小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

チャネリング@ラヴァーズ

INDEX|9ページ/27ページ|

次のページ前のページ
 

佐井野は倒れた鈴木という名の女子生徒を抱き上げ、保健室に運ぶことにした。保健室に着くと、養護教諭の指示でしばらく保健室のベッドで休ませることになった。ベッドに横になっても、彼女は依然気を失ったままだった。
「あなたたち鈴木さんのお友達?どうも、ちょっとした貧血みたいだから、目が覚めるまで見ててあげて。」
女性の養護教諭が脈を取りながら二人に言った。二人はベッドの脇で見守ることにした。しばらくすると、少しだけ外出する、といって養護教諭は保健室から出て行った。
 養護教諭が外へ出て行くと、佐井野は鞄に入れて持っていたイタコ道具を一式取り出した。
「今がチャンスだべ。今から口寄せして彼女に憑いている霊を呼ぶ。」
「わかった!馬のオシラサマも準備オッケーよ。」
貴子はうなずき、背中に挟んでもち歩いているシラガミサマを取り出し、佐井野から梓弓マシンガンと梵字手榴弾を受け取った。
白い半纏を羽織った佐井野が保健室の床に座り、口寄せのための念仏を唱え始めた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏の六字がなるや……。」
佐井野が眠り始める。その途端、保健室に置かれている様々な器具や椅子が、ガタガタと鳴り始めた。貴子は保健室の中を歩き回りながら、梓弓マシンガンを一発づつ発射して低級霊が騒ぐ音を鎮めた。鈴木という名の女性とも目覚めなかった。
「さあ、どっからでもかかってらっしゃい!」
貴子は威勢良く大声で言ったが、今回は低級霊もその姿までは現さなかった。やがて佐井野が、上半身だけベッドからむくりと起き上がった。前回と同様、白目のままの佐井野が、貴子に顔を向けると、
「……あなたは誰?」
と、言った。それは、若い女の声だった。今回は意外とあっさりと佐井野の身体に霊が降りた。貴子は慌てて、
「は、初めまして、私は白石貴子。」
と、自己紹介をした。思ったより早く霊が降りたようだ。久しぶりの霊との対話に、貴子は少し緊張した。
 佐井野は立ち上がると、鈴木が眠っているベッドの脇に腰掛けた。目の前の人間は確かに佐井野瓦であるが、憑依される度にまったく別人のような顔つきになる、と貴子は思った。
「ここはどこ?」
「学校の保健室よ。」
眠る鈴木の顔を覗き込んだまま、佐井野の女の声が尋ねた。貴はそれに答えた。その時、
―ぐうぅぐる、きゅるる
と、佐井野のお腹が鳴る音がした。
「あ!」
と小さく叫ぶと、佐井野の顔が赤くなった。まるで少女のような、あどけない表情だった。
「もしかして、お腹がすいているの?」
貴子がたずねると、佐井野はこくりとうなずいた。
「待って、そういえば私チョコバー持ってる。」
貴子は鞄を開けて、たまたま持っていたチョコバーを女の霊が取り付いている佐井野に手渡した。彼はありがとう、と呟くと素直に受け取った。そして、
「私、チョコが好きなんだ。」
と言うと、嬉しそうな顔でチョコバーをほお張り始めた。そんな今回の霊に、孝子はどこか親しみを感じ始めていた。貴子は改めて名前を尋ねた。
「あなたの名前は?」
「私は橋本清美。」
佐井野に取り憑いている霊は、自ら名前を名乗った。だがその時、橋本清美と名乗る霊は貴子の後ろで何かを発見した。
「あ!体重計だわ、乗らなきゃ!」
がばっと布団を避けて起き上がると、保健室においてある身体測定用の体重計に飛び乗った。
「た、体重計?」
突然の行動に驚いて、ベッドのそばで立ち尽くしたままの貴子を余所に、彼女は体重計のメモリを注視していた。そしてメモリを確認すると、今度は身体を抱えてぶるぶると震え始めた。
「嘘よ、嘘!どうしよう!」
 そのまま床に屈みこみ頭を抱えていた。貴子があわててそばに駆け寄った。
「だ、大丈夫‽それはあなたの体重じゃないから安心して!」
貴子は思わずいつもどおりの天然ぼけを発揮したが、佐井野に憑いている霊の言動に戸惑い、オロオロとするばかりだった。やがて貴子の顔を見上げると、
「今すぐ走らなきゃ!」
と言って保健室のドアを開け、佐井野の身体に憑依したまま校舎の外へと走っていった。
「ちょ、ちょっと待って!」
貴子はベッドに眠る鈴木という女子生徒を置いたまま、すぐにその後をあわてて追いかけた。
 校舎から出ると、霊は佐井野の身体を借りたまま、運動場の競技トラックを走り始めた。霊は今、男子である佐井野に取り憑いているが、体力は霊と同じ女子の体力のままのようで、足の速さは貴子より特に早いわけでもなかった。後ろを追いかけてきた貴子は、トラックを一心不乱に走り続けているその姿に戸惑ったが、万が一のために自分も一緒に走り始めた。
やがて陽がずいぶんと西へ傾き始めた。走った距離がトラック何週目なのか、わからなくなったところで、佐井野の足はようやく止まった。二人ともかなり息があがっており、競技トラックから外れた地面の上に倒れこんだ。貴子も芝生の上に仰向けのまましばらく動けなかった。
 仰向けのまま貴子は首を回して佐井野を見た。自分と同じように仰向けのまままだ荒い息を吐いていた。貴子は這って前進し、佐井野のそばまで来た。
 佐井野はしばらく目を瞑っていたが、貴子が近くまで来ると、目をあけて上半身だけ起き上がった。
「……わいだべ。」
「あれ、佐井野君?」
 それはまぎれもなく方言なまりの佐井野の声だった。走り終わったのと同時に憑依も終わったらしい。
「彼女、一体どうしたの?」
貴子がまだ息をぜいぜいとさせながら、佐井野に尋ねた。
「わからん。何か思い出したことがあって、外に飛び出していったみたいだ。」
「保健室で寝ている鈴木さんのところへ戻ったのかしら?」
「とりあえず、保健室へ戻ろう。さて、わいが何故これだけ運動場を走らされたのか、報告してくれ。」
 呼吸が元に戻ると、佐井野は手を伸ばして貴子の手を掴み、身体ごと引っ張り起こした。保健室に向かって歩きながら、これまでの一部始終を貴子は佐井野に話して聞かせた。
保健室の窓には、西日がいっぱいに差し込んでいた。時計の針はもう5時に近い。二人が傍らに座ると、女生徒はベッドの上で眼を覚ました。ふたりに気づくと、
「……ここはどこ?」
と驚いて、上半身だけをベッドから起こした。佐井野が口寄せした橋本清美と名乗った霊よりも、やや低く気弱そうな声だった。
「保健室です。私たちは1年生の白石貴子と佐井野瓦です。鈴木さんが学食で急に倒れたのを見て、この保健室に運んだの。気分はどうですか?」
「ええ、もう大丈夫よ。私は2年4組の鈴木由利奈。助けてくれてありがとう。」
鈴木はようやく事態を飲み込めたらしく、うなずくと貴子たちに礼を言った。近くで見ると、その身体はさらに痩せて見えた。
すると佐井野が、眼鏡越しに鈴木の顔を覗き込み、
「……鈴木さん失礼ですが、聞きたいことがあります。あなた今かなり激しいダイエットをされていますね?」
と、言った。その言葉を聞くと、鈴木由利奈は驚いた顔で佐井野を見た。貴子もまた驚いて鈴木の顔を見ると、彼女はゆっくりとうなずいた。
「……どうして、わかったんですか?」
「勘です。ところで、これを鞄に入れて持っていてほしいんですけど。」
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵