ハッピース
「何でそれを…」
知っているのか、と圭介の顔は青ざめていく。
今リラが語った「昔話」は、全て在りし日の圭介の姿だ。
「もう1度言うわ。ハッピースへようこそ、“力”を封印された狼男くん?」
「ハッピース、って何なんだよ!!」
吠える圭介に、リラは目を伏せため息をついた。
「あなたは自分の立場がまるで分かってないようね。あんな雑魚モンスター一匹倒せないようじゃ生きていけないわよ?」
鋭くなったリラの瞳に、圭介は怯む。その鋭い瞳は先ほど彼女が使った細身の剣を連想させた。
「もう1つ、昔話をするわね。よく聞いてなさい」
“もう1つの世界の話”――聞いたことないかしら?ないなら別にいいけど。話を進めるわね?
この世界は人間の世界。人間だけが住んでいる。けどもう1つの世界は、人間以外の様々な生き物が住んでいるの。デーモン、ヴァンパイア、ウィッチ――ドラゴンもいるわ。
彼らにとって、人間は好ましい餌になるの。魔法も使わないし、変な能力も持っていない。彼らが人間を狩るのにそう時間は掛からないわ。
けど、彼らの中にも人間と共存したいと考えている者もいる。
だけど人間にとって彼らは恐怖の対象でしかないから、心優しい種族すら忌み嫌う。
忌み嫌われても尚、人間が彼らに食べられるのを見て見ぬふりしようなんて考えない者がいた。彼は“世界の狭間”に陣取って、彼らが人間に出会ってしまう前に倒してしまおう、と考えた。
「それが、此処。さっき門のとこで紙拾ってたじゃない」
圭介はズボンのポケットに手を突っ込んだ。
“世界に否定された者が救う世界
ハッピース”
――そういうことだったのか
「あんたたちは誰にも感謝されないボランティアをしてるって訳か」
圭介は決心した。あの姿を親に見られることを恐れてた昔の自分が馬鹿みたいに感じた。
「ボランティア、って何か違う気がするけど…」
首を傾げるリラに、圭介が反論する。
「大体合ってるだろ。金貰ってねえんだし」
「それもそうね。で、あなたにはハッピースに入ってもらうけど?」
「ああ、いいぜ!!」
今度は即答だった。この“力”が誰かの役に立つなんて考えてなかった。
「じゃ、毎日此処に来てちょうだい」
「学校は?」
「行ってもいいわよ」
「ふうん、」
そんなものか。そういえば――気になることが1つあった。
「何でハッピースなんだ?」
「みんなの幸せと世界の平和のために、ってことで」
「ハッピーとピース掛け合わせてハッピースとか超絶ダセエ」
「創立者が付けた名前なのよ」
小学生でもまだマシなネーミングをすると思う。
「封印は……今解いちゃいましょうか?」
「できんの?」
「だって私魔女だし」
その一言で、場が凍り付いた。魔女だからといって、そんな他人の掛けた封印を解くなんて高度な魔法は使えない。
「じょ、冗談よ冗談。“住職”から封印の鍵貰ってるんだってば」
ジト目でこちらを見る仲間たちに、リラは言い訳する。その内容には、圭介にとって聞き逃せない単語が入っていた。
「“住職”!?あ…あいつと知り合いなのか!?」
「知り合いも何も、彼はハッピースの創立者だもの」
自分が偉い訳ではあるまいに、何故か胸を張るリラ。
「ハッピース」というダサイことこの上ない名前を付けたのが、幼い頃の自分の恩人だったとは、圭介は思いもよらなかった。