ハッピース
――何がどうしてこうなった?
圭介は、先ほど出会った金髪の女に連れられて、大きな部屋のドアの前に立っていた。
「さあ、開けて?」
後ろから、にっこりとしてドアを開けることを強制してくる女は、先ほど初めて会ったばかりだ。決して圭介の知り合いなどではない。にもかかわらず、圭介は細身の剣を背中に突きつけられていた。
――開けるしかないな。
圭介は、腹を括ってドアを開けた。
「おや。リラ、そこにいるのは誰です?」
どうやら目が見えていない様子の、物腰柔らかな茶髪の男。
「新入りくんよ。まだ“覚醒”もしてないようだけど」
リラ、と呼ばれたのは、どうやら圭介に剣を突きつけている張本人のようだ。
「新入りさんですかー。よろしくですー」
小学生くらいの、大きなテディベアを抱いた黒髪の短いツインテールの少女。
「…………」
無言の、手にカエルの人形をつけて、棒付きキャンディーを舐めている中学生くらいの黒髪の少年。
「さあ、入って?」
金髪の女、もといリラに脅され、圭介は部屋に入った。
「じゃあ、自己紹介しましょうか」
リラが、圭介の前に立った。
「私は齋藤 リラ(サイトウ リラ)。おばあちゃんがフランスの“魔女”の末裔で、“魔女”の力を受け継いでる」
――おばあちゃんが、何だって?
魔女の力を受け継いでる、って…そんな馬鹿な。
「リラはハッピース最年長ですからね」
「ちょっと余計なこと言わないでよ」
「初めまして。池上 圭介くん。私は水鏡 蓮(ミカガミ レン)、“エスパー”です。以後、お見知りおきを。因みに年齢は、リラの4つ下で22歳です」
ニッコリと微笑む蓮。リラの4つ下で22歳…ということは。
「あ、あんた26歳なのか!?」
「うるっさいわねえ!蓮!!あんた何でそういう余計なこと言うのよ!!」
「…童顔……」
カエルの少年がぼそりと呟いた。
「何か言った?」
「じゃあ次はあたしの番ですねー。あたしは高畑 瑞穂(タカハタ ミズホ)っていいますですー。年齢は12歳ですー。“ダンタリオン”の力を受け継いでますー」
ニッコリと笑う瑞穂。
「……僕は、加藤 晃弥(カトウ テルヤ)。15歳」
晃弥は、「……僕は、“吸血鬼”…」と呟いた。
対して圭介は、訳が分からなかった。
「何なんだよ!!お前たちは!!“魔女”とか“エスパー”とか、化け物集団かよ!!」
圭介のその言葉に、その場にいた全員――リラですら、顔を青ざめた。
「あなたは何も分かっていないようね。1つ昔話をしましょうか」
そう言って、リラは語り出した。
1人の少年がいました。その少年はとても耳がよく、10m先の木の葉が落ちる音すら聞き分けました。また、鼻もよかったその少年は家から少し離れた公園で遊んでいても、自宅で作っている夕食の匂いを嗅ぎ分けることができました。その少年は足がとても速く、幼稚園の運動会では、幼稚園児とは思えない走りでぶっちぎりの1位。
しかし少年には、一つの悩み事がありました。
それは、自分が人間ではないことです。少年は、満月の夜が大嫌いでした。満月の夜は1人自室に籠もり、布団の中に潜っていました。
――満月を、見ないために。
少年は満月を見ると、獣の耳が頭に生え、獣の尻尾がお尻に生えました。初めて満月を見てしまった夜は、両親が不在だったので見られることはありませんでしたが、もし両親にこの姿を見られたらどうしよう、と、ただそれだけを一心に恐れて、少年は満月の夜は自分の部屋に閉じこもることにしたのです。
そんなある日。
少年は、ある人物に出会いました。自称「寺の住職」の、初対面の男です。その男は、少年を一目見るや、少年の正体を見破ってしまいました。少年は男に寺まで連れて行かれ、その“力”を封印してもらいました。
少年はもう、速い足も、よい耳や鼻も失ってしまいましたが、満月を恐れることはなくなりました。