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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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シャドービハインド

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第2章-夜の侵食-姉


 自分の感情が抑えられない。
 今まで感じたことのない感情の激しさ。
 戒十は自分が自分でないような気がした。
 これがキャットピープルの血なのか?
 自分がどうなってしまうのか、戒十は底知れぬ恐ろしさを感じていた。
 もう人間ではない。
 肉体面では感じていたが、今になって精神面でそれを感じることになった。
 そう、もう自分は人間ではないのだ。
 この感情が続けば、もしかして……誰かを傷つけてしまうかもしれない。
 朱色の夕焼けが沈もうとしている。
 揺れる黒い影。
 苦しそうに胸を鷲づかみする戒十の前に現れた人影。
「苦しそうね」
 そうあざ笑うかのように言い、カオルコは戒十に手を差し伸べた。
 野獣のような鋭い眼光で戒十は睨んだ。
「僕になんの用だ?」
「私たちの仲間になりなさい」
「またか……断れば、また僕を殺そうとするのか?」
「あれは冗談よ、殺す気なんかないわ」
「ならどうする?」
「無理にでも生け捕りにするだけよ」
 その言葉を聞いて、なぜか戒十は伏目がちになった。
 戒十の躰は震えていた。
 恐怖か……それとも?
「無理にでも……か。今の僕は少し感情のブレーキが効かない……誰にも負ける気がしない」
 上げられた戒十の顔は嗤っていた。
 ――狂気。
 カオルコも同じ感情を胸で躍らせながら、やはり嗤った。
 暴力の臭いがした。
 それがはじまる寸前、カオルコの狂気が抜けるように消えた。
 気配――この路に何者かの気配がした。
「人間に見られるのは不味いわね。また会いましょう、三倉戒十クン」
 カオルコは風のように去ってしまった。
 すぐに追おうとした戒十の肩が後ろから掴まれる。掴んだのはシンだった。
「追わなくていい、感情を沈めろ」
「うるさい」
 戒十はシンの腕を振り払おうとした。だが、シンの指は強く肩を握り放さない。
「俺たちは闇に生きている。だが、闇に呑まれてはならない。そのまま感情の思うが侭に行動すれば、おまえはすぐに理性を失い人を殺すぞ?」
 自分が誰かを殺す。
 虫や動物の命を奪うのではなく、人間の命を奪う。
 戒十はハッと息を呑んだ。
 ?成れの果て?と呼ばれるモノ。
 自分もアレになるのかと思ったとき、戒十の感情から熱が奪われた。
「僕はケモノじゃない」
 暗示のように呟いた。
 シンはカオルコが消えた方向を眺めている。
「同属らしいが……見たことがない顔だ。実力はリサと同格かそれ以上、絶対に1人で闘おうと思うなよ」
 冷静になった今、その言葉は言われなくとも理解できる。逃げることすら出来ないのではないか、そうとすら感じてしまう。
 感情はすでに静まっている。だが、まだ戒十の躰は燃えるように熱かった。
「どうする?」
 と、シンは尋ねた。
 戒十はしばらく考え、静かに答える。
「独りになりたい」
 また襲われるかもしれない。それに戒十は心身ともに不安定で、独りにすることは望ましくないように思えた。
 だが、シンはそれを認めた。
「わかった、マンションまで送ろう」
 こうして戒十は自宅に送り届けられた。

 リサは明日の早朝に引っ越すと言っていたが、まだ戒十は決めかねていた。
 ベッドで横になりながら、天井を仰ぎ見る戒十。
 荷造りはまったくしてない。それどころか、何を持っていくのか、それすら決めていなかった。
 それよりも頭を過ぎるのはカオルコという女のこと。
 そして、自分の運命。
 退屈だと思っていた生活が一変した。
 はじめは人間以上の力を手に入れ心が躍った。くだらない周りの人間とは、違う存在になったのだと感じだ。
 しかし、徐々に感じる底知れぬ恐怖。
 キャットピープルが持つ闇。
 それだけならば、いつかは克服できたかもしれない。
 今、抱えている問題はこれだけじゃない。
 謎の女カオルコ。
 ?姫?と呼ばれる存在のことは、まだよくわからないが、その?姫?の力を受け継いでしまったせいで、狙われることになってしまったらしい。
 戒十はあの晩のことを思い出す。
 すべてがはじまった夜のこと。戒十がキャットピープルになったあの夜のこと。
 あれは本当に?黒猫?だったのか?
 ?姫?と呼ばれる存在と、戒十が襲われた?黒猫?と思われるモノ。
 果たしてあれは本当に?黒猫?だったのか?
 今になってみれば、記憶が断片的で、夢の出来事だったように、よく思い出すことができない。
 ?姫?とはいったい何なのか?
 リサは言っていた。
 キャットピープルの中でも絶大な力を持っている存在なのだと。
 まだまだキャットピープルの世界は知らないことが多い。
 身体も精神も、知識すら付いていけない。そんな状態で今の生活を捨てられるのか?
 戒十はうつぶせになって、枕に顔を鎮めた。
 時間は待ってはくれない。
 すでに日中の生活に支障が出てきた以上、後戻りなどできないのだ。今の生活を維持することなどできないのだ。戒十は先に進むほか選択肢がなかった。
 再び戒十は天井を仰ぎ見た。
 家を出た後、しばらくの間はリサの家で厄介にならなくてはいけないらしい。他に行く宛がないのだから、仕方がないとあきらめるしかないのだろう。
 その生活に必要な物は何か?
 荷造りをするほど荷物はないだろう。
 しばらくの間は今の家とリサの家を行き来して、その都度に必要な荷物を運べばいいかもしれない。けれど、決心を付けるという意味では、もうここには戻らないほうがいいのかもしれない。
 ――後戻りはできないのだから。
 まだ荷造りをする気にはなれなかった。
 後戻りができないのはわかっている。今の生活に未練があるわけでもない。ただ、先に進むことが怖いのだ。
 まるで真っ暗な闇に足を踏み入れるように、今後自分が送る人生の想像がつかない。
 キャットピープルになってしまったのだって、突拍子もないことだ。そんな人生を送るだなんて、なる前は1度だって考えるはずがない。
 そのことすら想像も及んでいなかったのに、今度はそのことでカオルコに狙われるハメになった。この先、まだまだ想像もしなかったことが起こるに違いない。
 もう戒十は人間の道を外れてしまったのだ。
「……どちらが良かったのかな?」
 人間のまま人生を終えたほうがよかったのか、それともキャットピープルとして生きることがいいのか?
 くだらないと思っていたあの生活。未来になれば変わっていたかもしれない。
 問題に巻き込まれてしまっている今。未来はどうなるのか?
 戒十は跳ねるようにベッドから起きた。
「夕飯でも食べるかな」
 今日も家には誰もいない。
 キッチンに向かう途中で、部屋の明かりが急に消えた。
 明かりがなくても目は昼間のように見える。
「……停電?」
 この部屋だけブレーカーを落ちていると考えづらい。電力を食うことなどしていない。
 マンション全体か、地域で起きているのか、雷などの自然災害もないのに、なぜ?
 戒十はベランダに出て町の様子を伺った。
 町は明るかった。
 電気が落ちているのはこのマンションだけらしい。
「ついてないな」
 食事の準備をやめて、戒十はベランダから飛び降りた。