チャネリング@ラヴァーズ
貴子と宗像が後ろから覗き込んだ。絵馬の裏に、佐井野瓦、と佐井野の名前が墨で書かれていた。
「どういうこと?」
佐井野は絵馬に書かれた自分の名前をじっと見ていた。
「これは、人間が書いた文字じゃないべ。」
佐井野が言った。
「何ですって?」
佐井野は顔を上げて、碧を見た。
「これがあった神社はどこだべか?行ってみるべ。」
3人は碧に案内されてその神社へ行ってみることにした。学校の校門から住宅地へ少し入ったところに、小さな神社がぽつんとあった。神社は杉の林に囲まれ昼間でもほの暗かった。
鳥居をくぐり、境内に入って白い砂利道を踏みしめながらしばらく進むと、社殿に辿り着いた。正面の本殿脇に、絵馬を掛ける板が置いてあった。そこに碧が持ってきたのと同じ絵馬が掛けてあった。絵馬は一見、ごく普通の絵馬に見えた。
「ここにあったのよ。気がついたら何故かここまで引き寄せられて、何気なく裏を見たら、佐井野君の名前が書いてあったの。」
よく見てみると、奇妙な事にどの絵馬もみな表を向けて掛けてあった。貴子はその中の一枚をひっくり返してみた。そこに書かれていた文字を見て、貴子は凍りついた。
「……この絵馬にも佐井野の名前が書いてある。」
「何だって?」
4人は絵馬を手当たりしだいひっくり返した。
「全部の絵馬にわいの名前が書かれているべ。」
「嘘!」
確かに掛けられている絵馬の全てが佐井野の名前で埋め尽くされていた。
「どういうことだ?」
顔をしかめた宗像が佐井野の顔を見て尋ねた。
「わいにもわからん。」
その時、空が急にどんよりとした灰色の雲に覆われ始めた。そして生暖かい風がどこともなく吹いてきた。風に吹かれて地面に落ちている木の葉が舞った。
―「よく来たな。」
突然、どこからともなく大きな声が聞こえてきた。それは地面から響くような、天から響いてくるような不気味な声だった。4人は辺りを見回して声が聞こえてきた場所を探した。
―「そこではない。おまえたちの後ろにいる。」
佐井野ははっとして後ろを振り返ると、
「あそこだ!」
と言って佐井野が神社の入り口を指差し、来た道に向かって走り出した。三人も佐井野の後に着いて走って行った。佐井野は入り口の前まで来ると立ち止まった。
「こいつだ!」
佐井野が指差した先は、入り口の両脇で対になっている狛犬のうち右側の狛犬だった。その狛犬は石の台に座り、口の中に丸い石の玉を咥えていた。
「そうだ、私だ。」
狛犬の口から先程と同じ枯れたような男の声が聞こえてきた。
「狛犬が話しているわ!」
貴子は用心して背中から馬のオシラサマを取り出すと、両手に持って握り締めた。
「おまえが佐井野瓦だな。」
「そうだ!わいに何かようか。」
「ずいぶんと強い神通力を持った人間のようだな。わしはお前がこの近くにやってきた時から気づいていたぞ。」
宗像と碧はすっかり青ざめて硬直したままである。
「わしは、この神社を守っている神使、狛犬の阿形だ。佐井野瓦、実はお前に手を貸してほしい事がある。」
「何故、わいがおめに協力しなければならない。」
「おまえの力がどうしても必要だからだ。」
「協力してほしい事とはなんだ。」
佐井野は腕組みをして、狛犬を睨み付けた。
「おまえたちの学校の裏手にある稲荷神社に棲みついている妖狐のことだ。」
「妖狐だと‽」
「そうだ。最近あの稲荷神社に妖気の強い狐が棲みついている。その妖狐がこの辺一帯を荒らしまわって困っているのだ。どうにかして、その妖狐を追い出さなくてはならない。」
「そんな事なら、おまえの主人に頼めばいいだろう。」
佐井野が後方にある神社の社殿にちらりと目を向けた。
「それが、なかなか手強い妖狐でな。我が主は確かにこの辺りに人間が住み始めた頃よりこの地域を守ってきた尊い神だ。だが人間の信心が減ってきている今では、その神力もかつてほどは無いのが正直なところだ。」
「……助けたくとも、その妖狐の力にもよる。」
佐井野は相手の意図を図りながら、慎重に返事をした。
「もし協力してくれたら、お前の神通力をさらに強力にしてやろう。お前は自分の守り本尊に助けられてどうにか除霊を続けているはずだ。お前の神通力を守護し助ける存在が増えれば、この辺りでの交霊や除霊がずいぶん楽になるはずだ。」
その話を聞くと、佐井野はふっと笑った。彼もまた狛犬の提案に魅力を感じているようだった。
「……とりあえず、その妖狐とやらを確かめに行ってみよう。」
「案内しよう。わしについてこい。」
そういい終わると、狛犬が口に咥えている石の玉が青白くぼんやりと輝き始めた。その玉はやがて怪しく燃える青い火の玉になり、4人の先に立って飛び始めた。
「とりあえず、ついていくべ。」
佐井野が火の玉を追いかけ歩き始めると、残りの3人もその後を追って歩き始めた。青い火の玉は住宅街の中の通学路を左右にゆらゆらと揺れながら進んでいった。
やがて4人は学校の裏手にある山の裾野に着いた。深い雑木林に囲まれていたが、そこには確かに稲荷神社があった。
「こんな場所にお稲荷さんがあったなんて、知らなかったわ。」
入り口から林の中を覗き込むと、朱塗りの鳥居がいくつも並んで建てられていた。日はまだ高いが、辺りは不気味なほど静まり返っていた。
青い火の玉に従って、4人は鳥居をくぐってそのなかに入っていった。
「待て。」
佐井野が急に足を止めて振り返ると、他の三人を制した。
「こちらでは、あまり歓迎されてないようだ。」
―ゴゴゴゴゴゴ
どこからともなく地響きが聞こえてきた。
「何?地震?」
4人は慌てて辺りを見回した。しばらくすると前方から何かが倒れてくるような音がした。
「見て!鳥居が奥のほうからこちらに向かって崩れているわ!」
貴子が鳥居の奥を指差した。並ぶ鳥居が一番奥から次々とドミノのように貴子たちのほうへ倒れてきた。
「逃げるべ!」
「ぎゃー‼潰される‼」
4人はもと来た鳥居をくぐり抜け、稲荷神社の敷地の外へ出た。振り返ると鳥居は全部倒壊していた。眼鏡を外し汗を拭った佐井野が、
「狛犬の言う通り、確かに妖狐がいる。稲荷には本来善狐と呼ばれる神の使いが居るはずだが、この稲荷神社には何故か妖狐がいて、神社を完全に乗っ取ってしまっている。」
と言った。気がつくと、あたりはすっかり暗くなっていた。
「こちらも除霊の準備をして、出直すべきだ。」
青い火の玉の姿になっている狛犬の阿形が佐井野に言った。
「んだ。今日はこれまでだ。」
青い火の玉はゆらゆらと揺れながら空を飛び、もと来た道を帰っていった。4人も家に帰ることにした。途中で宗像と碧と別れ、帰る方向が同じである佐井野と貴子の二人だけになった。
「やっかいなことに巻き込まれたな。」
佐井野は眼鏡を外して胸ポケットに入れ、両手で顔を覆った。
「あんた、妖怪はどうなの。」
「真正イタコの知識として退治する方法は知っている。だが妖狐を除霊した経験が無い。」
そう言い終ると、佐井野は考え事を始めたのか黙って歩き始めた。貴子は外灯に照らされた佐井野の横顔を見つめた。自分が伊達眼鏡を外したままであることすら忘れているようだった。
日曜日に、佐井野と貴子は二人で妖狐の除霊をやってみる事になった。
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵