シャドービハインド
第4章-夜の叛逆-死闘
キッカが引き連れた仲間は十数人。対してカオルコの仲間も十数人立っている。数では五分五分だ。
壮絶な殺しがはじまった。
戒十は純を一刻も早くこの場から遠ざけたかった。
「リサ! 純を早くつれて逃げろ!」
キッカたちが勝つか、カオルコたちが勝つか、どちらにせよリサは仲間を残して行けなかった。
戒十はまだ捕まったままだ。
このまま純を守りながら戦うことは可能か?
純の犠牲にすれば……。
「リサ早く!」
再び戒十が叫んだ。
長く悩んでもいられない。リサは純を担いで走りだした。
逃げるリサを見てカオルコが命じる。
「お姉さまを早く追いなさい!」
しかし、リサのスピードに誰も追いつける者はいなかった。
この場から完全に姿を消したリサ。
すぐにカオルコが追おうとするが、その眼前に銃弾が走った。撃ったのはキッカだ。
「仲間の敵を討たせてもらうぜ」
「ふん、私に勝てるはずがないでしょう」
嘲笑したカオルコは服を脱ぎ捨て、ボンテージ姿になった。
鋭く鞭が踊りだす。
キッカは間合いを取りながら銃を撃つ。
鞭の攻撃範囲に入らなければ、銃弾の射程距離を活かして戦える。
優勢なのはキッカのはずだった。
しかし、恐ろしいスピードでカオルコが間合いを詰めてくる。
カオルコは銃弾を意図も簡単に躱しながらキッカを追い詰める。
「銃など私には通用しないわ。その身体能力こそがキャットピープルの最大の武器」
銃弾を躱す――つまり銃弾よりも早く動けるならば、肉体で戦ったほうが強い。カオルコはその域に達していた。
「修羅場を踏んだ数なら俺のほうが多いぜ」
そう言ってキッカは自ら間合いを詰めた。
スピードはカオルコのほうが速い。だが、経験でキッカは動いた。敵の次の行動を予測して仕掛ける。
キッカはカオルコの横を取ることに成功した。距離は1メートル弱。銃弾は放たれた。
なんとカオルコは躱して見せた。空しく外れた銃弾。
思わずキッカは舌打ちをしていた。
「クソッ、一発でも当てれば毒薬でどうにか……」
キッカは仲間たちに眼を配った。敵も味方も数を減らしている。早くカオルコを始末して、他の仲間を助けなくてはいけない。
鞭がキッカの躰を掠めた。
仲間の身を案じている場合ではなかった。今は目の前の敵に集中しなくて、一瞬の隙が命取りになる。
カオルコの操る鞭は攻撃であり、防御でもある。おそらく、あのスピードとパワーで振るわれる鞭は、金属を破壊することも可能だ。1発でも喰らえば致命傷になりえる。つまり、近距離で戦うとしたら、キッカは一撃でカオルコを仕留めなければ、次の瞬間には鞭で躰を割られることになる。
遠距離からの銃弾はことごとく躱される。1メートルですら外れた。もっと間合いを詰めなければいけなかった。
キッカはカオルコと距離を開けた。無闇に近づけない。近づくときは敵を仕留めるとき。
逃げるキッカをあざ笑うカオルコ。
「怖くなったのかしら、こっちへいらっしゃい坊や」
「坊やじゃねぇーよ、500年は生きてるぜ」
「あら、随分とおじいちゃんなのね。そろそろ死の恐怖に怯えるころかしら?」
「老化現象ならとっくにはじまってるぜ。でもよ、死ぬのはぜんぜん怖くないぜ!」
それはまさに決死の覚悟だった。
命を掛けてカオルコを殺せるならば、それは価値のあることだとキッカは判断した。
キッカが仲間に調べされたところ、カオルコが率いている組織は〈シャドームーン〉と呼ばれる闇組織。前々からその噂はあったが、なかなか実態の掴めない組織だった。けれど、最近になって〈シャドームーン〉の活動が活発になったため、多くの情報がキッカの元へ届けられるようになった。
〈シャドームーン〉のボスはカオルコである。その情報を知りえるキッカだからこそ、命を賭ける価値があると判断した。
カオルコが引き連れている仲間を見れてもわかる。特出してカオルコは強い。おそらくカオルコでこの組織はもっているのだ。
そして、組織をいくら調べてもカオルコと肩を並べる、もしくはそれ以上の存在が浮かび上がってこない。
ならばカオルコさえ倒せば……。
2丁拳銃を構えてキッカは正面からカオルコに挑んだ。
カオルコの間合いに入った瞬間、鞭がキッカに襲い掛かってきた。
まだここでやられるわけにはいかない。
キッカは鞭を腕で防いだ。命は守ったが、代償として片腕が斬り飛ばされた。だが、すでにキッカの銃は火を噴いていた。
銃弾はカオルコの乳房当たって弾丸が砕け、毒薬が体内へ染み出そうとしていた。
この毒は猛毒だ。すぐに毒が全身に回る――ハズだった。
なんと、カオルコは撃たれた瞬間、乳房を引きちぎってキッカに投げつけたのだ。
肉塊を躱して次の攻撃に入ろうとするキッカ。だが、やはり一撃で仕留められなかった代償が襲い掛かろうとしていた。
鞭は振られようとしていた。
そのとき、何者かがカオルコに体当たりをした。戒十だ、戒十がカオルコに全身でぶつかったのだ。
キッカに気を取られていたカオルコは不意をつかれ、地面に片手を付いて倒れてしまった。
その隙をキッカが見逃すはずがなかった。
銃口はカオルコの頭を狙った。
血が噴いた。
遅れて戒十が叫ぶ。
「キッカ後ろ!」
その叫びは虚しいだけだった。すでにキッカは撃たれていた。
よろめくキッカ。口から吐いた血がカオルコの顔を紅く染めた。
血を舐めたカオルコが妖しく嗤った。
「さようなら」
次の瞬間、キッカの首は鞭によって刎ねられた。
戒十は眼を丸くしたまま声もでなかった。
そして、もうひとり、その光景を見て言葉を失っていた者がいた――リサだった。
純に戒十を助けて欲しいと言われ、とりあえず安全場所に純を残して戻ってきたのだ。
リサとカオルコの眼が合った。
「戻って来たのね、お姉さま」
無言のままリサは走りだした。
向かってくる敵を一撃で殺しながら、一直線でリサはカオルコに向かった。
「カオルコ!!」
獣のような怒号でリサはカオルコに飛び掛った。
踊る鞭の間を抜け、リサはカオルコの手を蹴り上げた。蹴られた拍子に持っていた鞭が手から離れた。
鞭を取ろうとするカオルコ。それを許さないリサ。
リサの猛撃がカオルコに襲い掛かる。
「絶対にアタシの手でコロス!」
「どうして、どうして、まだ……」
――勝てない?
リサの攻撃はカオルコの予想を上回っていた。
可笑しい、絶対に可笑しい。カオルコは禁忌を犯してまで力を手に入れた。それも何度も何度も禁忌を犯して手に入れた力だ。
なぜ、その力をリサが上回る?
カオルコの考えられる可能性はひとつ。
「もしやお姉さま、キャットピープルを喰らったわね。それも数え切れぬほど」
「残念だけど、アタシ自身はそんなことしたことない。したいとも思わない」
「そんなの嘘よ! ではどうしてそんなに強いの!」
「あなたはアタシの十分の一すら生きていない。生きてる年月が違うの」
「それもありえないわ!」
作品名:シャドービハインド 作家名:秋月あきら(秋月瑛)