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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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シャドービハインド

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第5章-夜のおわり-「汝」の果て


 戒十はどうにか純がいるマンションまで帰ってくることができた。
 はじめに戒十を出迎えたのは三野瀬だった。何時間もここに留まり純の看病をしていたらしい。
 戒十はシンの姿を探した。どこにもいない。そして、戒十は三野瀬の言葉に驚愕させられた。
「シンなら帰って来ていないが?」
「そんな……」
 言葉が消え入った。
 シンはカオルコの血を持って、ここに帰って来ているものだと思っていた。
 いや、別の可能性もある。
 ここに戻らず血を持って薬を作りに別の場所に向かったのかもしれない。
 戒十は深呼吸をして心を落ち着かせた。
 今は信じて待つしかない。その間にリサのことをどうにかしなければならない。
 戒十はクイーンの話を伏せ、ただリサが怪物になってしまったことだけを三野瀬に伝えた。
 話を聴き終えた三野瀬は首を横に振った。
「どうしようもないな」
「どうしようもないって、なにかあるだろ!」
「キャットピープルが怪物になるなんて、お前の話を聞いてつい先日知った症例だ。今でも私は信じていない」
 信じないほうが普通だ。
 戒十は三野瀬を頼りにすることをやめた。
 困り果てた戒十は無意識のうちに純が休む部屋に入っていた。
 純は静かに寝ていた。
 起こさないように戒十は傍らの椅子に腰掛ける。
「ごめん、まだ純を救うことができない」
 カオルコの血を持ったシンは行方不明。リサは双頭の魔獣になってしまった。
 あの屋敷に戻るしかないのか?
 しかし、双頭の魔獣を前にしてなにができる?
「僕はなにもできないのか……」
 目の前にいる純も救えない。
 なにかしなくていけない焦りに襲われるが、何をしていいのかすらわからない。
 時間だけが過ぎた。
 時計の音が腹立たしい。
 1時間が経ち、三野瀬は純を戒十に任せて帰ってしまった。
 それから、さらに1時間、2時間……戒十はずっと純の傍らにいた。
 純の瞼が微かに動いた。
 静かに瞼をあげる純。
「……三倉くん」
 純が最初に見たものは戒十の瞳だった。
「おはよう」
 優しく戒十は言った。
 そしてすぐに頭を下げた。
「ごめん、まだ純のことを助けられないんだ。でも絶対に助けるから、絶対に……」
「大丈夫だよ、わたしなら平気だから。それよりも三倉くん、疲れた顔してるよ」
「うん、僕の大丈夫だから」
「無理しないでね」
 純に気を使われていることが、とても辛く悲しかった。
 なにもできない自分への苛立ち。このまま戒十は純の前にいることができなかった。
「そのままゆっくり休んでて」
 戒十は純の顔を見ないように部屋を後にした。
 扉を閉め、戒十はすぐその場で立ち止まり、歯を食いしばった。涙が出そうだった。けど、その涙は堪えた。この涙は堪えなくてはいけなかった。
 戒十はあの場所に行こうと決意した。なにもできないかもしれないが、リサの元に行かなければ、なにもはじまらない。ここでじっとしていてもなにもできない。
 気替えを済ませて戒十は玄関に向かった。
 そして、ドアノブに手をかけようとしたとき、向こう側で何者かがドアを開けた。
 思わず戒十は身構えた。それまで気配などしなかったからだ。
 ドアを開けて外から入って来たのは、男の姿をしたリサだった。サイズの合わない男物の服を着ていた。
「ただいま……」
 おぼつかない足取りのリサは、そのまま力を失って戒十に抱きついた。
「にゃはは、ヤバかった」
「大丈夫リサ!」
「ダメ、ムリ、死にそう」
 どうやら多少の余裕はありそうだ。
 戒十はリサを抱きかかえ、リビングのソファに寝かせた。
 髪の毛を掻き上げながらリサはぐったりとしている。
「久しぶりだったもんだから……ホントはね、ちゃんと理性を失わないハズだったんだけど、あー……ホント久しぶりだったから、なんか理性が飛んじゃったみたいで……なんかさ、気づいたら屍体の山の上で寝てた……みたいな?」
 リサは笑って誤魔化した。
 戒十はリサへの心配が吹っ飛び、なんだか呆れてしまった。
「……バカだろ。もっとちゃんと考えて行動しろよ、僕まで喰おうとしたんだぞ」
「だからさぁ、ちゃんと逃げてって言ったじゃ〜ん」
 リサは頭を重たそうに持ち上げ、ちゃんと椅子に座りなおし戒十に尋ねる。
「でさ、シンはどこ?」
 その言葉で戒十の不安が再燃した。
「それが……まだ戻って来てないんだ?」
「まっさか〜ん。ううんっと、やっぱりそうかも」
「なにが?」
「〈夜の王〉にしては話が美味いと思ったんだよね。シンは〈夜の王〉の部下に捕まったのかも」
「そんな……じゃあ、カオルコの血は?」
「とりあえずあの邸宅に戻るしかなさそう」
 すぐに二人は準備をして、あの場所に戻ることにした。
 その前に、リサは三野瀬に電話をして、また純を「宜しくお願〜い」と猫撫で声で頼んだ。凄く嫌そうな声だったが、三野瀬はリサの頼みを聞き入れた。
 そして、三野瀬が再びマンションに来てすぐ、戒十とリサは入れ替わりで出かけた。

 すでに陽は落ちてしまった。
 恐ろしいまでに静まり返っている広い庭。
 生き物の気配がまったくしない。
 地面に転がる屍体には胴体がなかった。
 屋敷に入ってからリサは頻りに辺りを見回している。
「この建物さぁ、対キャットピープル対策なのか、別の部屋の音が聴こえないんだよね、まったく。しかも、ここで音を立ててもすぐに吸収されるみたいだしー」
「……気づかなかった」
「なんか気配がするよな気がすんだよね」
「生存者くらいいるだろ?」
「まぁね」
 だが、誰とも出くわすことはなかった。
 そして、辿り着いたのはあの部屋。コンクリートに囲まれた無機質な部屋。血の香りが床から漂ってくる。
 リサは血溜まりの中にある物を発見した。
「服だねぇ、〈夜の王〉が着てた服だよねぇー」
 ズタズタに裂かれた服と骨が残っていた。
 リサは自分がやったのかとも考えたが、それにしては可笑しい点がある。
 双頭の魔獣であれば、こんな綺麗な食べ方はしない。服も骨も、すべて呑み込んでしまいそうなものだ。少なくとも、こんなに細かく服を切り裂くことはないだろう。
 この部屋にはこれ以上なにもなさそうだ。
 二人は別の場所へ移動した。
 屋敷の中は広い。その広い屋敷の中に散らばる肉の塊。躰の一部が無造作に放置されている。
「聴こえる」
 と、リサは静かに呟いた。
 すぐさまリサは走り出した。あとを戒十が必死に追う。
 リサは廊下を角曲がって急に立ち止まった。
「そんな……」
 視線の先で黒い影が屍体を貪り喰っていた。
 ヒトのような姿をしながらも、それは巨大な猫のような姿をしていた。
 長く変形した耳と尻から生えた長い尾。
 そしては金色の眼でリサを睨んだ。
 まさにそれは?成れの果て?に他ならなかった。
 戒十はその?成れの果て?の顔を見て、言葉を失った。残る面影と、棒切れのように持っている刀。
 残酷な運命にリサは沈痛な顔で叫んだ。
「シン!」
 そう、目の前にしたモノはシンの?成れの果て?。
 リサは嗚咽を漏らしながら口を振るわせた。
 どうしてシンが?成れの果て?に?