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チャネリング@ラヴァーズ

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貴子が屋上への入り口のドアを開けると、小林が屋上のフェンスを乗り越えようとしていた。そして佐井野が後ろからすぐ貴子に追いついた。
「見て、佐井野!」
「捕まえるんだ!あの霊が飛び降り自殺していたら、また同じことをするべ。わいが口寄せであの霊をわいの身体に乗り移らせる。おめは今すぐあいつを止めるんだ!」
「わかった!」
貴子が全力で走り小林のそばまで来たとき、小林は今まさにフェンスから飛び降りるところだった。
「待って!」
貴子の声を聞いたとたん、小林は貴子を振り返った。だがすぐに下を見て飛び降りる体勢になった。
「だめよ!」
貴子が小林のシャツの端を掴んだ。すると急に頭上が翳った。貴子が見あげると、
空に何百匹という黒いカラスが舞っていた。カア、カア、カアと鳴きながら、そのうちの数十羽が貴子めがけて一斉に飛び掛ってきた。
「キャー‼」
「白石、受け取れ!」
 佐井野が後方から梓弓マシンガンを投げた。貴子は手を伸ばして地面に落ちたマシンガンを引き寄せると、襲い来るカラスめがけて梓弓マシンガンの引き金を引いた。
 ヒュンヒュンヒュンヒュン、と高い金属音をたてて貴子はマシンガンを打ちまくった。カラスはギャアギャアと鳴きながら、なおも貴子に襲い掛かったが、やがてほとんどのカラスを追い払った。その隙に、貴子は再び小林に駆け寄った。小林はまだフェンスの上にいた。
「小林君!」
貴子は小林の腕を掴むと、自分の方に思いっきり引っ張った。すると小林はフェンスに片足をかけたまま、突然、力が抜けたように後ろ向きに倒れた。
「うわ!」
落ちた小林が頭を打つ寸前に、貴子はその身体の下に滑り込み、どうにか上半身を支えた。見ると小林は気を失っているようだった。貴子は引っかかった片足をフェンスから引きずり降ろすと、身体のあちこちを見て無事を確認した。
その時、佐井野が閉めたはずの屋上のドアが、バタン!と開いた。振り向いてみると、白い半纏を着たまま佐井野が立っていた。だが、なんとなく様子がおかしかった。
「佐井野?」
貴子は呼びかけたが、佐井野はその声にまったく反応しなかった。見ると手元にイラタカの数珠がない。はっとして顔を見た。目の中に黒目がなく、白目のままだった。
―霊に乗っ取られたんだわ!
貴子は佐井野の危機に気がついた。悪霊に取り獲りつかれてしまった佐井野は、貴子には眼もくれずつかつかと反対側の屋上の縁まで歩いて行った。そして先ほどの小林のように、フェンスに飛びつくとそのまま金網をよじ登り始めた。貴子はすぐさま佐井野に駆け寄り、佐井野の左腕を捕まえた。だが佐井野は、
「じゃまするな!」
と、強い力で貴子の腕を振り解いた。貴子はその勢いで1メートルほど後ろに倒された。
「いたーい!」
転んでしりもちを突いた貴子は、痛みで叫んだ。どうやら今度は佐井野が悪霊に憑依されているようだった。すでにフェンスを乗り越えて、屋上の細い縁に立っている。慌てて立ち上がると、
「やめて、どこ行くの!」
と叫んだ。その声に反応して、悪霊に完全に憑依されている佐井野が振り返った。そして手を伸ばし、空に向かってまっすぐに指差した。その顔は笑っていた。白目のままで笑う不気味な顔を見て、貴子はぞっとした。屋上に吹く強い風が、貴子の長い髪をなびかせている。貴子はどうにか飛び降りを止めようと、
「自由になりたい気持ち、私もよくわかるわ!」
と、必死で叫んだ。
「なら、君も一緒に行かないか。」
佐井野は手のひらを貴子に向けて言った。うなずくと貴子は、佐井野のそばへとおそるおそる近づいて行った。そして背中に挟んでいた馬の頭のシラガミサマを抜き出し、佐井野からは見えないようにして片手に持つと、それを隠したまま近づいていった。貴子は佐井野の右手をつかんだ。
「でも、誰かを巻き添えにして死ぬのは、ルール違反よ!」
貴子は佐井野の手を自分のほうへ思いっきり引き寄せた。だがその手はあっという間に振り解かれた。
貴子はすぐに馬のオシラサマを持った手を佐井野に向かって伸ばしたが、あと少しのところで届かなかった。
佐井野は飛び降りた。重力に従うまま、佐井野の身体がみるみる落ちていく。
「佐井野!」
貴子は叫び、反射神経のように手に持っていた馬のオシラミサマを佐井野に向かって投げた。
「オシラサマ!」
オシラサマはくるくると回りながら佐井野に向かってまっすぐ飛んでいった。貴子はフェンスに乗り出して下を覗き込んだ。
オシラサマは空中で、ぼわん、と白い煙になった。その煙はすぐさま形を変え、真っ白な一匹の馬に変身した。そしてそのまま佐井野の身体を背中に乗せると、屋上へと戻ってきた。貴子はまるで夢を見ているような気分だった。オシラサマは貴子のそばまで戻ってくると、佐井野を屋上に降ろした。そして、またもとの桑の木の棒切れに戻った。
「佐井野!」
貴子は倒れた佐井野に駆け寄った。貴子が上半身を抱き上げると、佐井野は目を開いた。
「……オシラサマがあいつを払いのけてくれたべ。」
いつもの佐井野の声だった。無事を確認した貴子は、ほっとして全身の力が抜けるようだった。そのまま自分も屋上の床に寝転んだ。首を回して隣りを見ると、棒切れに戻った馬のオシラサマの顔が、貴子のほうへ向いていた。その顔はいつもよりもさらに笑っているように見えた。
そのままの姿勢で貴子は空を見あげた。雲がゆっくりと流れていた。その雲を眺めていた時、貴子はあることを思いついた。
「そうだ!」
起き上がると、貴子はそのアイデアを佐井野に話した。

貴子は日曜日、小林を無理やりに彼の家から連れ出し、佐井野と3人で電車に乗せた。
「どこ連れて行くんだ?」
「いいから来るのよ!」
3人は大きな遊水地のほとりに着いた。そこはどこまでも緑の草原が広がる河川敷だった。
「これからあれに乗るのよ!」
貴子がある場所に置かれた看板を指差した。その看板には〝気球乗り場〟と書かれていた。
「気球!」
と、小林が目を丸くして言った。
巨大な気球の球皮が、広場の草むらの上に伸ばされていた。気球の搭乗サービスを運営する会社のスタッフたちが、球皮に風を送り始め、貴子たちもそれを手伝った。球皮に空気がいっぱいになり、火がつけられどんどんと膨らんでいく。
三人は気球を操縦するスタッフの一人と共に気球のバスケットに乗りこんだ。頭上のバーナーの熱気が、興奮をさらに高めた。
「ドキドキするわ!」
気球は空を飛び始めた。気球はどんどんと高度を上げていった。家々の屋根が見え、町の広がりが遥か彼方まで見えた。遠くに山が見え、河が長く流れているのが見えた。
「家の屋根って、上からこんな風に見るとおもしろいね。」
貴子が感心するように言った。
「こげなもんは、青森でも乗ったことはなかったべ。」
普段めったに感情を表さない佐井野も、気持ちよさそうな顔をした。風になびく髪を押さえながら、貴子も大きくうなずいた。
「ほら、佐井野。東京にも青空があったでしょう?」
「……そうだな。」
貴子が佐井野の顔を覗き込むように言った。佐井野は光の眩しさに目を細めて、そんな貴子を見た。
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵