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チャネリング@ラヴァーズ

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佐井野はプラスチックのカップに入ったレタスを、ばりばりと噛み千切りながら、うらめしそうに貴子を見た。
「わいは、こげな東京さ来たなかった。東大行くなら早いうちに直したほうがいいって、親がわいを高校生のうちから上京させたんだべ。」
 貴子は佐井野が無口でクールな性格だと女子に騒がれていたことを思い出した。改めて佐井野の顔をまじまじと見た。確かに方言まるだしで喋っているのを聞いたら、今の人気はどうなることか。アイドルとは、完璧に見えて生身をよく知るとそうでもない、と貴子は思った。
貴子の食事が終わると、
「オシラサマはどうしたべ。」
「家に置いてあるわ。」
「いや、おめの鞄の中に入っているはずだべ。」
「……何言ってるの?」
貴子はおそるおそる自分の鞄の中を開けてみた。すると、確かに馬のオシラサマが中に入っていた。
「本当だわ!入れた覚えはないのに!どういう事‽」
「いつもおめを守ってくれているんだべ。これからも肌身離さず持ち歩くんだ。」
貴子はソファの背もたれに深くもたれ、オシラサマの顔を眺めた。その時、佐井野はなにげなく貴子の胸元を見た。すると近くで見る貴子の胸が、意外と大きいように感じた。急に気恥ずかしさと戸惑いを感じた佐井野は、思わずその胸元から眼をそらした。だが貴子は佐井野の視線の先に気がついていないようだった。佐井野は再びさりげなく貴子の胸を見た。

次の日の休み時間、貴子は、
「なあ、いたこ。」
と後ろの席に座っている男子から声をかけられた。
「何?」
「実はさ、お前が逆ナンパしてるっていう噂を聞いたんだけど。」
貴子は飲んでいたペットボトルのお茶を噴出した。
「ち、違うわよ!それは誤解よ!」
「そうなんだ。よかった。いや、他のクラスの奴らから痛いと思われているらしくてさ、俺は仲いいから注意しようと思って。」
「……ありがとう。」
 貴子は自分が美人でもっとまともだったらこんな誤解を受けなかっただろうと、いつも失敗ばかりの自分の身を嘆いた。
「あと、そのさ……。」
「何よ?」
「いや、やっぱいい。」
後ろの席の男子は貴子に何かを言いかけたが、途中でその話を止めた。
そして放課後になるたび、小林を尾行したり佐井野に呼び出されたりした貴子は、ついに部活に入りそびれた。

その後、佐井野は授業中に何度か交霊した。しかしそれでも小林に悪霊が取り付いた原因はまったくわからなかった。
進学校である貴子たちの高校は、放課後になると体育館やクラブ棟で部活動をする生徒以外は、生徒の姿がまったく見当たらなくなる。人気のない教室棟から貴子と佐井野は並んで帰った。ふたりの帰る方向は、佐井野が一人暮らしで住んでいるマンションまで同じだった。
「小林君、何で窓の外ばかり見てるんだろ。」
「んだな。たぶんそれが原因だべ。」
「空に理由があるのかな。」
と言って、貴子は背伸びして空を見あげた
「それにしても今日は気持ちがいいね、最高の青空だね!」
「そうか?……東京には、本物の空がないべ。」
「え?何いってるの?東京でも空は空よ。」
貴子は頭上の青空を確かめた。普段どおりの春の青空に思えた。
「……わいの知っている青森の空は、もっと深くて青い、本物の青空だべ。」
「……そう。」
呟いた佐井野の声にはどこか元気がなかった。貴子はそっと佐井野の横顔を盗み見た。めったに感情を表さない佐井野の顔に、寂しげに揺れる雲のような影が流れた気がした。
「そういえば、おめに渡した馬のオシラサマ今日もちゃんと持っているべか?」
「ああ、オシラサマはあんたの言いつけ通り、肌身は出さず持っているよ。」
「どこに?」
貴子はにやっと笑うと、ベストを脱いで、背中を向けた。シャツの一部が不自然に盛り上がっている。
「ここ。」
「ここ?」
佐井野が思わず貴子の背中に顔を近づけた。
「背中とブラジャーのあいだに、挟んであるのよ。」
「ぶ、ぶ、ぶ‽な、なんだってー‽オシラサマは神様だべぞ!」
「肌身離さず持ってろといったのはあんたでしょ。痒いときは孫の手の代わりにもなるし、最近ではけっこう気に入って重宝してるのよね。」
「孫の手‼」
佐井野は思いもよらないオシラサマの処遇に打ちのめされたようだった。
「……おめをアシスタントに採用したのはやっぱり間違えだったっべ。」
「何よ、いいじゃない、別に!誰にも知られてないし!」
 貴子が背中に何かを挟んでいることは、実は貴子の後ろの席の男子にだけはすでにばれていた。背中がいつも不自然に膨らんでいるからである。ただその男子生徒が貴子に対して黙っているだけだった。その男子生徒はそれを孫の手だと思っていた。貴子の知らないところで、「白石貴子はやはり痛い奴」という噂はますます広がっていた。

何度か顔を合わせるようになって、小林と貴子はだんだんと打ち解けるようになった。入学式が済んでもう一ヶ月近く経つというのに、小林はいつも一人だった。どうやら自分から友達を作っていないように見えた。貴子は屋上に上がると、フェンスにもたれて小林の横顔を眺めた。いつ見ても、それは生気のない寂しそうな顔だった。
「……小林君はどうして、友達をつくらないの?部活にでも入ったらいいのに。」
「めんどくさいから。それに今はこうして空を眺めていたいんだ。」
その時貴子は、小林が自分の胸元に小さなピンバッジを付けていることに気がついた。貴子は近づいてそのバッジを見た。
「これは何のバッジ?」
「ああ、これは飛行機だよ。」
「飛行機?」
「……実は僕は飛行機のパイロットになることが子どもの頃からの夢だったんだ。……でもその夢も航空高校の受験に失敗して潰えてしまったけどね。」
その瞬間、貴子は悪霊が小林の身体に取り入った原因に気がついた。
「それからこの高校に入ったんだ。けどそれから何もやる気が起こらなくて。僕はこの先の3年間、抜け殻みたいに生きていくんだろうね。」
と言うと、小林は大きなため息をついた。

貴子は小林と別れると、すぐに特進クラスの教室で自習している佐井野のところに飛んで行った。貴子が教室へ駆け込むと、佐井野はいつもどおり電子辞書と参考書を開いて勉強をしていた。
「おい‼ガリ勉‼」
「……なんだべ。」
「ついに見つけたわ!あの霊が小林君に取りついた原因を!」
「何だと‽本当か‽」
貴子は佐井野の前の席の椅子に座ると、小林が航空学校の高校受験に失敗して以来、そのショックから立ち上がれていない話をした。
「小林君は空に憧れて、飛ぶことに強い関心があるのよ!」
「悪霊の死因はおそらく飛び降り自殺だろう。それも小林と同じように空に憧れがあったから、飛び降りたんだ。小林は高校受験に失敗して弱った心に取り込まれたんだべ。」
「でも、どうしたらいい?」
「んだな。」
貴子がふと窓の外を見た。貴子の目にサッと何かの影が映った。それは片方の白い靴のようだった。貴子は何か異常な直感を感じた。佐井野も貴子の視線の先を見た。どうやら佐井野も同じ直感を感じたようだった。
「屋上に行かなきゃ!」
貴子はすぐに教室を飛び出し、階段を駆け上がった。佐井野も、イタコ道具が入った柳行李を脇に抱えて貴子の後を追った。
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵