シャドービハインド
第4章-夜の叛逆-取引
すぐに戒十は三野瀬の所へ運び込まれた。
手術台に寝かされた戒十。
わき腹の傷、消失した片腕、全身を包み込む長い毛。
「傷口に金属片が多く残ってるな」
三野瀬はわき腹の傷を見ながら言った。
純がその断片を取り出したが、その奥にはまだまだ金属片が埋もれていたのだ。さらに治癒が進んでいるために、金属片はそのまま肉に埋もれそうになっていた。
「麻酔はいらないな」
最初から決めてかかる言い方で三野瀬はピンセットを握った。
1つずつ金属片を取り除く作業。戒十は軽く歯を噛みあわせた。
すべての金属片が取り除かれた。
「次のこの腕だが、一生このままというわけではない」
人間であれば一生このままだが、キャットピープルとなると事情が変わってくる。
三野瀬は話を続ける。
「キャットピープルでも再生できぬ器官はいくつかあるが、骨は時間さえかければ必ず再生する。ただし、他の器官と違って再生に時間がかかる。腕1本程度であれば1年もあれば再生するだろう」
そうと聞いて戒十は安堵した。
残る問題は全身を覆う毛だ。けれど、これもすでに解決していると言ってもよかった。
三野瀬は戒十の体毛を軽く掴んだ。すると、力も込めずに抜けた。まるで動物の毛が季節の変わり目で抜け落ちるようだ。
「この毛はシャワーでも浴びて綺麗にしろ。ウチのシャワールームを使っていいが、排水溝は自分で掃除しろよ」
「言われなくてもわかってるよ」
戒十は手術台から降り、腰にタオルを巻いて地下室を後にした。
バスルームに入る前、戒十ははじめて自分の姿を見た。
思わず笑ってしまった。
まる原人みたいだ。髪は獅子舞のように長くボリュームがある。
戒十がシャワーを浴びていると、外でリサが声をかけてきた。
「服ここに置いとくかんね」
「ありがとう」
すぐにリサは立ち去るのかと思うと、バスルームのドアが少し開けられ、リサの顔が中を覗いた。
「ご主人、お背中を流しましょうか?」
「見るなよ、早く行けよ!」
リサは戒十の身体を見てニヤニヤ笑っている。
「ここに運んできたの誰だと思ってんの? もう十分見ちゃったもんねー」
「うるさい!」
戒十は怒ってシャワーのお湯をリサの顔をかけた。
「きゃっン」
バタンとドアは閉められ、リサはなにか怒りを口にしながら消えてしまった。
シャワーを浴びて戒十が出てくると、そこには気替えがちゃんと用意されていた。
しかし、戒十はあることに気づいた。
パンツがないのだ。
仕方なく戒十は下着を穿かずに気替えを済ませ、みんなが待つリビングに向かった。
リビングではリサと三野瀬が談笑していた。
そして、ソファの上に男物のトランクスが雑に置かれていた。
戒十はそれを指差して、リサの顔を見つめた。
「それ」
「あーそれね、戒十のだよ」
嫌がらせだった。シャワーを掛けた仕返しにトランクスを持っていかれたのだ。やることが子供っぽい。
戒十はトランクスを掴み、別の部屋で着替えて戻ってきた。
すると、リビングにはもうひとり増えていた。それはシンの姿だった。
「敵を逃がしてしまってすまない」
シンは潔く頭を下げた。
逃がしてしまったシンを責めるつもりなどない。ただ、戒十は純のことが心配なだけだ。
「水城さんを浚った奴らの行方は?」
その問いにリサは首を振り、シンも難しい顔をして答える。
「まだわからない。キッカに助けてもらえば早いのだが……」
言葉の続きが気になる。
リサまで難しい顔をしている。
三野瀬は他人事のように読書をしている。本当に他人事だと思っているのだろう。
戒十は答えを促した。
「なにか問題でもあるの?」
シンとリサはなかなか口を開こうとしない。
答えたのは読書をしていた三野瀬だった。
「我々は社会に知られてはいけない存在だ。それを人間に知られ、対象が1人程度ならば、殺して口を封じるのが手っ取り早い。お前たちが所属する〈バイオレットドラゴン〉は確かそういうルールだったな?」
つまり、純は見つけ次第、殺されることになるのだ。
「そんなこと僕が許さない!」
思わず戒十は声を荒げた。
無関係の純を巻き込んでしまったうえに、こっちの都合で殺すなんて酷い。
戒十はリサとシンを軽蔑した。
「二人とも水城を殺す気なのかよ!」
シンは首を横に振った。
「いや、無関係の彼女を殺したくはない」
リサも首を横に振った。
「アタシも殺したくないよ。でもね、何が引き金になって、アタシたちが人間に滅ぼされる原因になるかわからない。危険の芽は小さなうちに摘まなきゃいけないの」
何者かがキャットピープルの話を人間にしても、その話を信じる者はまずしないだろう。けれど、絶対はないのだ。
戒十は部屋を飛び出そうとしていた。
「僕独りでなんとかする!」
「待って戒十」
リサが戒十の腕を掴んだ。
「お願いだから待って戒十」
「待ちたくない」
「絶対に殺すって決まったわけじゃないの。だから落ち着いて話を聞いてよ」
戒十は怒りを一時的に沈め、リサの話に耳を傾けることにした。
怪訝そうな顔をして戒十はソファにどっしり座った。
「聞くから話して」
促されてリサは話しはじめた。
「アタシだって殺したくないから最善の努力はするつもりなんだよ」
「俺もだ」
と、シンも続いた。
戒十は三野瀬に顔を向けた。それに気づいた三野瀬が答える。
「私は関係ない。我らと人間の全面戦争がはじまっても、そのときはそのときだと思っている」
これから戒十たちが何をしようと、関係ないということだろう。
リサも椅子に座って落ち着いた。
「とりあえずね、あの子が浚われたことはアタシたちだけの秘密。騒ぎが大きくなる前に助け出して手を打つ」
その手の打ち方が重要だった。
みんなが黙っているのを確認してリサは話を続ける。
「でね、催眠術で記憶を封印するって方法もあるんだけど、この方法は絶対ってわけじゃないから、あの方法しかないと思うんだよねぇ……」
リサは口を閉じて黙ってしまった。そして、お願いするような眼でシンを見た。シンは深くうなずく。
「その娘を俺たちの仲間にするしかない」
それを聞いて戒十は席を立った。
「ダメだ、そんなの解決になってない!」
今の戒十は後悔していた。
キャットピープルになりたての頃、不安こそあったものの、それでも人間以上の力を手に入れたことに胸を躍らせた。
しかし、キャットピープルの本質が見えはじめ、戦いにも巻き込まれ、片腕を失うことにもなった。
退屈な人生からは解放されたが、こんな人生など望んでいない。
戒十は頭を抱えてソファに座った。
シンが諭す。
「まずは救出することが先決だ。早く俺たちの監視下に置かないと、手遅れになるぞ」
時間が経てば経つほど純の立場は危うい。今この瞬間でさえ、どのような状況に置かれているのかわからない。騒ぎが広まれば、純の狩りがはじまるかもしれない。
ケータイが鳴った。リサのケータイだった。
「非通知だし……誰?」
《私よ、お姉さま》
その声は――カオルコだった。
「へぇ、よくアタシのケータイ番号わかったジャン」
作品名:シャドービハインド 作家名:秋月あきら(秋月瑛)