ハッピース
圭介は洋館に入ってみることにした。
先程来た雑草で鬱蒼とした道を通って屋敷の正面に出る。
「ん?」
慌てた堀田が開け放したまま帰ったのだろう。開いている門扉の近くに紙切れが落ちていた。
“世界に否定された者が救う世界
ハッピース”
それだけが書かれた、名刺サイズの紙。
「ハッピース…って、何だ?」
堀田が落としたのか。
――それとも。
さっきの金髪の女が落としたのかもしれない。
圭介は拾った紙切れをズボンのポケットに突っ込んで、洋館のドアを開けた。
身構えたが、玄関ホールには誰もいなかった。
「ガキじゃねえんだから」幽霊なんて信じるものか。圭介は中に入り、ドアを閉めた。
心なしか、明るかった。ふと壁を見れば、足元の高さに電灯が付いている。
ということは。
「…幽霊なんかじゃねえ」
誰かが、住んでいる。
かくして、圭介の幽霊屋敷探索が始まった。
圭介は幼稚園の頃、お化けが出ると言われていた、ずっと使われていない幼稚園の物置に水樹やほかの友人たちと入ったことがあった。
ずっと使われていなかったから、誰が掃除をするわけでもなく、呼吸をしただけで埃で咽せたことを、壁の隅々には蜘蛛の巣が張っていて幼心に気味が悪かったことを、今でも覚えている。
それなのに此処は、蜘蛛の巣どころか、塵一つ無い。絶対に空き家であるはずがない。
こうして、圭介の幽霊屋敷探索、もとい住人捜しが始まったのだ。
まず、1階から捜してみることにした。圭介はドアというドアをひっくり返すように、順々に開けていった。食堂、台所、水洗トイレにシャワー付きの風呂……どうやら水道が通っているようだ。圭介が台所の蛇口を回すと、冷たい透明な水が出た。
圭介は、先ほどの中庭に続いているらしいドアを見つけた。先ほどの金髪の女はこのドアから中に入ったのだろう。ドアを開ければ、草が生い茂っている。これならば外からは、このドアの存在を知らない者は気づくことはないだろう。
「やっぱり、幽霊なんかじゃねえ」
ふと。
「!?」
視界を、何かが横切った。
「誰だ!?さっきの女か?」
しかし周りを見回しても、そこには仄暗い灰色の闇しかなく、あの光り輝く金色の髪を目に止めることはなかった。
そして。また。
「あそこか!?」
圭介の視界を横切るナニカを、圭介は追いかけた。
それは、黒い布であるようだった。黒い布は、追いかける圭介から逃げる。布が階段を駆け上がり、圭介が2階にたどり着いた瞬間、見失った。
「何処に行った!?」
階段を上がってすぐ、目の前のドアを開けた瞬間、圭介は後ろから切りつけられた。
「!? あう…」
振り返ると、先ほどのあの黒い布が、嗤っていた。見れば体がなく、黒い球体のような顔に布を被っているようだった。
――幽霊なんか、信じるものか!!
「何なんだよお前は!!」
――俺は人外も伝説の生き物も、信じねえんだよ!!
「けどな、喧嘩なら相手してやるぜ!!かかって来いよ!!黒玉(くろだま)!!」
黒い球体が、ニヤリと笑った。
そんなとき。
「馬鹿じゃないの!!?」
女の声が、どこかから聞こえた。
――そして。
黒玉は、背後から細身の剣に斬られていた。
「あなたねえ、“覚醒”なしでモンスターと戦おうなんて命知らずのすることだわ!!…って、私もあんまり人のこと言えないけど……せめて武器は持たないと駄目じゃない!!」
黒玉の後ろから現れた金髪の女に、まくし立てられた。
(…あれ?初対面、だよな?)
初対面の、しかも女にまくし立てられるのは初めてだ。というかこの女は今なんと言った?理解不能なことを言っていなかったか?「モンスター」だとか「覚醒」だとか。
「そんなに考えなしの子供だとは思わなかったわ」
腰まで伸びた髪を払うと、圭介の顔を見て言う。
「“ハッピース”へようこそ。未“覚醒”の狼男くん?」
ムカつくことを言われた気がする。「子供」だとか「未覚醒」だとか、というか。
「お、狼男って…」
怯む圭介に、金髪の女はニコッと笑った。