シャドービハインド
瀕死の重症を負ったり、過剰に血を呑むことによって、キャットピープルは?成れの果て?に身を落とす。
シンに限ってそんなことはないとリサは心で叫んだ。
しかし、こうなってしまってはもう遅い。
リサは感情を抑えてシンを殺そうと走った。
?成れの果て?は狂ったように刀を振り回してリサに襲い掛かる。
「駄目だリサ!」
戒十が叫んだ。
だが、すでにリサは?成れの果て?から刀を奪い、その刀で止めを刺そうとしていた。
「せめてこの刀でシンの命を……」
「やめろ!」
刀が?成れの果て?の心臓を貫く瞬間、戒十はリサを押し飛ばした。
リサの手を離れた刀が宙を舞い、回転しながら?成れの果て?の腕を落として床に転がった。
腕から血を噴きながら?成れの果て?が奇声をあげた。
リサは戒十を振り切って?成れの果て?を殺そうとしたが、叫び声をあげながら?成れの果て?は尻尾を巻いて逃げてしまった。
強引にリサは追おうとしたが、戒十は絶対にそれをさせなかった。
「待ってリサ!」
「約束なの、自分が?成れの果て?になったらアタシの手で殺してくれって!」
キャットピープルは寿命をまっとうせず、?成れの果て?となって死を迎える者も多かった。だからシンはリサに命を託す約束をしていたのだ。
リサは歯を噛み締めた。
「シンに限って?成れの果て?になんかならないよって、あたしは笑って言ったのに……。シンは?成れの果て?になるような弱い精神の持ち主じゃなかったのに、どうして!」
「落ち着けよ、まだ元に戻れるかもしれないじゃないか!」
「?成れの果て?が元に戻れたことなんてない!」
「カオルコが言ってただろ、?成れの果て?を抑制する薬があるって。それを使えばなんとかなるかもしれないじゃないか!」
「それは?成れの果て?になる前の薬でしょ、もう遅いんだよ!」
これほどまでリサが取り乱すなんて、こんなリサを戒十は想像すらできなかった。それほどまでにシンの存在は大きかったということだ。
リサは髪の毛を掻き毟って叫んだ。
「もうイヤなの! みんなアタシを置いて死んで逝く、大事な仲間を何度も守れなかったか、なんど仲間が?成れの果て?になって、それをアタシがこの手でなんど殺めてきたのか……アタシもう死にたい……なのにクイーンがそれをさせてくれない……死にたいのに……」
号泣するリサの頬を戒十が叩いた。
「しっかりしろよ!」
「…………」
「僕だって巻き込まれたくて巻き込まれたわけじゃない。純だってそうだよ、もし純がキャットピープルになって、万が一?成れの果て?になったらどう責任取るんだよ!」
「…………」
リサは無言のまま膝を抱えて座った。
すすり泣く声が戒十の耳に届いた。
深く息を吐きながらリサが立ち上がって、真っ赤に腫れた目で戒十を見つめた。
「……な〜んちゃって。よし、とりあえずシンを捕まえて牢屋にでもぶち込もうか」
笑顔でリサは歩き出した。もう気は晴れたようだ。それを見て戒十も微笑んだ。
二人はシンを探して屋敷を探し回った。
途中、研究室らしき部屋を見つけ中に入った。
リサは部屋に入った途端、大きな声でこう言った。
「隠れてるんでしょ?」
白衣を着た男が物陰から怯えた顔を出した。
「殺さないでくさい」
これが第一声だ。
戒十が尋ねる。
「どうしてここに隠れてる?」
「化け物が外で暴れていて、ここなら安全かと思って……」
リサは呆れたように首を振った。
「安全かと思ってねぇ〜、って逃げ込むんだったらちゃんとドアの鍵しめなよ」
この研究室のドアは鍵が掛かっていなかった。
男は目を白黒させた。
「気が動転してしまって、とにかく隠れることで頭がいっぱいになってしまって……。あの、怪物はどうなりましたか?」
何気なくリサは惚けた。
「もういないみたいだよ。外は屍体の山でスゴイことになってるケドー」
自分がやったにも関わらず、まるで他人事のようだ。
男はほっと胸を撫で下ろした。
「よかった……助かった……」
安堵している男の首にリサはあっという間に爪を立てていた。
「助かったと思うのはちょっと早いかなぁ」
「さっき殺さないって言ったじゃないか!」
男は取り乱しながら叫んだ。顔からは汗が滝のように流れている。
「アタシの言うことを聞いてくれたら殺さないであげてもいいかなぁ」
「なんでも聞きますから殺さないで!」
「んじゃさ、?成れの果て?を抑制する薬を出してくれないかなぁ?」
「そんなことしたら〈夜の王〉様に殺されます!」
「ふ〜ん、じゃここで死んでもらおうかなぁって言いたいところだけど、〈夜の王〉ならとっくに死んだよ」
驚きのあまり男は言葉を失って口をあんぐり開けた。
そして、肩を落として金庫を指差した。
「あの金庫に入っています」
すぐに戒十が金庫を確かめようとしたが、鍵が掛かっていて開きそうもない。壊すことも無理そうだ。
戒十は首を横に振ってリサに合図を送った。
リサは男の首を軽く指でなぞった。男は全身を使って震え上がり、涙目でリサを見つめた。
「あ、あの金庫を開けることができるのは、〈夜の王〉様とカオルコ様だけです。お二人が鍵を持っています」
どちらもこの世にいない。
おそらく大事な鍵だ、肌身離さず持っていた可能性は高い。となると――。
リサは男を押し飛ばして部屋をあとにしようとした。
「戒十行くよ、〈夜の王〉の屍体を漁ってみる」
二人は三度あの部屋に行くことになった。
作品名:シャドービハインド 作家名:秋月あきら(秋月瑛)