チャネリング@ラヴァーズ
依頼者がさっそくやって来たようだ。貴子たちの高校では制服の左胸の部分に付けられた紋章の色で学年が分かるようになっている。その女子生徒の紋章からすると上級生の2年生であるようだった。宗像は1学年の廊下のみならず、2学年の廊下にもポスターを貼っていたのだった。
「すみませんが、あのポスターは無効です。この人が勝手に作ったポスターだったんです。」
貴子がドアの前に出て、宗像を指差すと丁寧な口調で応対した。
「そんな、せっかく悩みを解決できると思ったのに。」
「そうだ、一寸くらい他人の話を聞いてあげたらどうだ。どうぞ、はいってください。あなたの名前は?」
宗像が貴子の身体を遮って前に出るとその女子生徒を部室に招き入れ、名前を尋ねた。女子生徒はさっぱりとした三つ編みの髪を下げ、丸く細長い眼鏡をかけており、おずおずとした小さな声で答えた。
「2年5組の萩原碧です。」
佐井野は仕方ない、という顔で、
「……何かお悩みですか。」
と、萩原碧と名乗った女子生徒に尋ねた。
「笑わないで下さいね。……実は私、トイレの花子さんと仲良くなりたいんです。」
「は、花子さん‽」
貴子は思わず大声で問い返した。だが萩原碧は、なおも真剣な眼差しで頷いた。
「高校生にもなって、おかしいと思うかもしれないけど、私は彼女の存在を今でも強く感じるんです。」
「うーん、私も、小学生の頃までは信じてたけど……。」
「私がよく行く女子トイレに、絶対花子さんがいると思うんです。でも私は霊感が弱いので、彼女と話すことができなくて。それでどうすれば、彼女とコンタクトを取ることができるのか、相談しにきたんです。」
佐井野は椅子から立ち上がると、
「……その相談には乗れません。」
と言って背を向けた。宗像が両者の間をどうにか取り持とうと、佐井野の肩に手を置いた。
「いや、待て待て、せっかく相談しに来てくれたんだから、ここはひとつ君の力でどうにかしようではないか!」
「あなたは?」
萩原碧が宗像を見て尋ねた。
「私は西院学園ゴーストバスターズ部のマネージャーです。」
胸を張って答えた宗像を、佐井野が冷たい目で睨んだ。
「そんな部は、無いべ。」
「やっぱりこの相談は無理だわ。第一、あのポスターはこの頭のおかしい人が勝手に作ったものなの。本当にごめんなさい。」
貴子が再び宗像を指差してから、頭を下げた。萩原碧が貴子と宗像の顔を見比べて、
「そうですか、やっぱり……。」
と俯きがちに呟くと、肩を落として帰っていった。
「あんたのせいよ、他人に変な期待を抱かせて!」
「んだ。変な奴が来たべ。花子さんを信じるとかどうとか、サンタクロースを信じる子どもじゃあるまいし。」
「何言ってるの、佐井野。サンタさんは実際にいるわよ!」
貴子が真面目な顔で言った。佐井野は驚いて貴子の顔を見た。
「おめはまさか、まだサンタを信じているべか‽」
「あんたガリ勉のくせに、そんなことも知らないのね!サンタさんはフィンランドに住んでるのよ!」
「……。」
佐井野と宗像は無言のまま貴子を見た。そして佐井野が椅子から立ち上がり、
「とにかくこっちは忙しいんだべ、もう帰るべ!」
と言うと、二人は宗像だけを残して空き部室を後にした。クラブ棟から出たところで、
「白石、ちょっとこっちさ来るべ。」
佐井野は貴子に耳打ちし、校舎の裏へとひっぱって行った。
「あの女、ちょっと気になるな。」
「どういうこと?」
「今現在、死霊や物の怪に取り憑かれている訳ではない。ただ精神状態が普通じゃない。何か思いつめているというか……。」
「分かった。明日から、彼女の事をちょっと調べてみるわ。」
「頼むべ。」
頷いた貴子を、佐井野が眼鏡越しに見た。
貴子は前回の除霊で仲良くなった鈴木由利奈を通じて、2年5組にいる知り合いを探してもらい、萩原碧のことを調べ始めた。やがて萩原碧に関して幾つかの事がわかった。
萩原碧は心霊写真を収集するのが趣味な心霊オタクとして有名で、成績は良いほうだが、入学以来クラスに馴染めておらず、友達が一人もいないらしい。そして休み時間のほとんどを、あまり人が使わない女子トイレの個室の中で過ごしているという。
放課後になると貴子は、萩原碧がその時間まで長く籠もっているという女子トイレに行ってみた。そのトイレは2学年の教室がある廊下の一番奥にあり、普段からあまり使用されていないトイレだった。1箇所しかない窓から、陽の光もあまり入らず、電気が消されている時は日中でも暗かった。
貴子は入り口からそっと中をのぞいてみた。確かに一番奥の個室はドアが閉められ、鍵がかかっているようだった。室内の白いタイルだけが鈍く輝き、貴子は何故だか背筋に寒さを感じて思わず自分の腕を擦った。
放課後の佐井野はいつも、人気のない特進クラスの教室で一人自習をしながら貴子を待っていた。だがその日は、宗像が佐井野の前の机に座ると話しかけてきた。
「おい、貴様はどうしていつも白石ばかりを頼っているんだ!たまには親友の俺にも相談しろ。」
「……おめは何時の間に、わいの親友になったべか。白石は勉強しないから毎日暇だし、ああ見えて気力も体力もおめよりある。」
「……そうか。ならば、まあいい。ところで話は変わるが……。」
宗像はコホン、とわざとらしく咳払いしたあと、
「おまえと白石貴子は、どこまでいっているんだ?」
「あ?」
佐井野は宗像が言おうとしている事の意味が分からず、聞き返した。
「つまりだな、その、どれくらいまで進んでいる仲なのか?」
「……おめは何を言ってるんだべ。」
どうやら宗像は佐井野と貴子が付き合っていると勘違いしているらしかった。
「えっ?おまえたち付き合っているんじゃないのか?」
「付き合っている訳ないべ、あんな野蛮な女と。」
「そ、そうなのか‽」
宗像は、佐井野と貴子の二人が付き合っている仲だと思い込んでいたようだった。
「意外だな。あとさ、おまえはどうして白石貴子の前でだけその眼鏡をかけているんだ?」
それは宗像が以前から気になっていたことだった。佐井野は度の入っていない黒ぶちの伊達眼鏡を、貴子が目の前にいる時だけかけていた。
「ああ、これはだな……。」
佐井野は誰にも内緒にしていたその秘密を、つい宗像に打ち明けそうになった。
「ちょっと!」
そこに背後から貴子が突然に現れた。
「うわ‼」
呼びかけられた二人は驚いて飛び上がった。
「何よ?……さては私の噂話していたんでしょ!」
「ち、違うべ!」
佐井野はポケットから黒ぶち眼鏡を取り出すと慌ててかけた。
「ふん!どうせ頭が悪いとか、悪口ね!」
貴子は口を尖らせて二人に向かって悪態をついた。そして、これまで自分が調べてきた萩原碧の事を話した。
「とりあえず、萩原碧が帰ったあとに、その女子トイレに行ってみるべ。」
三人は萩原碧が帰宅した時間を見計らって、女子トイレに行くことにした。貴子が先にトイレの中を覗き込み、生徒がいないことを確かめると二人を呼んだ。
佐井野はトイレの入り口まで来ると、立ち止まって眉をしかめた。
「……これはやばい。」
「やっぱり、何かいるわけね。なんか暗いもの、ここ。」
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵