シャドービハインド
車に乗っている取り合わせが、バリエーションに富んでいる。しかも、武器まで携帯していた。
銃をすぐに隠したが、シンの刀がどうにも隠せない。
またキッカがぼやく。
「だから刀なんて時代遅れだからやめろって、いつも言ってんだよ」
「時代遅れで悪かったな。だが、刀のほうが銃弾よりも、確実に息の根を止められる」
そう言い残してシンの姿が車内から消えていた。もちろん刀もない。車から降りて身を隠してしまったのだ。
刻々と検問の順番が回ってくる。車の中で不安を覚えているのは戒十だけだった。他はみな呑気な会話をしている。度胸の次元が違うのだ。
そして、ついに検問の順番が来た。
制服を着た警官が運転席の窓を開けるようにノックする。
窓を開けた瞬間、風を切る音が聴こえ、運転手の男が倒れた。続けざまに助手席の男が倒れ、頭から血を流していた。
事態を察して戒十を残した全員が動こうとしたが、すでに車は囲まれていた。
大勢の男たちが車を囲み、バックミラーを確認すると、後ろにいた車からも銃を持った男たちが降りてくる。
リサがため息を吐いた。
「はぁ、なんかみんなグルな感じ?」
そこら中、敵だらけだった。
数え切れない銃口が戒十たちを乗せた車を標的にいた。
一斉に打ち込まれる銃弾。まるで雨のように降ってくる。
だが、銃弾が車体を突き貫けることはなかった。
キッカは開いている窓を見ながらぼやいた。
「防弾仕様だが、あの窓が問題だな」
あの窓とは、運転席の窓だ。そこから流れ弾が車内に飛び込んでくる。
リサは防弾とわかっているので、景色でも眺めるように窓の外を見ている。
「なんか情報でも漏れてたのかなぁ。〈バイオレットドラゴン〉のリーダーを殺せるチャンスだと思って、なんか警察沙汰になってもいい感じで撃ってきてない?」
「狙われてんのオレかよ。大穴でリサかもしんねぇだろ」
戒十は不機嫌そうな顔をしている。
「どっちでもいいだろ、この状況をどうするか考えろよ!」
どうするもなにも身動きが取れない。車を動かすにも運転席に近づけない。たとえ、車が動いても、すでに回りは車のバリケードで囲まれていた。
絶体絶命の言葉にふさわしい状況だった。
銃声に混ざって男の悲鳴が聞こえた。
ひとつ、ふたつ、みっつ……。
その様子を伺うと、男たちが次々と血を拭いて倒れる様子が見れた。
銃を撃つ男たちに乱れが生じた。
チャンスと見たリサがドアを開けて車外に飛び出した。
それを追って残り二人の仲間と、キッカまでもが銃弾の雨に飛び込んでいった。
戒十はとてもじゃないが、尋常な精神の持ち主だった。
震える脚とすくむ躰。ただ戒十は防弾ガラス越しの世界を、見守ることしかできなかった。
闇の中で煌きが趨[ハシ]っていた。シンの刀が次々と男たちを割っていく。
あれがシン本来の戦い方なのだと、戒十は目の当たりにした。折れた刀の代わりに脇差で戦っているシンしか見たことがなかった。今や新しい刀を手に入れたシンは、その刀を躰の一部のように自在に趨らせる。
銃弾の殺傷能力は、対キャットピープルでは減退する。
キャットピープルと言えど、首を刎ねられ、胴体を割られれば死を免れない。シンの刀は次々と敵を殺していった。
それに負けじとリサはスピードを活かして、確実に敵の懐に忍び込み抹殺を図る。
キッカのリボルバーが火を噴く。狙っているのは脳と心臓だけだ。そこ以外は致命傷になりえないことを知っているからだ。
動いている的を狙うことは容易ではない。自らも動いていればなお更、対キャットピープス戦では、通常の銃は不向きだった。それを補うのはキッカの射撃能力。確実に的を狙って敵を倒していく。
残る二人の仲間も懸命な戦いを続け、敵を確実に仕留めている。二人もまた、精鋭であった。
銃弾の雨はついに止んだ。
敵は残り僅かになり、銃弾での戦いをやめ、接近戦を挑んできた。1発や2発ではなく、雨のような銃弾であったから、対キャットピープルになりえるのだ。
しかし、もはや銃を捨てたところで、敵に勝ち目などなかった。
すぐに戦いは終結した。
キッカは銃を閉まって悔しそうな顔をした。
「この勝負はシンの勝ちだな」
「俺は最初から賭けなどしていない」
シンは刀の血を拭いながら言った。
すぐにリサがはしゃぐ。
「ならアタシが繰上げで勝ちだね!」
大勢の屍体の山を目の前にしながら、仲間2人が殺されたというのに、なんてヤツらだと戒十は恐ろしさを覚えた。
キッカはすぐにケータイで誰かに電話をかけていた。
いつの間にかリサは戒十の横に座って、外の景色を他人事のように眺めている。
「隠蔽するの大変そ」
戒十はリサに尋ねた。
「隠蔽なんかできるの?」
「今キッカが電話してるっしょ。仲間を集めて事態の収拾、あと警察のお偉いさんとか政界のお偉いさんにコネがある上のヒトに、ごめんなさい報告してるんだと思うよ」
「ごめんなさい報告?」
「なんか大きな問題が起こったときは、キャットピープルのお偉いさんに連絡いれるのが、ギルドマスター、略してギルマスの義務なの。そーゆールールを守んないと、人間にキャットピープルの存在がすぐにバレちゃうでしょ。てゆか、車通りの少ない道でホントよかったけど、この道で車の列ができる時点で怪しいと思うべきだった」
敵も人間や車の通りが少ない道で網を張っていたのだろう。向こうも自分たちの存在が人間にバレるのは好ましくない。
車の通りが少ない道で、車の列などできるハズがなかったのだ。
突然、うめき声が外で聴こえた。
ハッとした戒十とリサが窓の外を除く。
仲間がひとり、心臓に穴を開けて地面に倒れていた。
敵がまだいる?
リサは車の外に飛び出した。
突風が地面の上を走った。
静まり返った夜。
闇の中に妖艶な美女が立っていた。
作品名:シャドービハインド 作家名:秋月あきら(秋月瑛)