ヤドカリ
5
とっさに出た言い訳は一度思いついて笑い飛ばしたものだった。なんてひどい言い訳だろう。そんな言い訳を思いついた自分に心底あきれたが、それを理由に今後も彼女と抱き合えるかもしれないことに高揚してもいた。それ程、彼女との一夜は甘美だったのだ。
彼女は私の言い訳をどう思っているのか、その日以降も私を家に誘い、泊りに行くたびに肌を合わせるようになった。そしてその頻度は徐々に増えていった。
彼女は二度と「何故」とは尋ねてはこなかったし、私もまた彼女に尋ねることはしなかった。それを尋ねてしまえば何かが壊れてしまいそうだったから。
バイトが終わると彼女の家に二人で帰り、順番に風呂に入り、世間話をする。たまに酒を呑むこともある。夜が更けてきた頃に彼女が擦り寄ってくるのが合図。私はその求めに応じる。そんな日々を繰り返していた。
「葵の前髪、下ろしてる方が好きだな」
二人で布団にくるまっていると、隣から顔を覗き込みながら絶頂の後のけだるい声色で彼女が言う。
「そうなの?」
「たまにドキッとするよ」
冗談めかしていてもそんなことを言われてはこちらがドキッとする。それを気取られないよう、笑って誤魔化す。
「なんじゃそりゃ」
彼女は頬を緩めて私の前髪を弄ぶ。
「いつも下ろしてればいいのに」
なんとなく彼女の言葉に素直に従いたくはなかった。
「だって邪魔臭いじゃん」
「短くはしないの?」
「おでこに髪が掛かるのが嫌いなの」
「ふうん」
そう言うと、彼女はくしゃくしゃと私の髪をかき混ぜて、私は「ちょっと」とか「やめんか」とか笑いながら言って髪を直した。そうやって二人でじゃれあっているときにも冷静な自分が常に耳元で囁き続ける。
勘違いするな。
いい気になるな。
いつか、彼女に求められなくなる日がやってくる。
そのときまで私の気持ちは悟られてはならない。
創りあげた偽りの自分を蔑まれるのは構わない。でも、自分の本心を知られて哀れみの目で見られることは我慢できなかった。