Search Me! ~Early days~
それも駅舎の表と裏というレベルではなく、対角。ここから最も遠い場所。あとどれくらいで京介が来るのかわからないが、迎えに来ると言うぐらいだからあまり時間はかからない、すぐに来るかも、遅れて待たせでもしたら。
「…や…っやべええええええええ!!!!?」
ザアッと血の気が引く音を合図に、祭は全力疾走で駅舎を駆け抜けた。
*****
―ザワザワ…ザワザワ……
同じ幹線道路周辺にありながら少しでも場所が異なれば街も人も雰囲気は大きく変わる。トライデント・リサーチがある街はもう少し人の歩調も緩やかであるが、ここは皆が早足に通り過ぎていく。
「…………。」
その人の流れに逆らいながら、しかし動きは水がゆっくり流れるように進んでいく京介の表情は淡々としている。その静かな表情と歩調の為か、どこか存在感は薄い。それでもすれ違う人の中には、特に女性は、京介の深淵を纏う鋭い容姿に惹かれ振り返る人もいた。勿論、京介の意識にその事実が入ることはない。
その足は迷うことなく最寄りの駅に向いていた。そこでは、突然降って湧いた緊急の案件のため消えざるを得なかった時生の尻拭い、もとい交代要員として来たという祭がいるはずだ。大方、秀平の差し金だろう。
―ザワザワ…ザワザワ…
駅へと近づくほど人ごみの規模は濃密さを増していく。京介が合流地点に指定したのは人通りが普段から少ない場所だ。だが、それでもかなりの人間でごった返している。その周辺に、殆ど揺れることのない視線を走らせ探すが
「……いない。」
あの騒々しい気配の持ち主は見当たらない。先程の電話では上手く聞き取れず、場所が分からないのか、それとも勘違いして別の場所にいるのか、ただ単に遅くなっているのか。理由が何であれ此方が待つことになっているのは変わらない。別に急ぐことでもない、と待機の姿勢に入ろうとした
「…っあああ筧さん!?もう来てたっ…てうわぁああっ!!?」
「…!」
時
―どべしっ
「………。」
「………。」
―…ザワザワ…ザワ…ザワザワ…
周囲のざわめきは二人を残して無情に無関心に何事も無く過ぎていく。
そして、時はゆっくりと動き出した。
「……。」
「…えぐ…」
―グイッ
「うぐお!?」
京介は祭の襟首を掴むとそのまま上に持ち上げた。カエルをひねりつぶしたような音、いや断末魔の悲鳴に近い声が絞り出されるがあまり関知しない。祭が自分の足で、よろめきつつも立ったことを確認するとすぐに手を離した。
「ぐえほ!?ゲホゲッホゴフゲフッ…えっ…ぐぅ…っ」
「……大丈夫か。」
「なんっ……!!!」
真っ赤になったうえ涙目で盛大に咳込んでいた祭は、潤んだ目のまま京介を思い切り睨みつけて怒鳴った。
「なん…ッゴフッことすんですか!?危うく窒息死するトコっすよ!目玉出かけましたよ!?」
「そうか…悪かった。」
「ゴメンで済むなら警察はいら…っ!?」
言いかけた途端、祭は慌てて自分の鼻を押さえた。怒りで歪み赤くなっていた表情が、慌てた情けないものにガラリと変わる。
「……どうした?」
「…っ……なぢ……」
「?」
「な…んか、血の匂い…して、鼻血…また……」
「………」
モゴモゴ呟きながら視線を落としてオロオロしていた。当初は情けなさ全開だった表情が、徐々に困ったものに、しだいに不安げなものに変わっていく。
「あ………あれえ…?」
「…。」
「出てねー……でも、確かに血の匂いして」
「気のせいだろう。」
呟く言葉に被せるように言い、軽く首を振った。その声は京介が自覚したよりも硬い物だったが、幸いにも祭が気付くことはない。
「ええ?でも、」
「どこか、擦り剥いたりしてないか。」
「え…と、あ!ホントだ!ちょっと手ぇ擦り剥いたっす。」
掌の付け根あたりの薄皮が擦り剥け、ジワリと血が滲んでいたが大したことはなさそうだ。
「はー…鼻血じゃなくてよかったあああ、鼻血ってクセになるってからてっきり…って、スンマセン筧さん!!」
「何が?」
「う、おおお待たせして、目の前でコケて恥かかせて、あと」
「別……、俺は構わない。転んだのはお前だから。」
「うぐ……そ、…そっす、ね…」
途端、しょんぼりと肩を落とし取り繕うようにひきつった笑みを浮かべる。迷惑をかけられたとは思っていない、むしろ痛い思いをしたのは祭なのだから他人よりも先に自分の心配をすればいい、という真意は微妙どころか全く伝わっていない。伝わっていないのだが、京介はそこでこの話を終わらせるように、先に立って歩き出す。
―コツ…
「っあ…」
「行くぞ。」
「………は、ハイ…」
「…?」
いつもと違う、妙に暗い声に内心首を傾げるが、その思考もすぐに消え、優先すべき別の思考が頭に入ってくる。先程の言葉、あれには正直胆を冷やした。
「…嗅覚まで利くのか…」
「へ?」
「別に。」
これからは気を付けなければならない。
*****
駅から数百メートルの距離を置いた場所にある真新しい大きなビルは全国展開の大手書店チェーンが所有するものだ。その7階は業務用文具やOA機器を取り扱ったフロアとなっている。流石に一般書籍を取り扱う他のフロアに比べると客は少ない。
「うわー…このスキャナ、かっけー…」
「……。」
一般家庭ではまず目にすることのない高性能の業務用機器に見とれる祭をそのままにして、京介は店頭で端末に向かう店員のもとへ向かう。分厚い眼鏡をかけた中年の男性店員は、客の気配に気づき顔を上げた。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか。」
「…店頭受取で注文していた商品を取りに来ました。」
「注文票はございますか?」
「これを。」
「……少々お待ち下さい。」
注文票を渡すと、店員は端末で取引情報と照会する。それはものの数秒で終わった。
「お待たせしました、トライデント・リサーチ様、コクオのL11−K5を30セット、トンドのB−30を1箱、アルマンのA4−RL500を1箱でごさいますね?」
「はい。」
「商品はこちらになります。お支払いは口座引落で既にいただいておりますので、此方にサインを。……ありがとうございます、では領収書を作成しますので、暫くお待ちください。」
再び端末に向かう店員から視線を外し、デスクの隣に置かれた物品を見る、大きな紙袋が3つと、中サイズの段ボール箱が1つ。何とか一人で持てない量でもない。改札を通過する際、若干梃子摺りそうではあるが。
「筧さん筧さん、どれが注文してた奴っすか?」
店員から領収書を受け取ると、タイミング良く祭が戻って来た。
「…ここ。」
「ここ?…って、コレ全部っすか!?」
「ああ。」
何の感慨も無く首を縦に振ると、祭の表情がオロオロしたものになる。
「ここここれって、2人でもキビしくないっすか?だってこっちの段ボールとか、1人じゃ」
「問題ない。」
「!!?うそ!?」
ひょい、と段ボールの箱を小脇に抱えると、祭は信じられないものでも見る様に京介と段ボール箱を交互に見比べた。
「別に、持てない重さでもない。」
「でででっも!ソレってプリント用紙っしょ!?ギッシリなんすよ!?」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing