チャネリング@ラヴァーズ
首を回して見ると、佐井野もまた動けずにいるらしく、悔しそうに呻いていた。
「あいつが金縛りをかけてるんだ!」
佐井野は再び呪文を唱え始めた。すると佐井野の周りで電磁波のようなものがビリビリと光り、壁から身体を離すとそのまま床に転がり出た。起き上がった佐井野は、
「おめは、よくもわいを怒らせたな。」
と言うと、除霊の呪文を唱え、廊下の床に一枚の札を置いた。その札からビリビリと帯のように閃光が出ると、地面を張いながら少女の霊に向かっていった。
「ぎゃ!」
少女の亡霊は叫び声をあげ、床に倒れた。それを見た萩原碧は、
「やめて!」
と叫んで、佐井野と少女の亡霊の間に立った。
「萩原さん!」
「邪魔するでね!」
萩原碧は少女の霊をかばうように両手を広げ、佐井野の前に立っていた。
「彼女をここに呼んだのは私なのよ!」
「でも、あんたとそいつは存在するべき場所が違いすぎるんだ。だから一緒にはいられないべ!」
佐井野は萩原碧を払いのけようとした。だがその瞬間、床に蹲っていた少女の亡霊の目から青白い光線が出て、佐井野を再び廊下の壁まで弾き飛ばした。
「おねえちゃんをいじめるな!」
「佐井野!」
少女の霊が空中に浮いたまま、佐井野と萩原碧の間に立った。またしても壁に叩きつけられた佐井野は、どうにか身体を動かして上半身だけを前に起こした。
だがすでに立ち上がった少女の霊は、二人に向かって歩いて来た。そして手のひらを表に向けた。貴子は思わず目を閉じた。だがその時、二人の目の前に小さな影が現れた。
それは、首に鈴をつけた童女のオシラサマだった。
「オシラサマ……。」
空中に浮いた童女のオシラサマは、ぼわんと白い煙になると、次に鮮やかな赤と金色の振袖の着物を着たおかっぱ頭の女の子に変身した。
「あ!」
貴子は驚いて声を上げた。女の子は鈴の音を鳴らしながら振袖を揺らして飛び跳ねるように走り始めた。白色の帯を締め、その帯に鈴が下がっている。そして萩原碧の横を通り抜け、少女の霊の前まで来ると、彼女に小さな手を差し伸べた。
「私と一緒に遊びましょ。」
と小さなおかっぱ頭を傾けて言った。それは可愛らしく、涼やかな声だった。少女の亡霊は、自分と年齢の近い女の子が現れたので嬉しそうな顔になったが、
「でもおねえちゃんが……。」
と言って、萩原碧を見上げた。
「そのおねえちゃんは、私達と遊ぶのよ。だから心配しないで、オシラサマと遊んでおいで。」
貴子が優しい声で言った。少女の霊は再び萩原碧を見た。萩原碧は少女の霊とオシラサマを見比べ、
「……あの子と遊んでおいで。」
と、背中に手を当て促すように言った。少女の霊はこくりとうなずき、にっこりと笑ってオシラサマと手をつないだ。するとオシラサマは彼女と手をつないだまま、空中に飛び上がり、廊下の窓から外へ出て行った。
貴子と佐井野の金縛りが解け、二人は床の上に座り込んだ。そしてしばらく窓の外を見ながら呆然としていた。
「……あの子の本音に気がついたあなたの優しさが、あの霊を成仏させたんですよ。」
貴子に介抱されて立ち上がった佐井野が、萩原碧に向かって言った。頷いた萩原碧の頬を、一筋の涙が伝った。
「ところで、佐井野。……あれ、どうしよう?」
トイレの入り口を覗いた貴子が、先ほど佐井野が壊した個室のドアノブを指差した。
「……逃げるべ。」
学年一の秀才の提案通り、二人はトイレのドアノブを壊したまま、萩原碧を連れて校舎の外へ出た。そして校門まで来ると、二人並んで萩原碧を見送った。萩原碧は二人を振り返ると、少しだけはにかんだ笑顔を見せ、ありがとう、と言った。
萩原碧を見送った後、貴子は童女のオシラサマの事を思い出した。
「そういえば、あんたのオシラサマは?」
「もうわいのところへ戻ってきてるべ。」
佐井野が鞄の中から童女のオシラサマを出した。
「ほんとだ!」
だがそのオシラサマを見て、貴子はある異変に気がついた。
「……見て、佐井野。オシラサマのこの顔!」
貴子がオシラサマの顔を佐井野の方に向けた。その顔は、あのトイレの花子さんの顔になっていた。
その週末の日曜日の朝、佐井野は一人暮らしをしている自分のマンションで寝ていた。だが不意に部屋のチャイムが鳴り、無理やりに起こされた。
「……はい。」
「警察だ、佐井野瓦!大人しく玄関を開けろ!」
聞き覚えのある若い男女の声がした。
「……白石と宗像だな。」
佐井野が部屋の玄関を開けると、貴子と宗像が佐井野の部屋になだれ込んで来た。
「家宅捜索だ!」
「おめら、日曜の朝っぱらから勝手に他人の部屋に来て、いったいなんだべ!」好奇心に目を輝かせた貴子が、部屋の中をぐるりと見回して、
「いい処に住んでるのね、うらやましい!」
と言った。部屋はワンルームだったが、佐井野らしく小奇麗に整理整頓されていた。だが部屋の中央には様々なイタコ道具が置かれた祭壇らしきものがあり、その祭壇の壁には貴子の知らない神様の絵が書かれた掛け軸が何幅も飾ってあった。
「でも、不気味な部屋ね!こんな部屋、女の子が見たら引くわよ。さて、あんたもさっさと着替えなさいよ!」
「あ‽何でだべか‽」
貴子はその質問を待ってましたとばかりに、白い歯を見せてにっと笑い、
「ダブルデートよ!」
と佐井野の顔に人差し指を出して言った。
「ああ‽ダブルデート‽どこさ行くべ?」
「碧さんお勧めの心霊スポットによ。」
二人の後ろには、首からデジタルカメラをぶら下げた萩原碧がいた。佐井野と目が合うと、
「本物の心霊写真を撮るのが夢だったんです。」
と言って、にっこりと笑いかけた。
「なんだと!週明けは中間テストだべ!」
「あんたは交霊してカンニングすればいいじゃないの!さあ、早く着替えて!」
貴子の後ろにいる宗像の目の覚めるような原色のカジュアル姿を見て、佐井野も眠気がいっぺんに飛んだ。宗像は佐井野と目が合うと、にやりと笑った。宗像はどうやら女の子との初めてのデートらしかった。
こうして佐井野は生まれて初めてのダブルデートをすることになった。中間テスト直前の日曜日の朝は、空も真っ青に晴れて、絶好のデート日和だった。
貴子にとって地獄のような中間テストが、ようやく明けた。その日の放課後、貴子は宗像が無断使用しているいつもの空き部室に呼ばれた。空き部室へ行くと、そこには萩原碧がいた。ダブルデートがきっかけで、学年が一つ上の碧と貴子たちはすっかり打ち解けた仲になっていた。碧は何か小さな板切れのような物を持って来ていた。碧はそれを佐井野に差し出した。
「これを見て、佐井野君。」
「何だべ?」
「絵馬なんだけど。」
「絵馬?」
佐井野はその絵馬を受け取った。
「そう。私が登下校する道にある観月神社で、昨日たまたま見つけたのよ。普段私も滅多に行かない神社なんだけれど、昨日は何故かそこに行ってしまったの。」
それは学校の近所にある神社、観月神社の絵馬だった。表には神社の社名と社殿、鳥居が書かれていた。
「ただの絵馬だべ。」
「裏を見て。」
佐井野は裏をひっくり返した。すると目を見開いてその面を見つめ、息をのんだ。
「……わいの名前が書かれてある。」
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵