ヤドカリ
4
朝、目が覚めると頭がボーっとしていた。まだアルコールが残っているみたいだ。寝返りを打って、直接肌に伝わるシーツの感触で自分が何も身につけていない事に気付く。
あ、そうか。私、昨日葵としたんだ。
その時のことを思い出し、口元が綻ぶ。
酔っていたとはいえ大胆な行動に出たものだけど、まさか受け入れてくれるとは思わなかった。もしかして葵も私のことを好きでいてくれたとか? いかん、いかん。にやけが止まらない。
葵、綺麗だったなあ。
昨夜を思い出し、自分の爪を見る。少し伸びた爪は彼女を傷つけてしまいそうだった。短く整えておかなければとニヤニヤしていると葵に声を掛けられた。
「あ、起きたの? おはよう」
「うん、おはよう」
満面の笑みで返したのに葵は自分で入れたコーヒーを啜り、新聞なんて読み始める。
なんだ? 照れてるのか?
そんな葵が可愛くて、ますますにやける顔を整えながら、裸のままベッドから出て着替える。昨夜脱ぎ捨てたはずの服は洗濯かごの中に入っていた。気が利くじゃないか。顔を洗い、歯を磨き、閉まっていたカーテンを開ける。私もコーヒーを入れ、葵の向かいに座ってその顔を眺める。
「昨日のこと、どの程度覚えてるの?」
私には見向きもせず、新聞に目を落としながら尋ねられる。
「え、全部覚えてると思うよ」
「あ、そうなんだ」
それだけ言ってまたコーヒーを啜っている。あまりに淡白すぎるその態度が気に食わない。忘れていても構わなかったとでも言いたいのか。じゃあ、昨日のことはなんだったんだ。期待していた甘いものとはかけ離れた雰囲気。葵は一体どういうつもりで寝たんだろう。さっきまで自分ばかりがのぼせていたことを悟られないよう、コーヒーを飲むことで不機嫌な表情を隠した。
なんだろう、この空気。気持ちが悪い。
なんとも言えない居心地の悪さを誤魔化そうとテレビを点けてみた。大して面白くも無い番組をボーっと眺める。もう、葵の顔をまともに見られない。それでも訊かずにはいられなかった。
「葵、昨日なんでしたの?」
ばさりと新聞をめくる音。しばしの沈黙の後、葵の言葉に指先が凍る。
「別に。なんとなくいいかなと思って。いつも泊めてもらってるし、宿賃ってことにしておけばいいんじゃない」
冷えた指先を温めようとコーヒーカップを両手で包み込む。
「宿賃?」
「うん、宿賃」
窓もドアも締め切っているはずなのに、耳元を冷たい風が通り過ぎるのを感じる。
「じゃあ、また泊るときに請求してもいいんだ」
精一杯の皮肉を込めて言った言葉に葵はくすりと鼻で笑った。
「いいんじゃない」