」
『じゃあ代われ!今すぐ代われ!』
「…わかった。……伊奈葉、」
困惑した表情でいた祭を呼ぶと、少し不安そうな様子でトコトコとやってきた。
「な、何かあったんですか?」
「別に何も。……時生だ。」
「え、楢川さん?…ハイもしもし伊奈ば…っひえ!?」
途端、何を言っているか分からないが怒鳴り声らしきものが聞こえた。
「…っえ、あ!?す、スミマセ……あ、充電切れてたみた……っう、ごめんです……あ、ちょっとアクシデントで…ハイ?どう言う意味っすか?……はぁー…?」
「……。」
どうやら時生は先に祭に連絡をしたがいくらかけても出ないので心配になり、京介に連絡を入れてきた、といった所だろうか。
「あのー…」
「…はい?」
「もしかして、私、悪いことしましたか?」
一連の様子を見ていた七絵が不安そうに声をかけてくるが、京介は軽く首を振ってその懸念を否定した。
「いや…そんなことはありません。こちらの不注意が招いたことです。」
「そう、ですか?」
「……。」
「…っう、わ、わかりました!じゃ、すぐ戻りまっす!」
―ピッ
丁度電話が終わり、祭が戻ってくる。差し出された携帯を受け取りながら尋ねた。
「戻ってこい、か?」
「ハイ!」
「そうか。」
荷物を持ったまま頷いて踵を返すとその途中で七絵に軽く会釈をする。祭は勢いよく深いお辞儀をするが、挨拶の途中、何か思いついたように顔を上げた。
「…っあ、日野宮さん!」
「はい?」
「猫って好きですか?」
「猫?」
「はい、子猫とか。」
「…っ好きです!!」
「マジっすか!よかった!!」
「…何がですか?」
祭の真意を測りかね首を傾げる七絵とは対照的に、祭は笑みを深めて少し悪戯っぽく言う。
「内緒っす!今度見せてあげます!!」
「え?」
「…伊奈葉、」
「ああハイ!じゃあ日野宮さん、失礼しまっす!」
―…バタンッ
1人首を傾げる七絵を残し、2人は事務所を後にした。あの年代物の雰囲気を醸すエレベーターから降り、相変わらず人通りの多い駅前通りに向かうべく、ビルのエントランスに差し掛かった時、
「……、」
「んや、筧さん、どしたんですか?」
ふと、京介は足を止める。それにつられ祭も慌てて足を止め、何事かと京介を見上げた。普段は淡々とした京介の表情が、微かに硬さと厳しさを増していく。
「かけ…」
「ここにいろ。」
「はいー?…っえあちょ!?」
―タッ…
祭を残しエントランスから素早く飛び出すと、京介は周辺の気配を探るべく感覚を研ぎ澄ませた。
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing