チャネリング@ラヴァーズ
怪訝な顔つきの貴子が、佐井野にだけ聞こえる声で訊ねた。
「こうすると、除霊の時に神通力がより届きやすい。」
と言うと仏壇の一番前に座り、持って来たイラタカの数珠をこすり合わせて、
「それでは、これから清美さんの供養の為に念仏を唱えさせて頂きます。」
と言って念仏を唱え始めた。
始めは後ろでその様子を黙って見ていた鈴木由利名は、やがて佐井野のすぐ傍に座って自分も手を合わせた。食事を終えたばかりの4人が集まる部屋は、午後の陽射しに暖められ、どこまでも穏やかだった。貴子も何故か幸せな気持ちで満たされていた。
やがて時間も遅くなり、三人は暇乞いをした。橋本清美の母親は、家の門から出た後もずっと、彼らの姿が見えなくなるまで見送っていた。
二人はその後、鈴木由利奈を先に自宅へ帰した。彼女は、笑顔でさよなら、と言った。今朝、彼女の家を出た時よりもずいぶんと元気になっていた。
貴子と佐井野は並んで歩いた。頭上では家々の屋根に揚げられた鯉のぼりが、風に靡いてバタバタと音を発てていた。
「……あんた、今日はわざと昼の時間帯を選んだんでしょ。」
「ああ。」
「……彼女、無事に成仏したかしら。」
「たぶんな。」
頭の後ろで手を組んで鯉のぼりを見ていた佐井野は、竿の先でカラカラと回る矢車を見て、不意に故郷の恐山の極楽浜に供えられている色鮮やかな風ぐるまを思い出した。
数週間後、貴子は休み時間に鈴木由利奈に出会った。しばらく会わないうちに鈴木由利奈は体つきが随分とふっくらとして、顔色も良くなっていた。
「この前はありがとうございました。」
貴子はぺこりとお辞儀をして、礼を言った。
「ううん、私もあの家に行って良かった。あれから、私も家族の為に自分の身体をもっと大切にしようと思ったの。」
鈴木由利奈はにっこりと笑顔をつくった。
「それでね、白石さん。実は私、片思いの相手に告白してみたの。」
「え‽鈴木さんもやっぱり恋がダイエットの理由だったんですね。それで?」
貴子は目を丸くして、鈴木由利奈の手を取って訊ねた。
「振られちゃった。彼女がいるんだって。そしたらその彼女、私よりもぽっちゃりした子だった。私あんなにダイエット頑張っていたのに、馬鹿みたい。」
「……そうなんですか。でも、鈴木さん可愛いから、すぐにいい人が現れると思う!」
「うん、ありがとう。私も白石さんみたいに、あんな素敵な彼氏がほしいな。」
「は?彼氏?」
鈴木は貴子の肩に手を置いて言った。
「ねえ、白石さん。今度、私とアイスクリーム食べに行こうよ。駅前でおいしいお店知っているんだ。」
「もちろん、行きます!やったー!」
貴子はまた一人友達ができたことが嬉しかった。佐井野の手伝いをする為に結局クラブに入りそびれた貴子にとって、高校生活で初めてできた上級生の友達だった。
鈴木由利奈と別れて廊下を歩き始めた貴子は、すぐ目の前から初恋の先輩が歩いて来ることに気がついた。思わず後ずさりした貴子だったが、彼はすれ違った瞬間でさえ貴子に何の反応も示さなかった。どうやら彼の方ではすでに貴子のことを忘れてしまっているらしかった。
気が抜けて大きなため息をついた貴子は、初恋の先輩を振り返った。だが声はかけず、ただその後ろ姿を眺めた。中学時代も、同じように彼の後ろ姿を眺めていた。だがその後姿は、貴子の記憶の中の姿とはすでに大きく違っていた。貴子は、この高校を選んだのは先輩がいたからですよ、と小さく呟いた。それから前を向いて、たとえ完璧でないとしても、私は私のままでいよう、と思った。
放課後になると、貴子は特進クラスに行った。佐井野は相変わらず忙しそうに勉強していた。
「おい、ガリ勉!」
貴子が後ろから佐井野の頭を叩いた。
「何するべ、頭が悪くなったらどうする!」
佐井野は怒った顔で頭を上げ、それから思い出したように慌てて眼鏡をかけた。
「……あんたのその眼鏡って、私の前でだけかけていない?」
「こ、この眼鏡のことは気にするな!」
「あ、そう。ところで、鈴木さんすごく元気になったみたいで、良かった。」
「そうか。」
帰ろう、と言った貴子に頷いて、佐井野は一緒に帰り始めた。途中で貴子は、ある事に気がついた。
「そうだ、佐井野。」
「何だ?」
「これ、あげる。」
貴子が鞄の中から何かを取り出し、佐井野に渡した。
「なんだべ、これ。」
「チョコバーよ。昨日、コンビニで買っちゃたけど、やっぱり食べないでおこうと思って。だからあんたが貰ってよ。」
「は?なんだ、今度はおめがダイエットか?」
「ふふふ、違うわよ。ちょっと遅めのバレンタインよ。」
人差し指を唇に置いて、貴子は流し目のまま言った。
「何を言っているんだべ、おめは。」
佐井野は訳が分からないという顔で貴子を見た。貴子はふふふ、と小悪魔的に笑って佐井野の前に立つと、また歩き始めた。制服のベストを脱いだままのシャツの下に、白いブラが透けて見え、その下にうっすらと馬のオシラサマの形が見えた。
数週間後、貴子がいつも通り学校へ登校すると、クラスメイトに話しかけられた。
「おはよう、いたこ!」
「うん、おはよう!」
「あのさ、いたこと特進の佐井野君が、何かの悩み相談をしているってポスターが廊下に貼り出されているんだけど。」
「ポスター?悩み相談?」
貴子は急いで廊下に出た。廊下の一箇所に人だかりができていた。群がる他人の頭を避けながら覗き込むと、そこには一枚のポスターのような白紙が貼られていた。その紙には何かの文が大きな黒字で書かれていた。貴子はその文字を読んだ。
『あなたの霊のお悩み解決します。別館クラブ棟2‐E室。1組・宗像・佐井野、10組・白石』
別館クラブ棟2‐E室とは、貴子たちが以前口寄せに使ったクラブ棟の空き部室、つまり宗像の通称〝選挙対策本部〟の事である。貴子は無言のままその場でそのポスターを破り取った。犯人が誰なのかはすでにわかっていた。
放課後、佐井野と犯人を通称〝選挙対策本部〟に呼び出した。
「なんだべ、これは!」
佐井野がポスターを見て大声で叫んだ。貴子は腰に手を当て宗像に詰め寄った。
「どういうつもり?」
「まあ、落ち着きたまえ。」
宗像は貴子の肩に馴れ馴れしく手を置くと、自分の新しいアイデアを話し始めた。
「これは我々三人が、心霊現象の悩みをもった依頼者を求めてその悩みを解決し、解決した見返りに依頼者には、俺の生徒会長選挙に協力してもらう、という計画なのだ。」
「何それ!なんで私があんたの選挙に協力しなくちゃいけないのよ!」
「んだ、自分の野心の為に他人を利用するなと、いつも言ってるだろ!」
「もちろん、ただ協力しろという訳ではない。俺が生徒会長に見事選出されたときは、必ずや君達を副会長と書記にしてやるぞ!」
貴子は宗像の胸倉を掴み殴りかかろうとした。その時、誰かが空き部室のドアをノックする音が聞こえた。
「おお、さっそく依頼者が来たみたいだな。どうぞ、お入りください!」
宗像が嬉々としてドアを開けた。ドアが開くと、とそこには見知らぬ一人の女子生徒が立っていた。
「すみません。あのポスターを見たんですが。」
作品名:チャネリング@ラヴァーズ 作家名:楽恵