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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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シャドービハインド

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第1章-夜のはじまり-月と咆哮


 深夜の学校に忍び込み、戒十は身を潜めながら屋上に向かった。
 屋上への扉を開けて瞬間、室内に吹き込む夜風。
 月明かりと星々が見下ろす4階建ての屋上で、戒十を待っていたのはひとりの少女だった。
 ミニスカートを風に揺らしながらフェンスから夜景を眺めている。
 戒十は少女の横から夜の街を見下ろし、独り言のように話しかけた。
「今夜は風が気持ちいいね」
 様子を伺って戒十が振り向くと、少女も合わせて振り向いた。
「アタシは夜のほうが好き。昼間は苦手」
「日の下もいいものだよ」
「カイトはまだまだ人間なのね」
 リサに言われて戒十は静かに笑った。
 重症を負ったシンは一命を取り留めたが、傷口の完治よりも精神的なショックで、まだ病院を退院していない。
 その数日間、戒十は毎晩この場所でリサと会っていた。
 フェンスから離れたリサは準備運動をはじめた。
「逃げないで来たのは褒めてあげる。けど、そろそろギブアップしたらー?」
 意地悪く言うリサを戒十は睨み付けた。
「せっかく手に入れた能力を使えないんじゃ意味がない」
「時間を掛ければ慣れてくるよ?」
「僕に力があればって睨みつけたのはリサだ」
「あのときはそんなつもりなかったしー」
 シンに重症を負わせ逃げた?成れの果て?。傷付いたシンを置いて行くことができず、?成れの果て?を負うことを断念した。あのとき、戒十に?成れの果て?を追える力があったならば――。
 数日間で聴力のボリュームを自由に操作できるようになった。だが、必要な音だけを絞って聴く能力は開発できていない。
 瞬発力に関しても、突然の変化に脳と身体が噛み合わず、思い通りに力が発揮できずにいた。
 ひと言で説明するならば――特訓。
 戒十はリサの指導の下に特訓をしていたのだ。
 その特訓は聴力のチャンネルを自在に操る方法と、格闘に関する特訓だった。
 リサは手を解しながら指を鳴らした。
「さーて、今日もはじめるぅ?」
「今日は絶対に捕まえてやる」
「肩の力を抜いて緊張ほぐさないと筋肉が固まるよ」
 無言で戒十はリサに飛び掛った。
 リサの身体は薄絹が風に揺れるように、静かに戒十の突進を躱[カワ]した。
「まだまだ遅〜い。そんなんじゃ、一生アタシに触れることすらできないよー」
「まだはじまったばかりだろ」
 リサが戒十に課した内容は、リサを捕まえること。ただそれだけだった。
 しかし、そのただそれだけができないのだ。
 捕まえることはおろか、触れることすら叶わない。
 戒十を挑発するように紙一重でわざとリサは躱わすのだ。
 リサの腕を掴もうとした戒十の手が宙を掴み、そのまま戒十はバランスを崩して前のめりになってしまった。
「――っ!」
 コンクリに両手を付こうとしていた一瞬、戒十の頬にリサはキスをした。
 動揺した戒十はコンクリに付いた手のバランスを崩し、肩から崩れるように倒れてしまった。
 それを見てリサは悪戯に笑う。
「にゃは。可愛いね、動揺しちゃって」
「うるさい!」
 戒十は倒れた目の前にあるリサの足を掴もうとした。だが、軽くジャンプされて躱わされてしまう。
 歯を食いしばりながら戒十は急いで立ち上がる。
 立ち上がったときにはリサの姿が見当たらなかった。
 左右を見回し、後ろも振り返ったがいない。
 そんなはずはない。
 こんな場所で見失うはずもないし、今の戒十ならば音を聴けるはずだ。
 気配が急に背後でした。
「仲間内じゃ気配を消すの一番うまいのよねー」
 驚いて振り返った戒十。
 リサの顔は戒十の鼻先まで迫っていた。
 少し端のつり上がったリサの唇が戒十に迫る。
「ちゅーはお預け」
 次の瞬間、戒十はリサに巴投げをされて宙に飛んでいた。
 夜空に向かって落ちていた戒十は、いつしか地面に向かって落ちていた。
 戒十は屋上のフェンスを越え、屋上の外へ投げ飛ばされていたのだ。
 4階建ての建物から地面に向かって落ちるのはあっという間だった。
 リサはフェンスに身を乗り出して戒十が地面に着地したのを確認した。頭から落ちたり、着地に失敗したりしなければ無事な高さだ。
 戒十は気づいていなかったが、この屋上に3人目がいることにリサは気づいていた。
「シンいるんでしょ?」
 名を呼ばれ、物陰から長身の闇が姿を見せた。
「戒十はまったく俺に気づいていなかったようだな」
「才能ゼロなんじゃないのぉ」
「それはまだわからないと思うが?」
「カイトを噛んだのはお姫様だしねー」
「本人の資質はゼロでも、クイーンの資質を少なくとも受け継いでいる。彼が?成れの果て?にならぬことを願いたい」
 姫とはいったいどのような存在なのだろうか?
 リサはシンの腰に目をやり、脇差を確認した。
「その刀どうしたのぉ?」
「なにもないよりはマシだ」
 脇差とは小刀ことである。通常の刀より短いために、必然的に初太刀の間合いも狭くなる。
「ってことは新しい刀は見つかってないの?」
「超硬合金の刀が時期に届く」
「超硬合金ってよくわかんないけど、なんか凄そう」
「だが、アヤカを見つける前には届きそうもない。そこで脇差で俺と手合わせ願いたい」
「いいよん」
 鞘を持って柄に手をかけるシンに、リサは手ぶらで応じた。傍から見ればリサが不利だが、シンはリサの実力を承知の上だ。
 シンの踏み足に力が込められる。
「――いざッ!」
 鞘から初太刀が抜かれた。
 屋上に戻ってきた戒十は二つの影が折り重なるように動いているのを見た。
 シンの一刀をことごとく躱わすリサ。
 客観的にリサの動きを見ることによって、戒十はリサへの対策を練ろうとしたが、自分ではリサに敵わないことを痛感させられるに至った。
 第1にシンを相手にするリサの動きはカイトを相手にしていたときの比ではない。明らかにカイト相手のときは、手を抜いていたのだ。
 第2にリサはシンの動きを誘導している。敵の攻撃を紙一重で躱わすことにより、途中で攻撃の手段を変えさせず、尚且つ隙を作ったように見せてそこに攻撃をさせる。
 遊びのない常に最速最善の攻撃を繰り出すシンの攻撃は、リサにとって最も操りやすいものなのだろう。
 それは戒十にも当てはまる。必死でリサを捕まえようとするあまり、目の前に右手を出させればそれを掴もうとし、左手を出されればそれを掴もうとしていた。
 常に脇差だけで攻撃していたシンが、その脇差をリサに向かって投げつけパンチを繰り出した。
 パンチはリサの頬を軽く撫でた。
 そして二人は戦うことをやめて動きを止めた。シンが勝ったのだ。
 わざと脇差だけの攻撃を仕掛け、それに相手の眼と思考がなれたところへ、はじめて別の攻撃を繰り出す。
 脇差を広い鞘に収めたシンは戒十に顔を向けた。
「おまえがリサに勝てない理由がわかったか?」
 そう言われ、戒十はドキッとした。今行なっていたシンの戦いは、戒十に見せるためにわざとやっていたことだったのだ。
 戒十はシンの大きさを知った。

 夜空に月は浮かんでいなかった。
 色の濃い闇夜だった。
 特にそこが森の中となると、視界はゼロに等しい――人間ならば。
 木々の陰に潜む四つ足の影。
 それを各方向から取り囲む影たち。