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チャネリング@ラヴァーズ

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ようやく眼が覚めた。
「馬‼」
と叫ぶと、貴子はがばっと飛び起きた。そして辺りを大急ぎで見回した。
 だが起き上がってみると、部屋は静まり返って何の異変もなかった。いつもと変わらぬ貴子の部屋だった。
「……なんだ。やっぱ夢か。」
貴子はさっきまで自分が寝ていたベッドの脇を見た。馬のオシラサマが笑った顔を貴子に向けてそのままそこにあった。

休み時間になると、貴子は廊下や校庭に出てあの窓辺に立つ男子生徒を観察した。彼はいつも教室や廊下の窓辺に佇んでいるのだった。だが貴子の見る限り、その生徒にそれ以外で特に変わったところは見られなかった。貴子はまず、男子生徒と顔なじみになることにした。
「どうしていつも窓の外を眺めているんだすか?」
廊下で話しかけると、相手は驚いて貴子を見た。
「……君は誰?」
「私は10組の白石貴子です。」
 とりあえず貴子は相手に挨拶した。男子生徒は貴子よりやや背が高いが猫背で、表情がどことなく暗い。目線もうつろで生気がない感じがした。
「僕は小林達也。後ろの教室、4組だ。」
会話してみても、やはり何の変哲もないただの男子高校生に見える。貴子はふたたび質問した。
「どうしていつも空ばかり見ているんですか?」
「空を眺めることが好きだから。」
「……そうですよね。」
 それから会話は続かなかった。その後、どう話をつなげていけばいいのかわからなくなった。
「いたこ!」
廊下を通りかかったクラスメイトの北沢まみが、貴子に声をかけた。
「まみ!」
「……もしかして、逆ナンパ?」
「ち、ちがうよ!」
「ごめん、ごめん!お邪魔みたいだからまた今度ね。じゃあ頑張ってね~。」
まみが笑いながら去って行った。
「君のあだ名はいたこっていうの?」
「え?ええ。」
小林が自ら貴子に話しかけ、貴子は返事をした。すると、小林がようやく笑顔を見せた。だがそれはどことなく弱弱しい笑顔だった。

それから数日が経つと、廊下にも教室にも小林の姿が見当たらなくなった。放課後になり貴子が周りに小林の居場所を探し尋ねると、最近はよく屋上に居るという。貴子は屋上に上がった。屋上のフェンス際に小林の姿を見つけた。
「小林君。」
「白石さん。」
「どうしてこんな屋上にひとりでいるの?」
「別に。風に吹かれていたいだけさ。」
「……そう。いい天気だもんね。」
しばらくは一緒に空を眺めていたが、やがてこれ以上一緒にいても埒が明かないと思った。貴子は小林を一人屋上に残したまま、今後を相談するために佐井野が待つ特進クラスの教室に戻ることにした。
屋上から教室へと降りる階段に続くドアをあけると、背後から風がいきよいよく吹いた。その時、貴子は誰かとすれ違った気がした。後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。貴子は自分の気のせいだろうか、と思った。小林はまだ空を眺めていた。階段を降り始めると、強い風が背後のドアをバタンと閉めた。

貴子は佐井野に相談するに事にした。
「そうか結局、本人からは何も聞き出せなかったのか。」
佐井野は電子辞書と参考書を広げながら、貴子の話を聞いた。いつ見ても佐井野は勉強で忙しそうにしていた。
「本人の目の前で除霊してみるべか。」
佐井野は参考書を閉じると、貴子に向き合って言った。
「でも突然、今から除霊しますとか言われたら、誰でも気味悪がるわよ。」
「大丈夫だべ、わいにちょっと考えがある。」
「わかった、なら私が小林君を呼んでくる。」
貴子はまた屋上に上がった。そしてどうにか小林を進クラスの教室まで連れて来ることができた。小林は佐井野の姿を見て目を見開いた。
「君は、特進クラスの佐井野君!」
さすがに学年一の秀才、佐井野瓦のことは、彼もすでに知っているようだった。佐井野は自分と向かい合うようにして椅子を置くと、そこに小林を座らせた。
「君に聞きたいことがあるんだ。」
「何だい?」
「君は最近、寝不足じゃないのか?」
佐井野は丁寧な標準語で小林に話しかけた。普段、貴子に方言で話しかけるときよりも柔らかくゆっくりとした話し方だった。
「どうして、わかったんだ?」
 小林は初対面のはずの佐井野が自分の生活状況に詳しいことに驚いた。佐井野がイタコ道具を入れている柳行李から、一枚の札を取り出した。その札には『地蔵菩薩』という字が書かれ朱色の印が押されていた。
「これを胸に当ててみろ。」
「これを?」
小林は佐井野の言うとおり、その札を胸に当てた。すると、
「あれ?……なんだか気分がすごくいいね。」
と言ったかと思うとすぐに目の前にある机に伏して、やがて眠り始めた。
「どうしたの?」
小林の様子に貴子が驚いて佐井野にたずねた。
「あれは魔よけのお札だべ。今こいつに憑いている悪霊からのプレッシャーを、わいの守り本尊である地蔵菩薩の力を借りて和らげたんだ。でもこの札の効果は今の一瞬だけだ。」
佐井野はロウソクに火をつけ、白い半纏を羽織ると、念仏を唱え始めた。貴子も梓弓と馬のオシラサマを握り締めながら、固唾を飲んで見守った。しかしついには諦めたように、顔を上げた。
「だめだ、かなり強い執念をこの世に残している。やっぱり何か思い残したことがあるんだべ。」
「どうにかそれを見つけ出さなければ、成仏させられないのね。」
「んだ。だが、その原因が何か、聞き出せない限り難しいべ。」
「小林君、ここ最近でずいぶんとやつれてるわ。」
「早くどうにかしないといけない。」
佐井野は目の前に立てたロウソクの火を消し、立ち上がって白い半纏を脱いだ。
「今日のところは目覚めさせて、家に帰そう。この魔よけのお札をこいつの身の回りのどこかに隠して付けさせていれば、しばらくはあの霊に完全に取り付かれるまでの時間を稼ぐことができるはずだ。」
貴子は佐井野に言われるとおり、小林の身体に付けたお札をはがすと、鞄の奥にそのお札を入れた。小林は目を覚ますと、時計を見て、
「あれ、こんなに長く居眠りしていたんだ!」
と言って、すぐに家に帰って行った。

校門を出たところで、佐井野が思い出したように貴子に言った。
「遅くまで手伝わせたし、何かおごるべ。」
「本当に‽やったー‼ハンバーガー食べたい!」
貴子は万歳をして喜んだ。
「……おめはほんと現金な肉食女子だな。」
二人は学校から少し離れたところにあるハンバーガーショップに入った。佐井野は口寄せの日には肉魚を食べないと言って、ミネラルウォーターとサラダだけを注文した。
ハンバーガーを遠慮なくほおばりながら、貴子は佐井野の身のうえ話を色々とたずねた。聞くと佐井野は青森から上京して学校の近くのマンションで一人暮らしをしているそうだった。貴子はいつの間にか佐井野の方言なまりがすっかり気にならなくなっていたことに気がついた。
「もしかして、佐井野君が他人とあまり話さない理由って、その青森弁だったの‽」
「……んだ。まあ、最近はようやく東京もんの話し方がわかってきたから、少しぐらいの会話ならどうにかごまかせる。んだが、長く話をするとすぐばれるから、あまり他人とは口を利かないことにしているんだべ。」
「なんで?方言、可愛いのに!」
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵