シャドービハインド
《そんなもの調べればすぐにわかるわ》
「で、アタシに何の用?」
《戒十はお姉さまのとこにいるかしら? いるなら大切な話があると伝えて頂戴》
リサは戒十の顔をチラリと見た。会話の内容は聴覚の鋭いここ全員に聴こえているだろう。
リサにケータイを渡され、戒十が通話を代わった。
「僕にどんな話だ?」
聞かずとも検討はついている。
《小娘を預かっているわ。あの子、貴方の大切なヒトなのかしら、うふふ》
言い返したい言葉をぐっと我慢して、戒十は冷静さを装って返す。
「無駄な話はいい。彼女を返して欲しい、そっちの条件を言えよ」
《今から私が指定する場所に来なさい、貴方とお姉さまの二人だけで》
「わかった」
そう答えるしかなかった。敵は万全を期して待ちうけているだろう。けれど、今は敵の提案を呑むしかないのだ。
時間の指定は夜だった。
昼間の雨はすでに止んで、地面は乾いている。
約束どおり戒十とリサだけできた。ヘタな小細工をしても、キャットピープルの超感覚を騙すのは難しい。相手の言うとおりにするのが無難だ。
戒十たちがやってきたのは資材置き場だった。資材と言っても、鉄くずばかりのスクラップにしか見えない。
仮面の女が戒十たちを出迎えた。
「本当に来たのね、たかが女ひとりのために」
顔半分を隠す仮面をつけているのはカオルコだった。隠されている部分は?ケモノ?に抉られた部分だ。
カオルコが仲間に合図を送ると、物陰から猿轡を噛まされた純が、男に小突かれ姿を現した。
純はなにかを訴えようとしているが、それは声にならずにくぐもってしまう。
戒十が一歩前に出た。
「僕と交換でいいだろ?」
カオルコは首を横に振った。
「それだけじゃダメよ。お姉さまに来てもらった意味がないわ」
「アタシと決着つけるために呼んだんでしょ?」
「そうね、それもあるわ。けれど、もっと重要な話があるの、それを話してくれれば小娘なんてすぐに返してあげるわ」
今までと様子が違う。カオルコはリサを超えることに執着していたように思える。それが今になって話があると言うのだ。
当然、リサも疑問に思った。
「アタシに聞きたいことなんてあるの?」
「あるわ、とてもとても大切な話」
「なに?」
「お姉さま、クイーンの居場所を知ってるわね?」
「そんなの知るわけないじゃーん」
間髪入れない否定だった。
カオルコが艶笑する。
「嘘をついては駄目。多くの情報を集めた結果、お姉さまがクイーンと繋がっていることはわかっているの」
「お姫様なんて会ったことないし。てゆか、お姫様の顔を知ってる人ですらどんだけいるんだか」
「クイーンは決して人前に姿を現さない。その存在すら否定する虚けもいるけれど、私たちはあと一歩のところまで追い詰め、逃げられたわ」
クイーン、または姫と呼ばれる存在。戒十はその血を受けたという。けれど、その存在について戒十が知ることは少ない。
?ケモノ?と化したときの記憶は、断片的だが戒十は覚えていた。あの血はクイーンから受け継いだもの。それではクイーンとはいったい何者なのか?
「姫とか、クイーンとか呼ばれるそいつは、いったいなんなんだよ?」
誰か特定の者に尋ねたわけではない。戒十はここにいる誰でもいいから答えて欲しかった。
カオルコは少し不思議そうな顔をした。
「まだ詳しく聞かされていないの? なら、私が知りえることを教えてあげるわ」
話が長くなるのか、カオルコは廃材の上に腰掛けた。
「クイーンは現存するキャットピープルの中で最も古い……私たちの祖ではないかと言う者もいるわ。ゆえに一部の者たちの間では神とまで言われているわね。そして、キャットピープルは歳を重ねるごとに強くなる。加えて、種の起源に近づけば近づくほど、血は濃く力は増す。クイーンは神としての神聖、そして強大な力を兼ね備えているのよ。その力を利用しようとする者は後を絶たないわ」
「お前たちもその力を利用する気なのか?」
「力を利用する点は間違いないわ。けれど、権力を欲しているわけでないわ。興味があるのは、その肉体。キャットピープルの力の起源、そしてクイーンの血はある薬の材料になるわ……そう、?成れの果て?を抑制する薬よ」
それこそが最大に目的。薬の精製が最大の目的だったのだ。
ずっと聞き入っていたリサが難しい顔をして口を開く。
「血は? クイーンの血はどこで手に入れたの?」
「クイーンは研究のため、血を採取してある者に託したことがあったわ」
「そんな……まさか……ありえない……」
リサは驚愕した。そして、黙するリサ。
カオルコが立ち上がった。
「そろそろ話を戻しましょう」
再び注目は純に集められた。
カオルコはこんな提案をした。
「交換条件を軽くしてあげるわ。戒十をこちらに引き渡すか、お姉さまがクイーンの居場所を吐くか、そうしたらこの子を返してあげるわ」
リサは躊躇しているようだった。
だが、戒十は違った。
「僕がそっちに行く」
そう言って戒十はカオルコの元に歩き出した。
戒十は男たちに取り囲まれ、後ろ手で手錠を繋がれ、両足も動けぬようにベルトで固定された。もう立っているだけしかできない。倒れたら自分では立ち上がれない状態だ。
代わりに純の拘束が解かれ、小突かれリサの元へ誘導された。
リサは純の瞳を見た。涙が溢れている。
「もう少し我慢してね」
優しくリサは言った。
これで終わりではない。純は解放されたが、戒十が代わりに捕まった。まだリサはここで引くわけにはいかない。
敵もまだ緊迫を解いていない。リサを返す気がないのかもしれない。
カオルコが新たな提案をする。
「お姉さま、クイーンの居場所と交換で戒十を返してあげてもいいわよ?」
「知らないものと交換できないなぁ」
本当に知らないのか、それとも惚けているのか?
「僕のことはいいから、早く純を連れて行って!」
戒十が叫んだ。
リサは動かない。純はリサを見つめている。カオルコは艶笑していた。
すべてはリサの次の行動にかかっていた。
しかし、思わぬ伏兵が潜んでいたのだ。
戒十の近くにいた男が、脳漿をぶちまけて急に倒れた。
次々と倒れていくカオルコの仲間たち。
カオルコはすぐさま物陰に隠れて叫んだ。
「何者!?」
影が次々と姿を見せる。その影は資材置き場をぐるりと取り囲んでいた。
その中のリーダーが一歩前に出た。
「今度は逃がさないぜ」
姿を見せたのは仲間を引き連れたキッカだった。
作品名:シャドービハインド 作家名:秋月あきら(秋月瑛)