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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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シャドービハインド

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第5章-夜のおわり-終焉


 鍵は見つからなかった。
「あーあ、手がベットベト」
 リサは嫌そう顔をした。
 〈夜の王〉の残骸の中から鍵を見つけ出すことはできなかった。
 戒十は難しい顔をしていた。
「カオルコの持っていた鍵は、〈夜の王〉に喰われたときに捨てられたのかな。〈夜の王〉の鍵はどこかに隠してあるのか……」
「〈夜の王〉の部屋を探そっか、それとも金庫ごと別の場所に運んで壊す方法を考えるとか?」
「あの研究者に会いに行こう。まだなにか知ってるかもしれないし」
「だったらここまで引っ張ってくればよかった」
 すぐに二人は研究室まで引き返した。
 研究室の扉を開けた瞬間、血の臭いが鼻を突いた。
 内臓を引っ張りだされ死んでいる男。間違いなくあの男の屍体だった。
「いったい誰が?」
 悩む戒十をよそにリサは金庫を見て声をあげる。
「開いてるし、中身ないし!」
「まさか……誰が開けたの?」
「知ってたら霊能力者になれる」
 金庫に無理やり開けた様子はない。生存者がいるのか、それとも別の誰かなのか、どちらにしても鍵はどこで手に入れたのか?
 鍵は探さなくてよくなったが、今度は薬を探さなくてはいけなくなった。シンも探さなくてはいけない。そのシンがカオルコの血を持っている可能性もある。純を救うことも考えなくてはいけない。
 リサは髪の毛をくしゃくしゃにした。
「う〜んっと、二手に分かれたいところだけど、なんか嫌な予感がする」
「嫌な予感って具体的に?」
「それはわかんないけど、長生きしてるとこういう感てよく当たるんだよねー。とりえずシンと薬を平行して探す方向でオッケーね?」
「うん、わかった」
 二人は屋敷の中を隈なく探すことにした。
 相変わらず物音ひとつ聴こえない。
 薬もシンもすでに外に出てしまった可能性もあるが、あくまで可能性の域を出ず、屋敷の中を探すの先だった。
 リサは床に転がる屍体を注意深く観察していた。
 負傷の仕方、もしくは喰われ方が違う。
 双頭の魔獣に殺られたのか、?成れの果て?に喰われたのか?
 リサは首を傾げていた。
「可笑しいなぁ、これとか絶対可笑しいなぁ」
 そう言いながら、リサは喰われている屍体を辿りながら歩いていた。
「なにが可笑しいの?」
「あのね、〈夜の王〉の残骸を見たときもそう思ったんだけど、食べ方が綺麗なんだよね。シンを発見したときは、〈夜の王〉もシンが喰らったんだと思ったんだけどぉ、なんかねぇ」
 屍体を辿りながら歩いていると足跡を発見した。血の上を歩いた痕跡が残っている。
 人間のような歩き方ではない。かなり歩幅が広く、飛び跳ねながら走ったようである。キャットピープルが高速移動したに違いないとリサは判断した。
 リサは微かに残っている足跡と勘を頼りに走った。
 階段を駆け上がり、開かれた屋上のドアから夜風が吹き込んでいた。
 そのときにはすでに、リサも戒十も気配と音を感じていた。
 引き千切り、噛み砕き、啜り、呑む。
 その影は満月の光を浴びて、血で濡れた艶かしい唇を手の甲で拭き、リサに向かって怖ろしいほど美しい笑みを浮かべた。
「今宵の月は美しいわね、お姉さま」
 そこにいたのはなんとカオルコだった。
 生まれたままの姿で肉を喰らっていたカオルコ。全身は血で艶かしく染まっている。その姿は狂ったように美しかった。
 リサは信じられなかった。
「どうして……?」
 戒十もまた信じられなかった。目の前で喰われたのを見た。あれは偽者だったのか、それともここにいるモノが偽者なのか?
「〈夜の王〉に喰われたのにどうして生きてるんだ!?」
 カオルコは満月を背にして艶笑した。
「私は死んでなんかないわ。〈夜の王〉に喰われたけれど、私の?血?は奴に吸収されることなく、内部から奴を喰らってやったの。そして、腹を喰い破り外に出たというわけよ」
 カオルコは持っていた腕を後ろに投げ捨て、ゆっくりとリサに近づいて歩き出した。
「断片的であるけれど、〈夜の王〉の記憶も受け継ぐことができたわ。実に面白いわね、奴がどうやって世界を征服する気だったのか……でも、なんだか興味がなくなってしまったわ。それよりも、私がクイーンの血を継いでいたのね、驚きだったわお姉さまがクイーンに寄生されていただなんて」
 カオルコはリサの目の前に立ち、血の付いた指先でリサの頬を撫でた。
 リサは動じず、ただカオルコの瞳を見つめ続けた。
「今度はなにが目的?」
「んぅン、そうね、まだ決めていないわ。今は月光浴を楽しもうかしら」
 どこか前のカオルコとは違う。なにか吹っ切れたというか、世俗から解放されたというか――そう、なにかから解放されたような感じだ。
 カオルコは大の字になって床に寝転び、全身で月の光を浴びた。
 以前のカオルコは底知れぬ狂気と恐ろしさを秘めていた。
 今のカオルコは底知れぬ不気味さの奥になにかが隠れている。
 戒十は床に置かれている取っ手の付いたケースを見つけた。
「そこのケースに入ってるのは?成れの果て?を抑制する薬だろ?」
 カオルコは答えずに月を見つめていた。まるで心此処に在らずといった雰囲気だ。
 戒十はケースを奪おうと走った。ケースを拾い上げる瞬間、消えた?
 ケースを持っているカオルコが嗤った。
「人の物を勝手に取っては駄目よ」
 手の甲で放たれたビンタを戒十はもろに顔面に喰らい、信じられないほど地面に転がって飛ばされた。
 カオルコは再びケースを床に置いた。
「そうだわ、私にはこの薬が必要……それにはクイーンの血が必要……私がクイーンになればいくらでも血を採取することができるわね……いいえ、私がクイーンになれば薬も必要ではなくなるのかしら?」
 ぼんやりと口にするカオルコ。
 そうかと思うとカオルコは刹那の間にリサの服を引き千切っていた。
 露になるリサの上半身。そこには目を瞑る女の顔があった。
「これがクイーンね」
 笑いかけるカオルコを見つめるリサの瞳孔は開ききっていた。逃げることすらできなかった。すでにカオルコはリサを超えていた。カオルコを喰った〈夜の王〉ですら超えているに違いない。
 リサは硬い唾を嚥下した。
 まともに殺りあって勝てる気がしない。
 ならばまた獣に成り果てるか?
 リサは今のまま戦うことを選んだ。
 刃物のように鋭いリサの爪が宙を掻く。カオルコに躱された。
 宙を掻き伸ばされたままのリサの腕をカオルコが掴み、強い力で骨を粉々に砕いた。
 苦痛を浮かべるリサだが、痛みで行動を忘れることなく、すぐにカオルコから離れた。
 砕かれた腕を軽く振るリサ。すでに腕は再生しているようだ。
「満月の晩は普段より治るの早くて良かったぁ……ケド」
 リサは夜空で輝く満月を見上げた。
 カオルコがリサに気を取られている間に、気配を殺して戒十はケースを奪おうとしていた。
 そして、ついにケースを手にした戒十だったが、カオルコはすでにケースを持つ戒十の手首を握っていた。
 万力で挟まれたように、戒十の手首は締め上げられ、骨が悲鳴をあげた。
 戒十はケースを渡さまいと腕を振った。
 そこにリサも加わって、カオルコに飛び掛った。