シャドービハインド
第3章-夜の産声-罠
前を歩くのは壁みたいな大男だ。さっきまで乗っていたのは、高級車のロールスロイス。連れてこられた場所は裏路地。不安にならないほうが可笑しい。
しかも、男は特徴的な歩き方をしていた。
そう、足音をまったくさせない歩き方は――キャットピープルだ。
戒十にとって裏路地というのは、あれ以来あまりいい場所ではない。
闇の向こうに立つ男が見えた。どうやらドアの前に立って、人の出入りを見張っているようだ。
前を歩く大男が顔パスなのか、それともリサが顔パスなのか、見張り番の男は無言で戒十たちを通した。
細い廊下の向こう側から、微かに音楽が聞こえてくる。人の話し声も聞こえてくる。大勢の人が向こう側にいるようだ。
世界が急に明るくなったような気がした。
照明は薄暗いが、そこには人の活気があった。
酒の匂い。女の匂い。男の臭い。その世界に子供の姿も混ざっていた。
バーかクラブ、そんなようなところだろうか?
カウンター席やボックス席を囲み、人々が酒を飲んでいる。そこまではよく見る光景だ。ただ、ひとつ違和感を覚えるのは、やはり子供が混ざっていることだろうか。
リサが何気なく戒十に告げる。
「ここにいるのは客から従業員、み〜んなキャットピープル」
それを聞いて戒十は難しい顔をした。
この光景を見ていると、世界人口の2分の1、いや……もっと多くのキャットピープルがいるのではないかと疑う。それを否定する材料は、世界をキャットピープルが支配してないことだ。
いつの間にか、戒十たちを案内してきた大男は姿を消していた。
リサは誰を探しているように辺りを見渡している。
急にリサが笑顔でボックス席に駆け寄った。その先にいるのは美女に囲まれた――子供。
小学生くらいの男子が大人の女性をはべらせているようだ。そうとしか見えない。
見た目は子供だが、キャットピープルに違いない。
子供は酒を飲みながら、楽しそうに美女とおしゃべりしていた。
そこへ現れたリサに子供は大きく手を振って合図をした。
「よぉリサ、おまえもこっち来て飲めよ」
リサは戒十の腕を引っ張り、美女たちの間を割って子供の横に座った。
自然と酒が運ばれ、リサはそれを躊躇なく飲み干し、戒十は目の前に置かれた酒を一瞥しただけで口を付けることはなかった。
この酒の臭い。そして、女たちの臭い。それが混ざった臭いは、まるで母親と同じ。戒十は母を思い出すとともに、嫌悪感を抱かずにいられなかった。
子供と戒十の間にリサが座り、戒十の横には女が座っている。女は戒十に触ってこようとするが、戒十はそれを無言で拒否し続けた。
間に入っているリサが二人を紹介する。
「この子が戒十、そしてこのガキんちょが〈バイオレットドラゴン〉のリーダーのキッカ。趣味は酒と女と博打」
戒十が尋ねる。
「〈バイオレットドラゴン〉?」
あれ、言ってなかったっけ? みたいなリサは顔をして、答えたのはキッカだった。
「おい、リサ……なにも教えてないのかよ? つまりアレだ、〈バイオレットドラゴン〉ってのは、ギルドつーか、簡単に言うとキャットピープル同士で助け合って、がんばって生きて行こうぜってグループだな」
「ちなみにアタシはここ所属、シンもね」
と、リサが付け加えた。
キャットピープルが独りで生きていくのは難しい。
ここに連れてこられた意味を戒十は理解した。
「僕も入れってことだろ」
「そゆこと」
リサは簡単に答えた。
戒十が入る・入らないを答える前に、その話は完結しているらしく、リサもキッカも別の話をしはじめていた。内容はたわいもない世間話だ。
戒十は不機嫌な顔をしながら、ずっと黙ってグラスに付いた水滴を見つめていた。
時間が増すごとに戒十の機嫌は悪くなる。それを知ってか知らずか、お構いなしで話を続ける二人。
ついに戒十が席を立ち上がった。
「先に帰るから」
「行っちゃうのぉ?」
と、甘えた声を出したのは、リサではなくて戒十の横に座っていた美女だった。
戒十を無視して歩き去ろうとした。その足が止まった。理由はシンの姿を見えたからだ。
シンが現れると座っていた美女たちが一斉に姿を消した。
残ったキッカは不満そうな顔をしていた。
「おまえが来たから、みんなどっか行っちゃっただろ」
「悪かったな」
無愛想に言ってシンは席に着いた。
シンは小さなメモ用紙をキッカに手渡した。
「ここだ」
「すぐに準備して乗り込むかな」
口ぶりは穏やかだが、その裏に隠された内容は、とても穏やかには感じられない。
乗り込むという言葉が物々しい。
自ら戒十は首を突っ込もうとしなかったが、リサから振られてしまった。
「戒十も来る?」
「何をしに?」
「まあ、簡単に言うと暴力沙汰」
「遠慮しとくよ」
リサも無理強いするつもりはないらしく、それ以上、なにも言わなかった。
しかし、戒十の考えはシンの一言によって変わることになった。
「カオルコに関係のある話だ」
戒十の目つきが変わる。
「どうして教えてくれないんだよ?」
と、戒十の目が向けられたのはリサ。
「だってー、聞かれなかったから」
言い訳の常套句だ。
戒十の気持ちは変わっていた。
「僕も行く」
子供の笑い声が聞こえた。笑っていたのはキッカだった。
「半熟なCPの来るところじゃないぜ」
「僕にも関係がある。止めても行くからな」
「好きにしろ。けどな、自分の命は自分で守れよ」
それは言葉のままだろう。命の危険がある。
リサは酒を飲み干すと、グラスをテーブルに置き歩きはじめた。
「行くよ」
その後をついていくキッカ。
残された戒十にシンはなにを手渡した。
「持って置け」
シンが去ったあと、戒十はそれを見つめて立ち尽くした。
戒十が握らされているのはボーナイフだった。
「ねぇ、賭けしない?」
リサはキッカに持ちかけた。
「1日付き合えよ」
「土日ね。こっちが勝ったらいつもと同じ1本ね」
「ボスを殺ったら3点な」
「オッケー」
こんな会話をしながらワゴンは夜の街を走った。
リサとキッカ以外の搭乗者は5人。車には7人が乗っていた。その中には戒十とシンも含まれている。
どこに行くのか、何をするのか、細かいことはわからないが、死傷者が出るようなことが起こることはわかる。
それで賭けをするなんて、どうかしてると戒十は思った。
「キャットピープルはみんな血を見るのが好きなんだな」
皮肉を込めた。
それは本人の資質の問題なのか、それとも血がそうさせるのか、いずれにしても戒十はキャットピープルの戦う姿ばかり見てきた。
リサは戒十の言葉を認める。
「キャットピープルってゆのは、本能的に戦う種族なんだろね。超絶的な身体能力がそうだって言ってるジャン?」
進化というのは必要だから起こるのだ。例外として突然変異や科学の手が加わることはあるが……。
運転手の大男が前方を確認しながら吐き捨てた。
「検問だ」
短い車の列が出来ている。Uターンするにも道幅が狭すぎる。
キッカがぼやく。
「ついてないな。どう見てもオレら怪しいぜ?」
作品名:シャドービハインド 作家名:秋月あきら(秋月瑛)