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チャネリング@ラヴァーズ

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隊士たちの姿が消えても、貴子はしばらく呆然として動けなかった。背中をひやりと汗が流れた。
「な、なんだったの‽」
貴子は汗を拭うと、はっとして振り返り佐井野を見た。佐井野はこの騒ぎの間も相変わらず座ったままの姿勢で眠り続けていた。
「……あんた、こんな状況でよくも眠っていられるわね。」
やがて、佐井野の前に置いてある灯明の灯りが一瞬大きく揺れた。その時、佐井野の両目がぱちっと開いた。
突然のことに貴子の息も一瞬止まった。しかし貴子は身体を動かさず、そのまま佐井野の顔を見守った。そして奇妙さにすぐに気がついた。
―く、黒目がない!
まぶたを開けた佐井野の目は完全な白目だった。白いまま目玉だけがぎょろりと動いて、そばで覗き込んでいた貴子を見た気がした。
「ひっ!」
貴子は小さく叫んだ。目玉の中にはまだ黒目がなかった。そして白目を貴子に向けたまま微動だにしなかった。貴子は梓弓マシンガンを握り締めたままその顔を見つめていた。しばらくすると佐井野が口を開いた。
「……外は雨が降っているの?」
「え?」
意味がわからず問い返した。そしてその声は佐井野の声ではなかった。若い別人の男の声だった。
佐井野はすっと立ち上がると、そのまま窓辺に行き窓の外を見た。そしてそのまま空を眺めていた。貴子は白目のままの横顔を見守った。
「ねえ、ちょっと……。」
「……君は?」
「私は白石貴子よ。あなたお名前は?」
佐井野は首だけを動かして貴子を見た。貴子は自分から名乗り、目の前の佐井野に憑依している霊に名前を尋ねたが、霊は名前を名乗らなかった。その後も佐井野は窓辺に立ったまま、空を眺めているばかりだった。
「……どうして、あなたは空ばかりを眺めているの?」
「空は自由だから。」
「自由?」
「そう。君は空を飛んでみたいと思ったことはない?」
「空を飛ぶ?鳥のように?」
「そう、鳥のように。」
そう言い終えると、佐井野は白目のままふっと笑った。不気味な笑顔だった。
その時、窓の外を何か大きなものが過ぎった。貴子は一瞬だけその姿を見た。それは人間が逆さに落ちていくところだった。
「きゃー‼」
貴子は恐怖で叫んだ。そしてその時、
―カタカタカタカタ
足元から何かが小刻みに音をたてた。貴子が驚いてその音がしているほうを見ると佐井野が口寄せを始める前に置いていた、童女のオシラサマが小刻みに震えていた。そしてロウソクの明かりが、ふっと消えた。
「あ!」
貴子は小さく叫んだ。すると、窓の外を見ていた佐井野が、急に眼を閉じて前のめりになった。まるで身体からふっと力が抜けたようだった。貴子があわてて佐井野のそばに駆け寄ると、佐井野は貴子の腕に倒れこんだ。佐井野とそれほど背丈の変わらない貴子は、どうにかその身体を支えることができた。
「佐井野君!」
貴子が佐井野の身体を揺すりながら呼びかけると、佐井野が目を開いた。
「……あの霊は、自分からどこかへ行ったな。」
「よかった、もとの佐井野君ね……。」
確かにそれはもとの佐井野の声だった。目の中にしっかりと黒目があり、貴子を見た。佐井野は貴子から身体を離して自分の力で立った。
「今回の口寄せはこれまでだべ。あまり長時間口寄せをやると体力を消耗してしまうんだべ。」
 佐井野は白い半纏を脱ぐと、イタコ道具と貴子に渡していた〝戦闘霊器〟をもとあった場所に仕舞い始めた。貴子が佐井野の顔を見ると、佐井野はずいぶんと汗を掻いていた。

教室から出ると、貴子は先ほどの出来事をすべて佐井野に報告した。二人は校門を出たところにある自販機で冷たいお茶を買い、そばにあるベンチに腰掛けて話し合い始めた。
「そうか。おめは初めてなのに落ち着いて低級霊を除霊して、交霊までできたようだな。大成功だべ。」
「それにしても、どうして新撰組が出てきたの‽」 
「低級霊は、生きている人間をからかうのが好きなんだべ。」
「ふーん。こっちは生きた心地もしなかったわ。それで、これからどうするの?結局、あの霊が彼に取り付いている原因はまったくわからなかったわ。」
「どうにかして、あの霊を成仏させなくてはいけない。このまま取り付いていたら、あいつはあの霊に殺されてしまうべ。」
「まずは、あの霊が彼に執着する原因を探ればいいのね。」
「んだ。そうすれば、成仏させやすくなる。わいの神通力がどこまで通じるかわからんが、とりあえずやるだけやってみるべ。」
貴子は先ほど教室で佐井野から手渡されていた馬のオシラサマを、自分の手にまだ持っていることに気がついた。馬のオシラサマは、何故か貴子の手に馴染みやすかった。話に夢中になって返すのを忘れていたらしい。
「そういえば、これ返すわ。」
と言って、貴子は佐井野に馬のオシラサマを手渡そうとした。佐井野が受け取ろうとすると、馬のオシラサマが佐井野の手の中からふっと逃れて、ひとりでに空中に浮いた。
「え‽」
ふたりが驚いて馬のオシラサマを見ていると、オシラサマはすっと空中を移動して貴子の目の前に来た。貴子は思わず馬のオシラサマを手に掴んだ。
「……何?」
「その馬のオシラサマは、これからはおめが持っていろ。」
「え?」
「どうやら、おめを気に入ったらしい。それに次回もまた使うべ。」
「次回って……もしかして、私はまだ佐井野君に協力するの?」
「あたりまえだべ。それにオシラサマもおめをわいの助っ人に選んだんだ。」
「な、何の借りがあってあんたに協力するのよ!」
佐井野は貴子の頭のこめかみ付近を両手でぐっと掴むと、顔を近づけて貴子の額ぎりぎりまで自分の額をくっつけた。
「駄目なら、おめを呪うぞ。」
貴子は眼を見開き、それから悔しそうに佐井野をにらみつけた。
「……脅迫するの?」
 佐井野はさらに至近距離で貴子の眼をじっと見た。確かに呪われる可能性は十分にあった。貴子はうなだれると、馬のオシラサマをおとなしく自分の鞄にしまった。どうやら貴子はその場でアシスタントに決定した。

こうして、貴子は自分の家に馬の頭のオシラサマを持って帰ることになった。玄関の扉を閉めると、今までにない疲労感がどっと押し寄せてきた。風呂上りにキャミソール一枚のままで部屋に戻ると、鞄の中からオシラサマを取り出しベッドに横になった。横になったまま貴子はしばらくオシラサマの馬の顔を眺めていた。馬のオシラサマはかわいらしく親しみやすいかおをしていて、どこか微笑んでいるようにも見えた。
そういえば幼い頃は、あまり人形遊びをする女の子ではなかったな、と貴子は自分の過去を思い出した。男の子とチャンバラごっこをしたり、そういう遊びのほうが刺激があったのだ。
 昨日まで、幽霊や心霊なんていう言葉とは、何の関係もない世界に生きてきた。進学校に合格したかと思うと、今度はイタコのアシスタントになったり、人生は何が起こるかわからない、ともうすぐ十六歳になる貴子は思った。

―ヒヒーン
 何故か大きな動物が嘶く声が聞こえた気がした。うっすらと眼を開けた貴子はまだ夢のなかかな、と眠気眼のまま思った。
―ヒヒーン、パッカパッカパッカパッカ
 大きな四足の動物が、貴子の部屋の中を嘶きながら元気よく駆け回っているような音がした。
「……部屋に何かいる……この音は……。」
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵