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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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シャドービハインド

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「クイーンに躰を乗っ取られてるときの記憶は曖昧なんだけど、敵に追われていたことは覚えてる。それで瀕死の重症を負って……あのままだったら絶対に死んでた。そこへ戒十が現れたの、生きるためには戒十から血を奪うしかなかった」
 戒十の運命はクイーンによって大きく変えられた。それによって、純の運命も大きく変わった。
 こんな運命を辿ることになってしまったが、戒十はそれを受け入れるしかないと思っている。ただ、純はまだ人間に戻れる。それには〈夜の王〉が持っているカオルコの血が必要だった。
 戒十はリサを押して前に出た。
「カオルコの血を渡してくれないか?」
「まだサリサに訊きたいことは山ほど残っておる」
 ならばとリサはこんな提案する。
「カオルコの血を戒十かシンに渡して、アタシ1人がここに残る。それでどう?」
「その小僧は研究に必要だ。そこの男ひとりなら帰してやろう」
 〈夜の王〉はカオルコの血を渡し、シンだけを帰すことを約束した。
 だが、シンはその提案を受け入れなかった。
「リサと戒十を残してはいけない」
 戒十はシンの瞳を見つめた。
「シン、純のことを頼む」
「……承知した」
 仲間に頼まれては断れなかった。
 シンは〈夜の王〉に近づき、カオルコの血が入った試験管を受け取った。
「確かに貰い受ける」
 出入り口の扉が開かれた。
 部屋を後にしようとするシンが振り返った。
「リサを頼む」
 戒十に向けられた言葉。
 力関係で言えば、リサに戒十を任せただろう。けれど、シンは戒十にリサの身を任せたのだ。
 シンの姿が消え、少なからず戒十は安堵した。これで純が助かる。リサも同じ気持ちのようだ。
「時間もできたことだし、いくらでも話に付き合ってあげるよ」
 〈夜の王〉がリサに尋ねたいことは山ほどあるだろう。
「クイーンとはいったい何者なのだ?」
「にゃは、先に言っとくけど、アタシに聞かれても答えられないことあるから。詳しく知りたいならクイーン本人に尋ねてね。アタシに言えることは、アタシが便宜上6代目のクイーンってこと」
「6代目だと?」
「5代目が死に際に、アタシにクイーンを託したの。んで、アタシはクイーンに寄生されることになった。ええっと、だから、クイーンは宿主を変えることができるってわけ」
 〈夜の王〉の瞳がぎらついた。
「クイーンはどうやって宿主を変えるのだ?」
「寄生されている宿主を丸ごと喰らうこと」
「さすれば、クイーンの力を手にいれ、お前のように若く永遠に生きられるわけだな?」
「永遠かどうかは知らないけど、他のキャットピープルに比べれば遙かに長く生きてるよ」
「ふはははは、面白いことを聴いた」
 〈夜の王〉が車椅子の上から消えた。
 刹那、リサは風を避けた。
「こうなると思った」
 と、リサが愚痴った視線の先には、仕込み杖を構える〈夜の王〉の姿。
 車椅子を使う老人とは思えぬピンと伸びた背筋。雄々しく邪悪な氣を纏い、〈夜の王〉は力を漲らせていた。
 〈夜の王〉はリサを喰う気だ。
 リサに加勢するため戒十は〈夜の王〉に突っ込んだ。
 戒十の武器は脇差だった。シンがコートの内ポケットに隠していたのだ。
 〈夜の王〉は仕込み杖を細剣のように扱う。その動きはフェンシングそのものだった。
 正面から戒十、背面からリサが攻撃を仕掛ける。
 リサの爪が長く伸び、それは鋭く硬い武器になった。
 二人の攻撃を受け躱す〈夜の王〉は強い。
 リサが溢す。
「……カオルコの力」
 今の〈夜の王〉はカオルコの力を我が物にしていた。
 カオルコもまたクイーンの血を受け継ぐ者。そして、カオルコはさらに力を増すために何人ものキャットピープルを喰らった。
 〈夜の王〉が家畜を十分に太らせてから喰らったのだ。
 リサが叫ぶ。
「戒十逃げて!」
「リサを置いていけない!」
 シンに託された。それだけじゃない、仲間を見捨てることもできない。たとえシンに頼まれていなくても、戒十はリサを置いて逃げることはなかっただろう。
 リサの蹴りを腹に喰らった〈夜の王〉がバランスを崩した。
 そこでさらにリサは叫んだ。
「逃げて、少なくともアタシの近くから離れて!」
 リサは長く伸びた爪で自らの腹を抉り、内臓を引きずり出した。
 大量の血が床に零れ落ちる。
 その不可解な行動に〈夜の王〉は動きを止めて驚きを隠せない。
「何をしている!?」
 戒十も唖然として立ち尽くした。
「……リサ?」
 その答えはすぐに現れた。
 瀕死の重症を負ったリサに変化が起きる。
 それは……戒十と同じだった。
 リサの筋肉が2倍3倍と膨れ上がり、服が弾け飛んだ躰を覆う漆黒の美しい毛並み。
 〈夜の王〉は感嘆の声を漏らす。
「おお、これが……伝承の魔獣」
 そこにいたのは双頭の魔獣。
 二つの首を持つ黒い獅子と例えればよいのだろうか?
 片方の頭を揺らしながら大きく吼えた。片一方は項垂れたまま眼を閉じている。おそらく眠りに落ちているのはクイーン。
 二人掛かりでも勝てないと判断したリサは、その力を解放することにしたのだ――?ケモノ?の力。
 双頭の魔獣が〈夜の王〉に襲い掛かる。
 それはあまりに刹那だった。
 頭部を失った〈夜の王〉が血を火山のように噴き上げながら倒れた。即死だった。
 双頭の魔獣は頭蓋骨を噛み砕き呑み込むと、金色に輝く眼で戒十を睨み付けた。
 次の獲物は戒十だった。
 戒十を喰らおうと襲い掛かる双頭の魔獣。もはやリサとしての理性は残っていない。
 出口まで全速力で逃げる。だが、双頭の魔獣はすぐ背後まで迫っている。
 戒十は素早く伏せた。
 出口に頭から双頭の魔獣は激突し、鍵の掛かっていたドアが開かれた。
 戒十は這い蹲りながら部屋の外へ逃げ出した。
 すぐ後ろでは双頭の魔獣が吼えている。片方の首や躰が引っかかって外に出られないらしい。だが、双頭の魔獣が体当たりするたび、ドアの周りの金属が歪んでいる。壊されるのも時間の問題らしい。
 こうなってしまってはどうにもならない。
 戒十は逃げるほかなかった。
 屋敷は広く、次から次へと戒十の行く手を遮る敵。
 ひとりひとり相手をしているヒマはない。それに今の戒十には取るに足らない相手だ。戒十は銃弾を躱しながら屋敷の外へと急いだ。
 そして、巨大な屋敷から遠く離れた庭で、はじめて後ろを振り返った。
 聴こえてくる悲鳴と魔獣の咆哮。
「くそっ」
 戒十はその場から逃げた――リサを残して。