チャネリング@ラヴァーズ
「お知らせ様?そんな機能があったのね。」
「ああ。もしオシラサマが妖気に反応してタダイマを発見したら、すぐさまその場を離れろ。どれだけ離れても、馬のオシラサマがわいの持っている童女のオシラサマに連絡できるべ。」
佐井野は念を押すようにゆっくりと言った。
「宗像達は、その狐がタダイマを発見したら、すぐさま携帯でわいに知らせるんだ。」
「わかった。」
宗像と碧も頷いた。
「あいつが居ないことがわかった稲荷社には、この封印する札を貼っていくんだ。妖狐はこの札には近寄れない。だからその稲荷にはもう隠れることができなくなる。」
佐井野は最後に貴子と宗像それぞれにタダイマを封印するための札を手渡した。こうして4人は、それぞれ3手に分かれて妖狐タダイマを探しに行く事になった。
貴子は町の地図を見ながら、一人で稲荷神社を探しに出かけた。佐井野はわざと人通りの多い住宅街の稲荷社を探させた。
「町中にこれほどお稲荷さんがあるだなんて。」
住宅街の中にある小さな稲荷神社の前にくると、鳥居の前にオシラサマを置いた。タダイマが居れば妖気に反応するはずだった。だがそこではオシラサマに何の変化も起こらなかった。
「ここにも居ないわ。」
貴子は佐井野に渡された札を社殿の扉に貼った。そして元通りオシラサマを自分の背中とブラジャーの間に挟んだ。
「白石さん。」
突然、誰かに呼び止められた。驚いて振り返ると、そこには観月神社の美人女巫女、中村明子がいた。町中だというのに、何故か緋色のはかま履きのままだった。
「あなたは観月神社の!」
「こんにちは。こんな所で何しているの?」
「いえ、ちょっと他人探しを。」
二人は並んで歩き始めた。
「そういえば、うちの狛犬の阿形が、あなたを神社に連れてきてほしいと言ってたわ。」
「え‽お姉さんも阿形と仲良しだったんですか?」
「まあね。」
貴子は彼女の額にうっすらと小さな傷跡があることに気がついた。
「それにしても、あの男の子、すごいわね。」
「誰のことですか?」
「あなたの恋人のことよ。」
巫女姿の中村明子はにっこりと笑って言った。
「恋人?」
「そう。」
貴子はそれが佐井野の事だと気がついた。
「ああ、佐井野の事ですか。でもあいつはそんなんじゃ……。」
そこまで言ってから、貴子は相手に対して何か違和感を抱き、足を止めた。背中のブラに挟んでいるオシラサマが、ブルブルと小刻みに震えているのが分かる。
「あなたは……。」
貴子に向けられていた中村明子の、顔の耳がどんどん尖り、目尻は上に向かって上がり始め、口が左右に裂け始めた。背後には八尾に分かれた尻尾が見えた。そして片手に白い狐の面を持っていた。
貴子はすぐに鞄の中から梓弓マシンガンを取り出そうとした。だが巫女はそれより先に貴子の手首を掴むと、狐の面をすばやく貴子の顔に被せた。
「タダイマ!」
貴子は抵抗して叫んだが、あっという間に狐の面を被せられ、そこで気を失った。
佐井野は町外れの稲荷神社の前にいた。すでに陽が落ちようとしていた。
「ここにも居ないべ。」
立ち去ろうと身体を翻したところに、あの工場の稲荷社の子狐が、貴子に持たせていたはずの梓弓マシンガンを咥えて持ってきた。佐井野は子狐の口元から梓弓マシンガンを取り上げて見た。
「……しまった。白石がタダイマに連れ去られてしまったんだべ。」
佐井野は鞄から童女の顔をしたオシラサマを取り出した。童女のオシラサマは首に鈴をつけている。片手で印を結び、小さくオシラ呪文を唱えた。そのまま空中に放り投げると、それは白い煙となり、着物を着た幼い少女になった。
「オシラサマ、白石が何処に行ったか、わいに教えてくだされ!」
「分かった!あの娘さんとお馬さんはこちらよ!」
あどけない顔つきでうなずくと、パタパタと走り始めた。跳ねるたびに首につけた鈴の音がリンリンと鳴った。佐井野はオシラサマを追いかけ走った。
「ここよ。」
しばらく行くと童女のオシラサマは立ち止まり、指差した。その場所は狛犬の阿形がいるはずのあの観月神社だった。
「ここは観月神社だ!」
佐井野が境内の真ん中まで来ると、本殿の扉がバタンと開いた。
「ははははは!待っていたぞ、佐井野瓦!」
夕陽に照らされて、タダイマの白いはずの身体は、真っ赤に染まって見えた。
「タダイマ!この神社を乗っ取っていたのか!」
「この前は、よくも痛い目にあわせてくれたな!」
「おめも、ずいぶんと諦めの悪い狐だべ。」
「だが、今日の私はすでにお前の弱みを握っている。」
「わいには弱みなどない!」
「そうかな。」
タダイマは髭を動かしてにやりと笑うと、尻尾で自分の後ろを指した。そこには見覚えのある長い髪の人影があった。目を凝らして見ると、それは貴子だった。貴子は狐の顔をした白い面を被せられ、背後の壁にぐったりともたれかかっていた。
「白石!」
佐井野の呼びかけに、反応はなかった。
「本当はその場で殺してやりたかったが、その女が背中に背負っっている強力な呪符のようなものが邪魔して、殺せなかったのだ。」
どうやらそれは貴子が背中に挿して持っている馬のオシラサマの事のようだった。
「食らえ!」
タダイマの目が赤く光ると、8本の尻尾から次々と長い針のようなものが佐井野に向かって飛び出した。
「またしても幻術か!」
佐井野は後ろに大きく飛び上がって、それを軽々と避けた。避けながら佐井野はオシラ呪文を唱えた。すると針は全て枯葉となって、辺りにひらひらと舞った。
「佐井野!」
宗像と碧が、大勢の善狐たちを引き連れて観月神社の境内に入ってきた。その数は百匹近い。狐達は白い色のほかに赤や黒の毛並みをした狐もいた。狐達の体の周りに浮かぶ狐火で、境内はすっかり明るくなった。
「なるほど、多勢に無勢か。」
タダイマはちっと舌打ちした。
「さあ降参しろ、タダイマ!」
「ふん!こちらにも味方はいるぞ!」
タダイマが社殿の欄干から飛び上がり、身体をべったりと地面に伏した。すると、地面から泥のような人間が大勢這い出てきた。よく見るとそれは腐敗したミイラだった。
「キャー!」
碧が宗像に飛びつき、叫んだ。ミイラはみな落ち武者のような姿をしていた。
「この辺り一帯は、戦国時代の古戦場だった、と聞いた事があるな。」
佐井野たちはあっという間に回りをミイラ姿の亡霊に囲まれた。
「全員まとめて集団除霊してやる!」
佐井野は宗像に梓弓マシンガンを渡し、
「しばらく時間を稼いでくれ。」
といって、社殿脇の手水舎に駆け寄った。
「ああ、任せろ!」
宗像は襲いかかるミイラの亡霊に向かって、マシンガンを撃った。善狐たちもそれぞれミイラの亡霊に噛み付き、除霊していった。
その隙に佐井野は、手水舎の水盤の前で呪符を一枚取り出し、オシラ呪文を唱えて符に火をつけ、水盤の水面に浮かべた。火は水面の上でもだんだんと大きく燃え始め、水盤の中の水がだんだんと蒸発していった。水蒸気は小さな灰色の雲となり、観月神社の空をすっぽりと覆うと、やがて雨を降らし始めた。ミイラの亡霊はその雨に打たれた途端、消えて無くなった。
「な、何‽」
タダイマは驚いて空を見あげた。
「これでおまえはおしまいだ、タダイマ!」
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵