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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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シャドービハインド

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第4章-夜の叛逆-夜の王


 それが頼みの綱であることはリサも予想していた。
 リサのケータイに通話してきたのはカオルコだった。これで2度目だ。
 今度はリサに1人で来いと命じられたが、人質を取られているわけでもないゆえ、その義理はない。
 急なカオルコの連絡のせいで、あの質問にリサが答えはまだなかった。
 リサはいったい何者なのか?
 その質問に答えにぬまま、戒十を残し、リサはシンと共に部屋をあとにした。
 残された戒十は歯がゆかった。自分もカオルコを捕らえに行きたい。だが、陽の下を歩けない自分は足手まといになる。
 今、できること。
 戒十は純が休む部屋のドアを開けた。
 上体を起こした純と目が合い、視線を逸らした戒十はドアを閉めようとした。
「あ、休んでいていいよ」
「待って三倉くん、なにか用があったんじゃないの?」
「う、うん」
 本当は特になにかあったわけじゃなかった。
 ただ、純の傍にいて、守りたい。
 戒十はベッドの脇に置いてある椅子に腰掛けた。
 互いに少し恥ずかしそうな様子で視線をうまく合わせられない。
 無言のまま時間が過ぎ去り、しばらくして話を切り出したのは純だった。
「あの雨の日のこと覚えてる? 三倉くんが学校からいなくなった日のこと」
「うん」
「わたしね、あのとき気が動転しちゃって、三倉くんに嫌われたんだと思っちゃって、すごく悲しかった」
「それは……違うよ」
 あのときは血が抑えれず、今にも純を傷つけてしまいそうだった。だから、無理にでも純を拒絶した。
 純は優しく微笑んだ。
「うん、わかってる。今はわかってるから平気だよ」
 会話はここで途切れてしまった。
 またしばらく時間が過ぎた。
 再び純が口を開く。
「三倉くんは転校したって聞かされたんだけど、わたしは信じられなかった。なのに、学校は三倉くんがいなくなっても、なにも変わらなくて……それが、悲しかった」
 自分がひとりいなくなったくらいではなにも変わらない。戒十もそう思っていた。本当にだったらしい。
 でも、純は違った。
 純は戒十がいなくなった生活を悲しんだ。
「わたしね、ずっと三倉くんのこと見てたんだ。三倉くんは覚えてないと思うけど、幼稚園のときも、小学生のとき、ずっと三倉くんのこと見てた」
 戒十は少し驚いた顔をした。
 純と同じ学校になったのは高校からだと思っていた。
「僕と同じ幼稚園と小学校だったの?」
「あは、やっぱり気づいてなかったんだ。幼稚園のときは一緒に遊んでいたこともあったんだよ。それからわたしは小学3年生のとき引っ越しちゃって、高校でまた逢えたんだ」
 嬉しそうに純はハニカミながら語った。
 ずっと視線を感じていた。戒十は高校に入学してすぐ、その視線に気づいていた。最初は誰に見られているのかわからなかったが、それが純だと気づくのに時間はかからなかった。
 なぜ自分を見ているのか?
 少し変な人だとは思ったが、それ以上の疑問を抱かず、会話をする機会があっても、そのことについて聞くこともしなかった。
 なぜ自分を見つめていたのか?
 もう戒十も気づいている。
 だからとても恥ずかしくて、だから目を合わせられなくなってしまって……。
 戒十はベッドの脇に置いてある時計に目をやった。
「そろそろ注射を打たなきゃ」
「大丈夫、自分で打てるから」
 注射の打ち方はリサに教えてもらって、戒十も純もいちよう扱えるようになった。
 1時間ごとにワクチンを打つ。
 もっと時間を置くことができないかと戒十が尋ねたが、リサもシンも無理だと返答した。
 このワクチンはあくまで進行を遅らせるもの。しかも、副作用や摂取量の制限から、一度に多くの量を注射することもできない。
 この注射を繰り返す作業は苦痛だ。寝ることすら許されないのだから。
 純は穏やかな表情をしているが、その目の下は黒くくすんでいる。疲労はこれからどんどん濃くなっていく。
 戒十のケータイが鳴った。三野瀬からだった。
《三野瀬だ》
「はい、なにか用?」
《睡眠導入剤を渡すのを忘れた》
「睡眠導入剤?」
《患者が寝ている間にワクチンを打て》
 すぐに戒十は意味を理解した。
 1時間ごとに注射を打っていては眠ることもできない。無理やり深い眠りに落としたところで、第三者が純に注射を打てということなのだろう。自然な眠りでは、注射を打っている最中に起きてしまう可能性もあるからだ。
 戒十はケータイを口から離し、小さな声で愚痴った。
「……藪医者」
《聴こえているぞ?》
 それを承知で戒十も言っている。
「早く来いよ」
《もう向かっている》
「わかった」
《では、用件はそれだけだ》
 通話が切られた。
 戒十は少し優しい顔をして純を見た。
「もうすぐまたあの医者が来るから、そうしたらゆっくり寝れるようになるから、もう少し我慢してね」
 純はニッコリ笑ってうなずいた。
 それから数分して、チャイムが鳴った。すぐに戒十は玄関まで駆け、なんの躊躇もなくドアを開けた。これでやっと純を休ませてあげられる。
 だが、そこに立っていたのは仮面の女――カオルコだった。
 抵抗する間もなく、戒十は押し倒され、その上にカオルコが馬乗りになった。
「探したわよ」
 長く鋭い爪が戒十の首をなぞる。動けばすぐに殺される。
 戒十は冷静さを欠きながら叫ぶ。
「どうしてお前がここに!」
「うふふ、お姉さまのケータイからこの場所を割り出したのよ」
「だって、お前はリサを呼び出したハズじゃ?」
「きゃははははっ、罠に決まっているでしょう。お姉さまとの決着は必ずつけるわ。でも、その前に貴方を捕まえろって、老いぼれ爺が五月蝿くて」
 騒ぎを聞きつけて、純が部屋から出てきた。
 すぐに戒十が叫ぶ。
「逃げろ純!」
 純は眼を大きく開けてその場に立ち尽くしてしまった。
 カオルコの鋭い眼が純を見据える。
「今日はあの娘には興味ないから平気よ、目的は貴方だけ」
 カオルコは隠し持っていた注射器を戒十の腰辺りに刺した。
「何をした!?」
 戒十はカオルコから逃れようと抵抗したが、もう力が入らなくなっていた。遠のいていく意識。
「おやすみなさい」
 嗤うカオルコの顔を最後に、戒十の全身から力が抜け、完全に意識が落ちてしまった。
 カオルコは戒十を担ぎ、床にへたり込んでいる純に眼をやった。
「そうだわ、貴女にはメッセンジャーになってもらおうかしら。今見たことをリサお姉さまに伝え、このメモを渡しなさい」
 メモを純に投げつけ、風のようにカオルコは姿を消した。
 純はなにもできなかった。
 ただ、恐ろしい瞳に見つめられ、怯えていただけだった。

 どれくらい意識がなかったのか、それを判別する術はこの部屋にない。
 戒十はコンクリートの壁に囲まれた部屋で目覚めた。
 頑丈な椅子に座らされ、手足は当然のように固定され、1ミリたりとも動かせない。
 叫ぼうと思ったが、それも特に意味がないと感じ、戒十はただひたすら待った。
 しばらくしてカオルコが姿を見せた。
「お目覚めのようね」
「酷く寝覚めが悪いよ」
「悪夢はこれからよ」
「僕になにをするつもりだ?」