Search Me! ~Early days~
「何処の馬の骨とも知れない女、ないし男に俺達のアイドルが…、…うおおおおっ!」
「だからぁ、早く手を打って下さいよ、私、綿森さんなら祭くんを嫁にやってもいいから。」
「え、勝手にやらないでよ!?」
「シュミレーション01―某月某日某所、大安吉日…“お母さん、今までありがとうっす。俺、お母さんの子どもで…っ幸せっした…っ”」
「“祭…っ幸せになるのよ!あの人、確かにサドで性格悪くてアレでソレだけど、顔だけはいいから…きっと祭のコト大事に”」
「“おとーさんはぁ許さんぞぉ!!”」
「“お父さん!?”」
「“待って、あなた、やめて!!”」
再び暴走を始める仲間たちに綿森は微妙な表情で溜息を吐く。
「何言ってるんだ…大体本人いないところで」
「いいじゃないですか、もうバレバレですよ。」
「あのな…」
「でも、本当に大丈夫なんですか?悪い虫云々は、」
「ん?ああ、大丈夫だよ、」
「そんなん何を根拠に…」
「あそこのスタッフ、全員既婚者だからな。」
*****
多くの路線が交差し合う巨大駅は夕方と日中の合間と言う最も微妙な時間帯であるにも関わらず人がごった返している。その中でダイヤを表示している電子パネルを見ていた祭だったが。
「うわ…っさっき行っちゃったんだあーうそぉ!?」
愕然、として叫ぶが、周囲が騒がしいので誰も注目しない。
「しかも、…次は準急、急行、快速って…っ止まんないじゃん!?各停はー!?」
事務所の最寄り駅は路線の中では比較的小さい駅で、各駅停車の普通列車しか停車しない。そして、意外と普通列車の本数は少ないので1本でも逃すと結構遅れる。
「やべえ…、もうメールしちゃったのに、うーあー…!髪直すのに時間取られたからあ!」
―ピルルルルルッ ピルルルルルルッ
「うぐ?」
その時、ポケットから携帯のコール音が響いた。慌ててディスプレイを見ると、そこには“羽野さん”の文字。
―ピッ
「も、もしもし!伊奈葉です!!」
『はぁい祭くん?秀平おにーさんだよー、今ど』
「すみませんすみません!まさか各停に乗り遅れたら次が準急と急行と」
『いや、あの…』
「ホントもうあと2分だったんすよ!なのに」
『ストーップ。』
「っ」
弁解を捲し立て止まる気配を見せない祭の言葉を、秀平の間延びした声が止める。怒鳴ったりするわけでもないのにこれだけの効果を発揮できるのは何気に凄い。
『別にねー、来るのがーちょっと遅いくらいじゃー怒らないよー。』
「え、あ、でも…」
『俺なんかー朝の10時に約束しててもーふつーに11時とかだよー夜の。』
「ってダメじゃん!?って、あ、あの…っ」
『だからー気にしなーい気にしなーい。…で、今どこにーいるのかなあー?』
「あ、駅っす。こっちの。」
『もうー、改札インしちゃったー?』
「いえーまだアウトっす、…あ、南口らへんです。」
つい伝染ってしまった口調を慌てて直す。秀平節は自分がやるといつも以上にだらしない感じに聞こえてしまっていて、って、別に普段だってだらしなくない。
『あーよかったー、丁度よかったー。』
「何がっすか?」
『ちょっとーお手伝いーお願いしたいんだーおつかいのー。』
「あ、ハイ!了解っす。で、何の?」
『ほらあー、事務所のー。依頼人のカルテー入れるファイルがあるでしょー。アレが切れちゃってー。』
「…そういえば。」
それぞれの依頼人の案件ごとに選別されたファイルは最重要管理すべき情報だ。まだ祭も、1人で閲覧することは許可されていない。
『それをー、お店に注文したんだけどー、送ってもらうと送料かかっちゃうんだー。』
「意外と高いっすよね、嵩張るし。」
『そうだよー、でもー店頭受取にするとー割引でー、経費節約のためにもー、京介と時生にー行ってもらってー、でも途中でー時生の依頼人に緊急事態ー。』
「楢川さんはそっちにいっちゃった、すか?」
『そー、京介1人だとー大変だろーからー、手伝いに行ってくれたらなーって。』
「わ、わかりました!じゃあ筧さんと連絡をとればいいんすね!」
『うんー、でもー京介はー携帯なかなかでなかったりするからーちょっと時間かかっちゃうかもー。』
「それくらいは大丈夫っす、ええと、そのお店っていうのは…」
『そっからー内回り3駅目ー、ウチとはー丁度反対だよー。』
《―ご利用、ありがとうございました。》
「…、ふう、ここかあ。」
秀平の指示通りに電車に乗り、降り立った街は所謂オフィス街の雰囲気が濃い。しかし駅の周辺や裏側には色とりどりの看板がかかる細長いビルがひしめいていて、昼間の今でも歓楽街とわかる。祭には縁のない街だ。
「おっと、筧さんに連絡せねば!」
あの後、丁度来た電車に飛び乗ったのでまだ連絡は入れていなかった。携帯を取り出し、アドレス帳のフォルダを開くが、ふと手が止まる。
「…でも、すぐ出てくれっかな、羽野さんもああ言ってたし…」
しかし躊躇は一瞬だった。
「…って言ってても仕方ないって!」
―ピッピッ……プルルルルルッ…プルルルルッ…
すぐにアドレスから番号を呼び出し、電話をかける。十数コールくらいは待とうという気持ちで、割と力を抜いて構えようとした時
―プル……プッ
『…もしもし、』
「ふえ!?」
急に耳元で聞こえた掠れがちな低い声に飛び上がる。その反応が伝わったらしく、ある意味機械じみた声がほんの少しだけ緩まる。
『……伊奈葉か。』
「あ、えああ!は、ハイ!伊奈葉です!えっと、あの」
『どうした、何か用か。』
あたふたとする祭とは対照的に京介の声は淡々として静かなものだった。それを聞いていると少しだけ落ち着けた。
「あの、あのーすね、羽野さんが、筧さんが1人で備品取りに行ってるって教えてくれて、」
『…ああ。』
「お、お手伝いをしたいなと」
『別…、……大丈夫だ、構わない。』
「でも、もう駅に着いちゃってんす。」
以前の祭なら、京介の断りの言葉で引き下がっていただろう。だが今は、秀平の言葉による後押しもあるが、それ以上に祭の中の意思が強くなっていた。
『……。』
「えっ…と、だからっすね…その、おおおお手伝いをー…」
いや、そうでもない、か。
『……北改札口、B−3。』
暫くの沈黙ののち、京介がポツリと言った。
「え?」
『そこにいろ、迎えに行く。』
―プツッ…ツー…ツー…ツー……
それだけ言うと通話が一方的に切れる。呆然とする祭は回りの悪い思考をどうにか動かし、言葉の意味を理解しようとする。理解しようと考えて唸って首を傾げて、理解した。
「…迎え?………俺を!?」
ちょっとどころではなく驚くが、驚き続ける暇は実はなかった。
「…って、ちょ!?ここ東口じゃん!ええと北改札って…」
慌てて案内板を見るが、現在地マークのすぐ近くに“北改札”という文字はない。やっと見つけたそこは
「………っ嘘!?逆!逆じゃん真逆だよ!どうすんの俺!?」
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing