チャネリング@ラヴァーズ
2週間が過ぎても、佐井野は妖狐タダイマを見つけられなかった。貴子と佐井野は日曜日に、またあの観月神社の狛犬阿形に会いに行くことにした。
だが二人が神社の入り口に来ても、阿形の咥える玉は石のままだった。
「あれ、今日は狛犬さん喋らないわ。散歩にでも行ってるのかしら?」
貴子は狛犬阿形の口の中をを覗き込んだ。
「おかしいな。確かに今日は狛犬の気配がまったくない。」
佐井野も同じように阿形の口の中を覗き込んだ。佐井野が阿形の行方を捜すために、目を瞑って交霊を始めようとしていると、
「こんにちは。」
と、背後から知らない若い女に声をかけられた。二人は驚いて振り返った。
そこには緋色の袴を着た、若い巫女がいた。年齢は十代後半くらいで、黒髪を一つに束ねた、楚々とした美人だった。
「デートかしら?」
「全然、違います。」
「自由課題の授業のために地域の歴史研究レポートを作成しなくてはいけないからです。」
佐井野は適当に嘘をついた。すると、巫女は二人を神社の事務所のような建物に案内した。神社の縁起や歴史を聞かせてくれるという。
「どうぞ入ってください。」
彼女はこの観月神社の親戚で、大学生だということだった。
「美人だべ。」
いつになく鼻の下を伸ばした佐井野の顔を見て、貴子は何故かいらっとした。
「あんなの巫女さんコスプレで、美人に見えるだけよ。」
「焼いてるべか。それに巫女さんということは、あの人はきっとまだ処女だべ。」
佐井野が唇を薄く引いて笑った。貴子はそんな佐井野をキッとにらみつけた。
「は?あんな美人の大学生が、今どき処女なわけないでしょ!」
「いや、間違いないべ。……ところで、おめはまだ巫女さんになれるべか?」
貴子がさらに口元を引きつらせて佐井野を見た。
「……その質問はセクハラだ。佐井野君。」
「おめはもてないから、たぶん一生、処女だべな。」
「う、うるさい!てめー!ぶっ殺すぞ‼」
貴子は猫のように佐井野に飛びかかると、胸倉をつかみ殴りかかった。そこに先ほどの女子大生の巫女が、菓子とお茶を入れて戻ってきた。
「あ!」
貴子はぱっと手を離し、元の通り椅子の上にきちんと座った。
「どうぞ。」
女子大生はにこやかな笑顔を浮かべて二人にお茶と茶菓子を出した。二人は勧められるままにお茶を飲んだ。
「私の名前は中村明子。お二人は?」
二人はそれぞれ自己紹介をした。巫女姿の女子大生、中村明子は、この観月神社の由来や歴史について詳しく話して聞かせた。佐井野はノートを取りながら熱心に聞いていたが、貴子はやや居眠りをしていた。時間も遅くなり、二人は帰る事にした。
「また遊びにいらしてね。」
女子大生はにっこりと微笑んだ。二人はお辞儀をして神社を後にした。
「しかし、阿形はどこへ行ったべか。」
二人は帰り際に神社の入り口で、再び狛犬の口元の玉を覗き込んだ。だが、相変わらず何の反応もなかった。
「自分ひとりでタダイマを探しに行ってるのかしら。」
二人は行方不明の狛犬阿形を気にしながらも、その日はそれぞれ家に帰ることにした。
次週の金曜日の放課後、貴子達は宗像と碧を誘い、4人で町の稲荷神社を回り、タダイマを探すことになった。この日は週末だったので、次の日の宿題を気にする必要がなかった。
「狛犬の阿形の姿を、まったく見かけないのも気になるんだべ。」
佐井野は言った。校門を出たところで、不意に小さな白い動物が貴子の足元に走り寄ってきた。
「コンコン」
足元からの小さな鳴き声に気づいて見ると、そこには小さな猫のような動物がいた。
「見て!可愛い!子猫だ!」
「ほんとだ!」
貴子は歓声をあげて抱き上げた。碧も駆け寄って頭をなでた。しかし抱き上げた貴子は、その動物が普通の子猫とは様子が違うことに気がついた。
「あれ?……この子、猫じゃない。」
「んだ。それは子ぎつねだべ。」
佐井野が言った。貴子は腕の中の小さな動物をよく見てみた。猫よりも耳が長く、顔も前にとがっている。
「ほんとだ、狐だわ!」
「嘘!こんな町の真ん中に、狐がいるはずがないわ。」
子狐はつぶらな瞳を佐井野に向けてじっと見た。佐井野も子狐を見ていた。すると子狐は、貴子の腕の中からぴょん、と外へ飛び出し地面に降りると、4人が歩く道の前方へ走り出した。
「あれ、逃げるよ!」
だが子狐は、しばらく走って行ったところで、立ち止って後ろを振り返った。
「なんか、私達について来いと言っているみたい。」
「こちらに危害を加えるような気は感じないべ。とにかくあの子ぎつねの後について行ってみよう。」
貴子達は佐井野の言う通り、子狐の後を追いかけ始めた。子狐はやがてどこか大きな建物の敷地のなかに入っていった。よく見ると、そこは大きな工場の中だった。
「ここは工場よ。」
子狐の後について工場の敷地の中をさらに進んでいくと、コンクリートの塀に囲まれた敷地の隅に小さな朱色の鳥居があった。そこは工場が祀っている稲荷神社であった。
「お稲荷さんだわ!ここにも稲荷神社があるのね。」
4人が小さな稲荷社の前に着くと、小さな社殿の中から母親らしい大きな白い狐が出てきた。
「ここまでついて来てくれて、ありがとう。」
「お、親狐だわ!」
「私はこの稲荷社の神使です。あなた方が妖狐タダイマを退治しようとしている事を知って、協力を申し出ようと姿を現したのです。」
白い母狐は、妖狐タダイマが学校の裏山にある稲荷神社を乗っ取った経緯を佐井野に話し始めた。その稲荷神社には正式な神使である善狐がいたが、神の使いとして遠くの町に出かけている間に、あの妖狐タダイマが居ついてしまったのだという。
「どうにかしてタダイマを退治しなくてはなりません。町中の稲荷神社に居る善狐も、あなた達に協力します。」
「んだべか。前回の除霊は、わいの力だけでは無理だった。それなら、とても助かる。」
こうして4人は、町中の善狐の協力を得て、タダイマ退治を始めることになった。佐井野はまず、タダイマの居場所を突き止めるために、タダイマが元いた学校の裏山の稲荷神社で祭壇を作った。だがこの日は風が強く、祭壇の上に点した灯明の火もすぐに消えてしまった。他の三人は灯明の前に立ち、ロウソクが消えないようにした。しかし佐井野は交霊に集中できないらしく、諦めたように顔を上げた。
「だめだ。やはりどこかの稲荷神社に逃げ込んでいるのかもしれない。こうなったら一箇所ずつ当たって探すしかない。」
「工場や会社の稲荷社を含めたら、この町だけで何百という稲荷神社がたぶんあるんだぜ。」
貴子はふと、ある案を思いついた。
「なら佐井野と私、狐さんたちに宗像と碧さんの二人と、三グループに分かれて探しましょうよ。」
貴子が佐井野にそれぞれ分かれてタダイマを探す事を提案した。佐井野は顔をしかめて貴子の顔を見た。
「おめ一人だけを探しに行かせるのは危ないべ。」
「梓弓マシンガンがあるんだから、自分の身ぐらい自分で守れるわよ。それに私には馬のオシラサマがついてるんだし。」
前日の対決で、すでにタダイマに勝った貴子は強気だった。
「わかった、タダイマがお前の近くにいたら、オシラサマが知らせてくれるだろう。オシラサマはもともとお知らせ様だ。」
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵